第二十九話 《楽園》の”龍”
《楽園》。
鉱山都市 《マイン》が居を構える臥龍山脈を超えた先にある広大な平野だ。臥龍山脈を水源とする豊かな河川が地味のいい平野を流れていき、終着では天然の良港である深い入り江にたどり着く。山脈には手つかずの鉱脈が残され、森林資源も豊富だ。
さらに未知の魔獣や薬草など自然の宝庫であり、人のロマンと好奇心を掻き立てる人跡未踏の地が広がっている。
これでもかというほどの好条件が揃った入植にはもってこいの土地だが、《楽園》でそれが成功したことは一度もない。
「でも《楽園》には……」
「ああ、”龍”がいる。
そう、”龍”だ。
ファンタジーの代表格。いつの世も夢とロマンを掻き立てる幻想生物は、この世界では人間以上の智慧を持つ超生物として実在していた。
嵐を巻き起こす蛇龍と伝説に謳われ、《楽園》へのいかなる侵入も許さない暴君、”嵐帝龍”スサオロチ。
さらに伝説に謳われるだけではなく、近年一度とんでもない大暴れを見せている。
レイク、つまり王城が当時の《勇者》を用いてスサオロチの討伐を号し、《楽園》へ侵入。散々にその縄張りを荒らした。
当然スサオロチの逆鱗に触れ、《勇者》は全滅。報復行動によるとばっちりを食らった形になる
以来、交易を通じて蜜月状態だったレイクとマインは表向きは変わらぬ風を装いつつも、水面下では微妙な緊張感を張り詰めさせているという。
「ヤバいね、”龍”」
「でも憧れるよな、”龍”」
「その感覚はちょっと分からないかな……」
「えー」
大型魔獣を単独で討伐可能な、半分くらい人外になったBランク冒険者が束になってかかり、辛うじて撃退だ。人類に対し重大な脅威を持つ魔獣は時に《生物災害》と呼ばれるけれど、大型魔獣を土砂崩れとしたらスサオロチは火山の噴火や台風くらいその危険度と規模に違いがある。
そしてギルドからの指名依頼を受け、目下 《楽園》の調査任務にあたっているエフエスさんにとって最も危険な脅威だ。
「僕の場合はホラ、師匠が《楽園》で任務中な訳で。心配の方が強いよ」
「ああー、まあそれはそうだな。でも あそこは無事に帰ってきた時のリターンもデカいだろ? 噂に高い凄腕エフエスならきっと大丈夫さ」
一度痛い目を見てなお人類が《楽園》を目指すのは、あそこが災厄だらけのパンドラの箱であるとともに、未知の資源の宝庫でもあるからだった。
かつて伝説の魔女が調合したという長寿薬ソーマの原料となる薬草アンブロシア。
一度火に入れれば尽きない熱量をもたらし、鍛冶仕事に無数の恩恵をもたらす燃料鉱石ニトロック。
いかなる神秘か触れた相手のギフトを封じる第一級禁輸金属、禁器。
いずれも楽園にして魔境である龍の巣へ挑み、持ち帰った恩恵だ。だが同時にスサオロチの目と鼻の先で活動するわけで調査員には相応の技量が求められる。
「調査団に誘われるってだけで一流の証明みたいなもんだしな。くぅぅ、何時かは俺と俺のパーティもそこに参加してやるぜ!」
「あ、パーティに入ってるんだ。どこ? 僕も知ってるところかな?」
「うんにゃ、いねえよ?」
ロマンに目を輝かせるルフに問うとあっさりと首を振られた。
はぁ?
「バッカおめー分かってねぇなあ。こういうのは自分が立ち上げたパーティで叶えるから意味があるんだろ。夢ってのは誰かのお零れで叶えるもんじゃねえよ」
「
「うっせ! これからだ、これから」
「出タかもナ!」
「お前もだガキンチョ! お前絶対適当に真似してるだろっ!?」
夢、か。
裏表なく真っすぐに夢を語るルフの姿が少しだけ眩しい。僕にとって『運び屋』は目標であって夢ではない。『運び屋』になって終わりではなく、『運び屋』になって何をしたいのか。そこがまだ定まっていないのだ。
少しだけ益体もないことを考え、首を振った。夢とは考えて分かるものではないだろうと。
「でも《楽園》狙いなら『運び屋』と伝手を作りたがるのは分かったよ。あそこは人跡未踏の代名詞みたいな場所だからね」
狩人でも森林エリアや人里に降りてきた魔獣など比較的”浅い”場所で狩りをするならば『運び屋』はそこまで必要ではない。
『運び屋』が本領発揮するのは山脈寄りの地域や山向こうの《楽園》といった人里から遠く離れたノーマンズランドだ。不毛の荒野ではなく人を拒絶する大自然という意味で。
「あそこは文字通り魔獣の《楽園》だからな。スサオロチを抜きにしても大型魔獣がウヨウヨ。その大型魔獣を
スサオロチの広大な縄張りは人間の手が届かない魔獣達の《楽園》。《楽園》の呼び名はあくまで魔獣にとってのものなのだ。
「っと、悪い。師匠があそこに行ってるお前には酒が不味くなる話だったな」
「いや、気にしてないよ」
と、首を振りながらも僕の中でエフエスさんを案じる気持ちは増していた。ギルドからの指名依頼を断り切れなかったのは僕らの存在があるからでは、との思いもあった。
それを感じたルフの口もやや重くなりかけたその時、
「へいお待ち! イノサルトの肉を甘辛いシチューに絡めてある。パンと一緒に楽しみな!」
丁度ベオさんがたんまりとシチューを盛った鍋をドンとテーブルに置いた。
厨房から漂う食欲を誘う匂いにソワソワとしていたダイナが途端に目を輝かせる。
ゴロゴロに切った猪肉と芋、根菜、葉物をかなり濃い目のシチューに合わせてあるようだ。見た目は肉じゃが……いや、ビーフシチューに近い。
これはパンに吸わせて柔らかくして食べると最高に美味い奴だ。異世界に来てから食事の質がめっきり落ちた自覚のある僕にとっては思わず生唾を飲み込むくらい最高の御馳走である。
「来たな、ここはこいつが美味いんだ! 冷めないうちに食おうぜ」
「よし、食べよう」
「食べル!」
満場一致でそういうことになった。
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