第二十七話 ちょっといいかい?


「よう、ちょっといいかい?」


 冒険者で混み合うギルドでそう声をかけられた時、僕は正直に言って「またか」という気分だった。デジャヴというか、例のチンピラたちを思い出すというか。

 だから振り向いた時もまあ、それなりに不機嫌そうな顔をしていたかもしれない。


「……あー、タイミング悪かったか?」


 振り向いた先の、所在無げに頬を掻く青年は少なくともそう見たらしい。

 やんちゃな少年のような無邪気さを残しつつ、精悍な雰囲気を漂わせる青年だった。僕よりいくつか年上という若さだが、身に着けた革鎧と大剣は使い込まれながらもキッチリと整備が行き届いて鈍く光っている。雰囲気から滲み出る質実剛健さはどこかエフエスさんに通じるものを感じた。

 第一印象は腕の立つ冒険者。身なりが整っているところから金は持っていそうだ。


「いや、すいません。少し虫の居所が悪かったもので」

「……日を改めた方がいいか? 声をかけたのも別に大した用事でもないしな」


 こちらの顔色を伺いながらの問いかけに青年への警戒心が若干薄れるのを感じる。


「構いませんよ。このままどうぞ」

「そうか、なら遠慮なく。って言っても冒険者同士仲良くしようぜってメシの誘いに来ただけなんだけどな。持ち込みで肉を捌いてくれる店があってさ。そこでなら安く済むし、奢るぜ?」


 これまたデジャヴを感じる台詞だが、あの時のような悪意は感じない。むしろこちらを見る目には好意に近い好奇心が見える気がする。


「へー、そんな店が。ちなみに何を狩ったんです?」

「ん? イノシシだよ。”強襲猪”イノサルト。森から降りてきた奴が開拓村の畑を荒らしててさ。依頼で退治してきた」


 ”強襲猪”イノサルト。

 動くものを見つければとりあえず突撃する習性があり、そこから”強襲猪”の二つ名を与えられた巨大な牙を持つイノシシだ。主に森林エリアに生息し、その脅威度はCランク。徒党を組んだ恐爪竜ディノニクスの群れに匹敵する(僕らは罠にかけて一網打尽にしたが、その危険度はライオンの群れに近い危険生物だ)。

 彼の言い方から恐らく単独ソロ。僕の見立てだと彼は僕より格上のCランク冒険者だ。それも相当に優秀な。


「ちなみに店は?」

「フロースガルの竈亭。元冒険者の店主がやってるいい店だぜ」


 指定された店もギルドを出た大通りから一本で行ける近場にある、よく知られたところだ。僕らを騙して襲うのは難しい。恐らくこの話に裏はない。

 そこまで確認して僕はやっと彼への警戒を解いた。


「それじゃ、御馳走になります。僕は穂高、この子はダイナ」

「俺はガント・アールヴァル。ルフって呼んでくれ。よろしくな! あとタメ口でいいぜ、敬語とか話してて背筋がムズムズしてくる」

「……あー、そっちがいいなら。それじゃよろしく、ルフ」


 一呼吸ほど迷い、砕けた口調に変える。

 腕の立つ同業者との人脈は作っておいて損はない。とりあえず向こうの奢りでご飯を食べるだけなら喜んで付き合いたいくらいだ。

 

「……食べ放題ほーだい?」

「ダイナ、ダメだよ。メッ」

「? どうした、さっさと行こうぜ」


 油断すれば洒落にならない量の食事を食らいつくす食いしん坊を宥めつつ、僕らはルフの後に付いていった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 チリンチリンと来客を示すベルが鳴る。

 ドアを開けた先には店主らしき足が悪いのかやや引きずるように歩いている中年男性がいた。振り向いた顔には皺が刻まれ、ちょっと苦労人っぽい雰囲気だ。


「よう、ルフじゃねぇ……――!?」


 店内に入ったルフ、次いで僕とダイナを見た店主の顔がものすごく露骨に引きつった。

 ちょっと? サービス業としてその反応はどうなんです?


「新人狩り潰しのホダカとダイナ、か?」


 新人狩り潰しとかなにそれ初耳なんですが???

 そういえば僕ら冒険者としては横に付き合いがなくてボッチ極まってたわ。そりゃ噂になってても耳に入るルートがないよねハハハ……。


「おいおい、ベオさん。それが客相手に見せる顔かよ」

「アホ! 馬鹿ども相手とはいえ装備剥いて全裸で放り出すようなヤベー奴ら見かけたらこうもなるわ!」


 ベオと呼びかけられた店主は真っ赤になってケラケラと笑うルフに怒鳴っている。

 分かってはいたけど僕らの評価って「ヤベー奴」扱いなんですね。それでも周囲から見下されるよりマシだから後悔とかは全くないけど。


「やってきたことをやり返されただけで奴らの自業自得だろ。話してみたけど別に普通だぜ。むしろ普通に育ちがいいお坊ちゃん――と、忘れてくれ。悪気はないんだ」

「別に、気にしてないよ。お坊ちゃん育ちと言われても否定はできないし」


 あらゆる意味で命が軽いこの世界に比べれば現代日本での暮らしなどお坊ちゃん育ちだろう。僕は気にせず流した。


「まあ、いまは生まれも育ちも食うに関係ないわけだし」

「そりゃそうだ、冒険者だしな!」


 肩をすくめた僕の物言いを笑って流すルフ。

 そのやり取りに呆れた様子のベオさんに向けて”話せる”ことを示すため、僕は笑顔で声をかけた。


「美味い飯を奢ってもらえるらしいので来ました。楽しみにしてます。見ての通り――」


 と、小柄で幼いダイナを示す。


「育ち盛りなので。この子、僕の何倍も食べるんですよ」

「そりゃおっかねーガキンチョだな。じゃ、こっちも気合い入れて取り掛かるとするか」


 僕の言葉を冗談と取ったのか苦笑するベオさん。

 割と洒落抜きの事実なのだが。普段から僕の三倍は食べるしなんだったら十倍でも食べる。アグアグと物凄い勢いで食事が口元に飲み込まれて消えていく風景はいっそシュールだ。


「……そこのテーブルに座ってちょっと待ってな」


 と、僕らを席に案内すると厨房に引っ込むベオさん。すぐにものが焼けるいい匂いが漂ってくる。

 いくばくもしないうちに両手に皿とジョッキを抱えたベオさんが厨房から現れた。


「変なこと言って悪かったな。サービスのポテトだ、これでしばらく凌いでくれや」

 

 ドン、と豪快な勢いでテーブルに叩きつけられたジョッキにはなみなみと麦酒エールとミルクが注がれていた。ミルクはダイナの分らしい。

 一緒に出された小皿には砕いた岩塩の欠片が程よく振られた揚げ芋が盛られている。新鮮な芋をザクザクに切って油でカラリと揚げた、フライドポテトに近い奴だ。

 ジュウゥと音が鳴るほどの揚げたてで、よく焦げ目が付いた焼き色と食欲を誘う匂い。ダイナが早速ソワソワと身体を揺らし始めた。


「あれ、この店ミルクとか出してたっけ?」

「うちのガキンチョの分から出した。また明日買い足しにいくさ」

「ガキンチョ?」


 あっさりと言ったベオさんだが、うちのガキンチョ? ということは所帯持ちなのか?

 意外な事実に戸惑う僕。


「こう見えて美人の奥さんと二人の子持ちなんだぜ。しかも若い奴らには意外と面倒見がよくてさ。俺も結構世話になった」

「それはすごい」


 いや実際この世界で元冒険者でありながら所帯を持って店まで開いているって相当な勝ち組では? 現役時代のランクを聞いてみたいくらいだ。


「へっ、下手な世辞を言うならしっかり飲み食いして金を落としていくんだな。さて、それじゃ奥で肉を捌いてくるからよ、ちょっと待ってな」


 満更でもなさそうなベオさんがルフから受け取ったイノサルトの肉の塊を片手に厨房へと戻っていった。


「騒がしいおっさんだろ? でもさ、いい人で、いい店なんだ」

「そう、だね……」


 ルフがそう言って笑うのも分かる気がした。

 幼いダイナを連れた僕に笑いかけてくれる人はそんなにいない。大体は胡散臭い視線を向けてフェードアウトだ。

 ベオさんの人柄か、この店を包む空気はどこか温かい気がした。


「それじゃ、飲もうぜ」

「ええ。よき出会いを願って――」


 と、僕の言葉を聞いて苦笑するルフ。

 掲げたジョッキを軽く打ち合わせ、


「「乾杯」」


 杯を干した。

 なおダイナはとっくの昔にハムハムと揚げ芋を頬張っていた。

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