第二十八話 顔繫ぎ


「なんで飯に誘ったかって? そりゃ顔繫ぎだよ。未来の『運び屋』に顔を売っといて損はないだろ?」


 それまでロクに話したこともない僕らを何故食事に誘ったのか。

 そう問いかけるとルフはポテトをアグアグ、麦酒エールでグビグビと飲み干しながらあっさりと答えた。


「お前、大層な噂だぜ。あ、新人狩り潰しだけじゃなくてな。キッカケはあれだったけど」


 と、僕の噂は若干不本意な経緯で広まったようだ。


エフエスの直弟子で、上位の《アイテムボックス》持ち。元々注目はされてたんだ。子供連れの若いのってことで大体は遠巻きに様子見してたけどな」

「あ、やっぱりそんな風に見られてたんだ」

「そりゃな」


 客観的に見て冒険者なんて荒事稼業にダイナのような幼い少女を連れているのはかなりおかしい。なのでルフの言葉にも僕へあっさり頷くことができた。


「で、そこにあの悪い意味で名前が売れてた小物どもをプチッと潰した訳だろ? 度胸と腕っぷしは悪くなさそうだし、そうなると俄然期待感が湧いてくるのよ。『運び屋』は早々出てくるもんじゃないからな。

 まだどこにも紐づいてない『運び屋』候補ってことでどこの上位パーティも目を付けてるはずだぜ」

「その割にはこれまでとあんまり変わった気はしないんだけど」

「そりゃ牽制と様子見よ。上位パーティになるとあんまりホイホイ動くとあとでしっぺ返し食らうこともあるしな。特にお前は師匠が師匠だし」


 へぇーと相槌を打ちながら僕もザクザクに切られたフライドポテトを一つ摘まむ。

 ホクホク、サクサクとした芋の触感に油の旨味と岩塩のしょっぱさが絡まり合ってどっしりとした重みのある味付け。肉体労働で塩を欲している身体が喜ぶ濃い目のジャンクな味だった。

 口に残る油とカスをのどに流すために麦酒を流し込むと――美味い! 油がスッキリと洗われ、後にはほのかな麦と香草の薫りが残る。

 水分補給のためと割り切った、ギリギリまで薄められた麦酒もどきとは比べ物にならないくらい美味い麦酒エールだ。


「いい酒だろ? その分ちょいと値が張るんだが、命を張って大金稼いでるんだ。こういうときに使わなくちゃな」

「それじゃやっぱりルフはCランクで狩人ハンターを?」


 魔獣狩猟を専門にする冒険者を特に狩人ハンターと呼ぶ。冒険者の中でも特に危険度リスク報酬リターンが高い職種だ。当然腕利きの武闘派が多い。

 そう問えばルフはよく聞いてくれたとばかりに自慢げに胸を張った。


「フッ、聞いて驚け。新進気鋭のCランク、《ウェポンマスター》のルフとは俺のことよ!」

「ごめん、聞いたことない。《ウェポンマスター》?」

「えっ、マジで? 割と名前は売ったつもりだったんだけどなー」


 一瞬でテンションが急降下したルフは残念そうに呟いた。


「や、僕らそういう噂に疎くて。それで《ウェポンマスター》って?」

「俺のギフト。大抵の武器は持てばすぐ人並み以上に扱えます。以上」

「へー……。強いの?」


 それがどれくらい凄いのか分からなかった僕は素直に聞いてみると、ルフは腕を組んで首を捻った。おい、自分の代名詞になるくらいの《ギフト》じゃないのか。


「どーだろ。俺、剣でも弓でも投槍でもなんでも扱えるけど、装備を全部猟場に持っていけないし。でもまぁ、どんな奴とも合わせられるし、組んだ相手から文句を言われたことはないぜ。臨時でCランクパーティーと組んでBランクの大型魔獣狩ったこともあるし」

「大型魔獣の狩猟経験ありってCランクでも一線級じゃん。なんでわざわざDランクを飲みに誘うのさ」


 大型魔獣は主に山脈の奥地などに生息し、滅多に人里には降りてこない。ただしその暴威を振るえば開拓村が一晩で、あっさりと消滅する。そういうレベルの、ある種天災に近い生物である。

 そしてその超級の危険生物に対抗できる冒険者がいかに貴重かは言うまでもない。


「さっきも言ったろ。『運び屋』との伝手が欲しくてお前に声をかけたんだ。他の『運び屋』は大概ギルドとか上位パーティに囲われてるからさ」

「そうは言っても僕はまだDランクだし、『運び屋』として認められた訳じゃないけど」

「それを言ったら俺だって『運び屋』を必要とするような依頼を受けるまでまだまだかかるしなー。

 大体伝手を作るったって同じメシを食いながら駄弁る以上のことをいちいち考えてられるかよ。いつか一緒に仕事をこなす時、頼む時はよろしくってだけだ」

「アハハ……。なるほどね、うん」


 打算ありきの申し出なくせに、どこか雑で開けっ広げに話すルフを僕はかえって気に入ってしまった。なんというか裏表がないのだ。


「将来的には山向こうの未開拓領域、《楽園》に行きてぇなぁ。あそこはギルドが許可した超一流しか侵入できないからさ」

「《楽園》……確かエフエスさんも参加している調査団の目的地……」

「お、やっぱ今回の調査団はエフエスも参加してるのか。まあ在野最優Bランク斥候スカウトを放っておくバカはいねえわな。

 いいよなあ、俺も行きたかったんだけどお声がかりはねえし、ねじ込むようなコネも当然ねえし。ま、夢だな。今は」


 《楽園》。

 鉱山都市 《マイン》が居を構える臥龍山脈を超えた先にある大自然溢れる地であり、いまエフエスさんが任務で赴いている未開拓領域であり、そして”竜”ならざる”龍”が居を構える超ド級の危険地帯だ。




冒険者のランク制度についてどこかで説明していたと思っていたら抜けていたので、暫定で【Tips】として記載。


【Tips】冒険者のランク制度

 冒険者ギルドは冒険者の管理のためA~D(E)のランク制度を導入している。

 当然上位ほど数が少なく、エフエスが該当するBランクは冒険者の聖地マインでも十指に満たない。

 Aランクに至っては存命の冒険者が存在しない。歴史に名を刻むほどの功績を上げるしか昇格手段がないと言われる、一種の名誉称号。初代 《勇者》、初代国王に嫁いだ《聖女》、歴代最優討伐実績を誇る《銀断》が該当。

 なお冗談のような厳しい条件にも関わらず両手の指に余る数のA級冒険者を輩出してきたあたりこの世界も大概修羅の巷である。

 ランクの目安は下記。

 Aランク:英雄級。最低でも人から外れた実力と歴史の節目に立ち会う奇運が必要となる。条件的にウェストランド建国期の人物が多い。

 Bランク:人外級。事実上冒険者ランクの到達点。ここまで来ると都市にモノを言えるほどの影響力を持つ。

 Cランク:才人級。Dランク以下とは一線を画す、全員がなんらかの才能や技能を持つタレント達。

 Dランク:正式な冒険者として認められるランク。より単価の高い業務委託を受けられる。玉石混淆。Cランクに上がる者は大抵足踏みせずにランクを上げていく傾向にある。

 ランクなし(Eランク):登録したばかりの新人。キツめの業務委託や低難度の魔獣討伐など実績を積んでDランク昇格を目指す。まだ正式な冒険者ではないためランクなしだが、皮肉を込めてEエンプティランクとも呼ばれる。

 ※必ずしもランクと戦闘力は比例しないが、狩人ハンターに限れば概ね同ランクの魔獣を単独ソロで討伐可能。ただしギルドは安全のためにパーティ行動を推奨し、さらにワンランク上の魔獣への挑戦も認めている。

 例:CランクパーティならばBランク魔獣討伐依頼を受諾可能。

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