第二十六話 受付嬢との”楽しい”冒険者談義②

「ヒント。この街には冒険者を名乗りながら魔獣の討伐依頼を受けたことがない人が少なからずいます」


 ……すいません。それ、本当に冒険者なんですかね?

 確か冒険者ギルドのモットーは人類の版図を広げるための”冒険”に挑む人材を育て上げる、だ。

 つまりは魔獣がうようよいる場所で活動する人材の支援が業務であり、魔獣と戦わない冒険者は冒険者を名乗る資格がないと言っていい。少なくともその成り立ち上は。

 

「……その人たち、冒険者ですよね?」

「ええ、登録上は」


 登録上は。つまりそれ以外は冒険者でもなんでもない人達……そもそも本気で冒険者になる気がない?

 ミシェルさんの一言がキッカケで何となく読めた気がする。


「もしかして浮浪者あたりの、本来ターゲットにしてない人種まで割のいい仕事を求めて冒険者になったとか?」

「正解。そうした日雇い仕事で日々を食いつなぐ名ばかり冒険者はいまになっては無視できないほどに増えています」


 アタリを引いたらしい。

 鉱山都市マインは大きな都市だ。健康な成人男性なら仕事にあぶれることは滅多にない。

 とはいえ食い詰め者あたりに回ってくる仕事はキツイ、汚い、危険な3K仕事と相場が決まっている。鉱夫仕事等はその典型だ。

 冒険者になるだけで多少なりともマシな賃金で仕事を取れるならみな争って冒険者登録に走るだろう。

 そこから本来仕事を回すべき、やる気のある人材に仕事が回らなくなっていったということか。それが結果的に人材育成に歯止めをかけている。


「でもそれならなにかしらの条件を付けてそういう人たちを弾けばいいとおもうんですけど。例えば登録の時にお金が必要でしたよね? 浮浪者じゃ用意できない金額にすれば……」

「金貸しやゴロツキあたりが登録料を用意し、登録させたらあとは単価の高い仕事をやらせてそこから利子を搾り取る不法行為が一時期横行しまして。いまはもうそういう連中は綺麗サッパリと”掃除”したらしいのですけど」

 

 サラリとこぼれた一言が恐ろしい。ギルドの闇がそこはかとなく噴き出していた。もちろん僕は全力で聞かなかったフリをした。


「それに予想外の事態でしたが、必ずしも悪いことばかりではなかったのですね。この政策を施行する前と比べ、目に見えて治安の改善が見られたんですよ」

「……治安の改善? もしかしてこの政策が結果的に浮浪者向けのセーフティネットになったってことですか?」

「あら、いまの話だけで分かるので? これは相当後になってから賢者が因果関係を解き明かした話なのですが」

「僕の故郷でもあった問題なので」

 

 本気の称賛を込めた視線にこそばゆいものを感じながらあくまで人づてに聞いた話と断る。

 現代日本にあった経済的困窮者向けの生活保護制度セーフティネットの存在意義について、僕は面白い意見をネットで見たことがある。

 曰く、だと。

 食い詰めた社会的弱者はある種無敵の人であり、生きるためならなんでもする。奪うし、暴れるし、争う。そうした人たちを放置するのは社会不安の種を撒いて育てるようなものだ。

 そこに多少の金をバラ撒くことでそうした種を刈り取れるなら為政者は喜んで金を出すだろう。

 弱者のためではなく、あくまで社会秩序を維持するための必要経費。結果としてその方が安上がりに済む。

 情けは人の為ならずなのだと、ことわざを少し斜め上の用法で用いてその人は結んでいた。


「そこからは惰性ですね。魔獣と対峙する冒険者を支援するための組織はいつの間にやら都市の運営にがっちりと組み込まれ、一蓮托生となった訳です。そのくせ名ばかり冒険者への対処は中途半端になるばかり」

 

 本来は魔獣退治の依頼斡旋や支援をメインの業務としていたはずの冒険者ギルドがいつの間にか下層労働者向けのハローワークみたいな側面を持ち始めたわけだ。


「正直に言えばギルドの受付嬢としては大迷惑です。扱う金銭の桁は大きくなりましたが、本来の業務から逸脱する内容の仕事が大幅に増えたわけですし。逆にギルドの方からもっと積極的に都市の運営に食い込むべきだ、なんて意見もありますが私はどう考えても畑違いだと思うのですよねぇ」

「なんというか、生々しい話ですね……」


 こう、善かれと思って始めた政策が一定の成果と斜め上の不本意な結果をもたらし、それでいて快刀乱麻を断つ解決策がないままグダグダと続いているこの感じ。とても覚えがある。

 ここは異世界リアルであって異世界ファンタジーではない。そんな言葉がふと思い浮かんだ。

 

「それはそうでしょう。いつの世も冒険者が織りなす英雄譚は尽きませんが、私達は現実に生きているのですから当然しがらみも生まれます」

「英雄譚の英雄はただ英雄のままではいられない、と」

「腕利きになるほど纏わりつくのがしがらみというもの。そうしたしがらみを嫌って各地を渡り歩く腕利きもいますけどね。エフエス様が丁度それです」

「そういえばエフエスさんは……」

「はい、幾つもの都市を渡り歩いて依頼を受ける流れの冒険者です。ですのでもう半年もこのマインに留まり続けているのは珍しいんですよ」


 その理由は今更語るまでもなく僕たち弟子のため、なのだろう。


「まあ今の話から教訓を得ようとするならば、都市を拠点として活動する以上どうあってもその動向は気にせざるを得ないということです。繋がりの深い拠点を定めるか、師に倣い旅の空を選ぶか。今のうちからよく考えておいた方がいいでしょう」

「……心に留めておきます」

「留めるだけでなく、本気で考えておくべきですね。どうやらあなたの価値を、あなた自身はよく分かっていないようなので」


 と、称賛と呆れを半々くらいの割合でブレンドさせた顔色のミシェルさんはそう言った。

 

「政治的文脈を解せる……冒険者ってものすごく稀少なんですよ。そもそも冒険者なんて武辺者にそうした機微を求めるなという話だから当然なのですけれど。

 ましてやそれが腕利きの『運び屋』ともなれば一体どれだけ重宝されることやら。都市からすればガッチリ囲んで逃がそうとしないでしょうね?」

「……えーと」


 興味のある話題につられてちょっとばかりペラペラとしゃべりすぎた。迂闊だったかもしれないと、僕は今更になってそう思った。

 

「いまはどこにでもいるDランク。しかしいずれは、という話です。繰り返しますが、自身の未来について今からよく考えておいた方がいいでしょう」


 ミシェルさんの話す未来予想図は決して悪い話ではない。マインという巨大都市からの優遇を得られる事実は僕の人生に莫大なプラスとなるだろう。旅路を選ぶ自由と引き換えに。

 利益か、自由か。

 どちらを重んじるのかよく考えておけとミシェルさんは忠告してくれたのだ。


「……………………金言、頂戴しました。よく考えておきます」


 僕は長い沈黙を挟み、冒険者のイロハを教えてくれるもう一人の師匠へ向けて深々と頭を下げるのだった。

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