第二十四話 いちゃもん③

「それで、まだやる?」

 

 今度はこちらが腰から抜いた剣鉈を手に相手を脅しつける。衣服すら纏わない防御力ゼロの男は突きつけられた剣鉈に怯み、せわしなく視線を左右に向けていた。

 だが残りの仲間は一人残らずダイナにぶちのめされ、ノビている。もう彼に救いの手は来ない。

 さあ、落とし前を付ける時間だ。


「か、勘弁してくれ……。俺達が悪かった! もうあんたらには関わらねぇ、この通りだ!」


 それを悟ったか潔く素っ裸のまま土下座して地面に頭を擦り付けるリーダー格の男。頭を下げ慣れているのか、その土下座はこちらが感心するほど堂に入ったものだった。


「ん~……」


 さて、どうしたものか。首を捻りながら少しだけ考える。

 彼らをこれ以上痛めつけるは難しい。心情的にも、冒険者としても。

 冒険者同士の些細な揉め事、喧嘩くらいまでならギルドやこの街の憲兵も動かない。この路地裏のような人目に付かない場所で起きたことなら特に。

 だが殺人にまで発展すると話は別だ。必ず都市が本腰を上げて危険人物を排除にかかる。そんなリスクを負うつもりはない。


(でもこの人、目が死んでない気がするんだよなぁ……)


 雑草のしぶとさ、逞しさと言うべきか。

 形勢不利と見るや迷わずに土下座し、許しを乞う男の姿に僕はエフエスさんの教えを思い出していた。


 (『ヤるのなら徹底的に。心をへし折るつもりで行くこと。中途半端に恨みを残すと一番厄介だから』)


 一見僕らが圧倒的な力量差で彼らを蹴散らしたように見えるけど、実際は油断や奇襲の効果が大きい。この場を見逃した彼らが徒党を組んで、準備万端整え、僕らに奇襲をかければ今度は僕らがやられる可能性は十分ある。

 自衛のため、反抗の芽は摘まねばならない。僕はそう結論した。

 

「よし、それじゃ行っていいですよ」

「あ、ありがてぇ。恩に着る……!」

「後始末は任せるので、全員あなたが連れ帰ってくださいね」

「そ、そりゃもちろんだ。俺が全員連れ帰って――」


 僕らを恫喝しておきながら調子のいい台詞を吐く男に苦笑しながらノビている男達を指し示す。

 、路地裏に転がっている男達を。

 調子よく舌を回していた男の顔が引きつるのが見えた。


「お、俺達の装備は……?」

「はぁ……?」

「ヒッ……」


 その問いかけにわざとらしく首を傾げて奴の顔を覗き込むと、その瞳には無表情無感動な男の顔が映っていた。男の命などどうでもよさそうな顔、僕の顔だ。男の顔がますます引きつった。

 我ながら中々悪くない悪党面だと自画自賛してみる。


「ああ」

 

 しばらく男の顔を眺めてから、その言葉を理解したと示すためポンと手を打つ。にこやかな笑みとともに、威嚇の意を込めて。

 

「詫び代わりにあなた達の装備は貰っていきますね? まあ、二束三文にもならなさそうですが」

 

 残念なことに事実だ。5人ほどいる彼ら全員分の装備を売り払っても大した金にはなりそうにない。

 それでも山賊のような略奪に走るのは一応理由がある。


「た、頼む。やめてくれ、装備がなければ俺達は食ってけねぇよ!」

「でもさっき僕らにも同じことをやろうとしましたよね?」

「うっ……け、けどよぉ……」

「あなた達にも万が一の蓄えくらいあるでしょ? そこまで毟るつもりはないよ」


 自業自得だと返すと、言葉を失ったのか口をパクパクと開け閉めする男。


若造ガキに返り討ちにされて装備を丸ごと奪われた冒険者の面汚し。それが今日からのあんたらだ。同情は、しないよ)


 僕らを弱者と見下し、奪おうとした彼らは逆に最底辺の弱者に落ちた。今度は彼ら自身が弱者として周囲に狙われるエサだ。僕らに報復する暇などできないはず。

 僕らが彼らに連れていかれるのをギルドで多くの冒険者が目撃している。全裸で人目を憚って動く彼らは、これ以上なく雄弁に経緯を物語ってくれるだろう。

 

(とりあえず経緯をギルドに報告して、しばらくしたらギルド経由で装備を返すか)


 とはいえ本当にこのままだと過剰防衛という気もするので、僕自身が納得できる落としどころとしてはそんなところだろう。

 そうすれば彼らにもと分かるはずだ。


「それとこの場で見たことは口外無用で。じゃなきゃ都市内なのに恐爪竜ディノニクスが現れて、どこかの冒険者が食い殺されるかも」

「わ、分かった」


 と、ダイナを指し示せば壊れた人形のようにコクコクと頷く男。丁度男達を見ながらその鋭い爪でガリガリと地面を引っ搔いているところだったので、傍から見たら肉食竜が獲物を品定めしているように見える。男は心底ビビったようだ。

 

「それじゃ、後始末はよろしく。ダイナ、行くよ」

「うン」


 最後に一言声をかけ、返事を待たずに路地裏からさっさと歩き去る。ダイナも《竜変化》を解いてから僕の後に続いた。

 念のため背後の気配に注意を払っていたが、男はこれ以上仕掛けてくることはなかった。よかった、キチンと心をへし折れたようだ。


(こういうのはこれっきりにならないかな。無理かな)

 

 僕らに手を出せばどうなるか。

 その具体的な実例を示して見せたつもりだ。誰だって全裸で街を歩くのは嫌だろう。多少は再発抑止効果を期待したいところだ。

 それでもこの街は新人冒険者がいつでも流入しているので、多分また知らずにやらかす奴は出てくる気はしている。


(エフエスさんが街に滞在したがらないのってこういう奴らを対処するのが面倒ってのもあるのかもなぁ。あー早くダイナと一緒に街の外で気楽に走りたい)


 図らずも師匠の悩みの一端を知ってしまった僕は同じ悩みを抱えつつ、次の依頼について考えるのだった。

 

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