第三十話 ……………………美味っ!!?!
「来たな、ここはこいつが美味いんだ! 冷めないうちに食おうぜ」
「よし、食べよう」
「食べル!」
満場一致でそういうことになった。
鍋から各々に配られた皿にシチューを取り分け、スプーンで口元まで運び――、
「……………………
「ウマい! もウ一杯!」
「いや、早ぇよガキンチョ。まだ手を付けたばっか……………………なんでもう皿が空になってんの???」
ああだこうだととりとめのない会話を交わしながら、僕達は用意された御馳走と飲み物を楽しんだ。
ブツ切りにされて鍋に放り込まれた猪肉は柔らかく、甘辛いシチューと絡まってかなり味が濃い目だ。塩気も強い。
だがここにパンを合わせて頬張るといい塩梅に中和され、さらに
「いや、美味い。本当に美味い。口の中が幸せって気分」
「しあわセー!」
「そーだろ! ベオさん、腕は確かなんだよ。いかつい顔で女相手に損してるけど」
「一言余計だぞクソガキィッ! ここは冒険者向けの食堂で、俺には嫁がいるからいいんだよ!」
スプーンでシチューを掬い取る手が止まらない。
見た目が猪なだけあり、イノサルトの肉にはたっぷりとした脂身がくっついている。
その脂がシチューに溶け出し、やや癖のある匂いと舌にガツンとくる旨味がともに煮られている野菜とも絡み合い、混じり合い、口の中を最高の幸せで満たしてくれる。
「お値段高めだから避けてたけど、持ち込みで安くなるならも週に何度か通おうかな。正直明日からの食事を考えるとちょっと辛い……」
「ショボン……」
と、二人合わせて肩を落とす僕らであった。
我がパーティのエンゲル係数を上げまくるダイナの存在もあって受ける依頼は賃金優先、食事は野菜くず混じりの麦粥のような主食ドカ盛り、焼いた謎肉がたっぷり。味は二の次という寂しいものだった。
一度贅沢を知ると生活の質を下げるのはかなり、辛い。
「そうしろそうしろ! 持ち込むなら猪とか兎がおススメだぜ。
「うーん、そう聞くとちょっと損しても依頼をえり好みしちゃいそう」
シチューを掻き込む手が止まらないまま思うに、こいつの主役は肉ではなく、野菜だ。
客が持ち込む肉と合わせるためか、濃いめにジックリコトコトと煮られる中で野菜の繊維がほどけ、たっぷりとシチューを含んでいる。
とろけるような柔らかさと、まろやかで深いコクと旨味が野菜の甘味と結びついて、舌の上で驚くほどの満足感を与えてくれる。
「
「だろ? この店自慢の樽仕込みなんだぜ!」
「なんでお前が自慢げなんだよ……。ここは俺の店だぞ」
「バッカだなベオさん。贔屓の店を褒められて嬉しくない常連客なんていねえって」
一度舌に染み付いた味を流したくなって
恐らくは樽に使われたオーク材と、苦みと香りづけのためのホップが生み出す隠し味か。
僕が御馳走を堪能するそばで交わされる店主のベオさんとルフのやり取りが賑々しくも温かい。
「世辞言ってる暇があればメシを食え、メシを。そいつは冷めるとパンに合わねぇぞ」
「と、そりゃもったいねぇや。いかついおっさんと話してる暇なんてなかったわ」
「このクソガキはほんとによぉ……!」
彼らの会話に背中を押されてパンとシチューを合わせてみたが……なるほど、これはいい。
固く、ボソボソとしているが癖のない雑穀パン。その癖のなさがこの鍋に合わせるには打ってつけだ。
深皿へ取ったシチューにパンを浸し、時間をおいて柔らかくなったパンを少しずつ食べていく。シチューを吸ってどっしりと重くなったパンに肉と野菜の旨味が追加され、お腹を心地よく満たしてくれる。これだけで一つの御馳走だ。
「そういえばさ、俺からも一ついいか?」
と、ダイナには劣るがこちらも中々の勢いでパンとシチューを平らげているルフがそう問いかけてきた。
僕も丁度シチューを口に運んだところだったので黙ったまま頷く。
「大したことじゃないけどさ。ロクに付き合いもない俺の誘いに乗ったのはどうしてかなって」
「別に裏とか変な考えはないよ。タダ飯を奢ってもらえるなら遠慮なく御馳走になるってだけ。見ての通り――」
と、今も料理を平らげて「オ代わり!」と叫ぶダイナを示す。その食欲は遠慮というものがなかった。
「育ち盛りだから」
その言葉でこの一席は彼の奢りということを思い出してか、ルフは顔を引き攣らせた。なにせダイナは一人で鍋の半分近くを平らげながら、まるで食欲が収まった様子がないのだ。
「なあ、こいつ普段どれくらい食べるの?」
「僕が止めなければ本当にいつまでも食べ続けるかなぁ。一度
「育ち盛りって言っても限度はあるだろ……」
ますます顔を引き攣らせるルフに僕は悪いとは思いつつもつい笑ってしまった。
「うん、まあ、流石に適当なところで止めるよ。奢られる側にも遠慮って必要だと思うし」
「すまん、助かる……。にしても普段どうやってこいつを養ってんだ、お前」
「そこは企業秘密、かな」
ダイナは放っておけばいくらでも食べるが、かといって食べる量が少なくてもまあまあ元気に動くことができるのが不思議だった。
食事量の割に身体はあまり成長しないので、異常に燃費が悪いのか、はたまた
「僕からもいいかな? この街の先輩にちょっとアドバイスを貰いたいんだけど……」
「ああ、なんでも答えるぜ。なんてったって先輩だからな!」
と、分かりやすく鼻高々になったルフに苦笑する。これくらい裏表がないと生きてて楽しいだろうなと思う。間違いなく苦労するだろうが、苦労を苦労と思わなさそうだ。ただ彼のそばで支える人ができればきっと頭を悩ませるに違いない。
「あのさ、この街で女の子と遊ぶ場所ってあるかな」
「お? なんだ、お前も好きだなぁ。よぉし、それじゃあ俺が色街で一番おススメの嬢がいる店を教えてやろう。いいか、金はケチるなよ。いい店に行け。さもなきゃ――」
「いや、僕が求めてるのはもうちょっと別の話かなぁ」
悪気はないだろうけどダイナの教育に悪いんだよ、ルフ。ダイナが鍋の残りを平らげるのに夢中な間に黙らないとこちらはいつでもあの子の食欲の手綱を離す準備があるよ?
でもその話はダイナがいないところでちょっと詳しく教えてほしい。四六時中ダイナに引っ付かれてる僕にとっては色々切実な話なので。
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