第二十三話 いちゃもん②

「とりあえず、もう少し”話”がしやすい場所に行きましょうか?」

 

 ともあれダイナの了承が取れた僕は男達の誘いに乗った。

 釣れた、あるいは捕らえた。そう思ったのか男のニヤケ顔がさらに深まる。


「話が早いな、兄ちゃん」

「ここに居座ってちゃ他の人に迷惑ですし。気を遣うタチなんです、これでも」


 お前らとは違って、と言外に告げれば男も皮肉られていることに気づいたらしい。ニヤケ顔はそのままにそこはかとない怒りのオーラが漏れ出している。

 もっとも恐怖の類はちっとも感じない。元クラスメイトのいじめっ子はあれだけ怖かったというのに……。

 まがりなりにも恐爪竜ディノニクスを筆頭にもっと恐ろしいモンスターと向き合い続けたからかもしれない。


「そりゃ見上げた心がけだ。それじゃ俺らの馴染みの酒場まで案内するぜ。裏通りにある、治安が悪い場所だが」

「俺たちが守ってやるよ、安心しな」

「ああ、を守るつもりで行くぜ。なあ?」

『ギャハハハハッ!』


 その台詞にゲラゲラと馬鹿笑いする男達。とことん僕らを馬鹿にし、コケにし、笑い者にしようとする奴らに、心の中の師匠エフエスさん笑顔で「やっちゃいなさい」とGoサインを出していた。


(冒険者は面子メンツが命。ですよね、エフエスさん)


 この稼業は一度弱者と舐められれば取り返しがつかない。延々とチンピラどもに絡まれ、しゃぶられ続ける。だからやる時は徹底的にヤれ。

 それもまたエフエスさんの教えだった。僕は彼女の弟子として忠実にその教えを守るつもりだ。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「どこぞのお坊ちゃまがあんまり調子に乗るなよ」

「俺たちの世界にも年功序列ってのがあるんだぜ?」

「昨日今日きた新人が調子に乗ってやらかしていい業界じゃないんだ」

「じゃなきゃ痛い目を見るぜ、


 冒険者ギルドを出て歩くこと数分。

 人影がまばらな、後ろ暗い者達が集う街の裏通りへと僕らを誘導した男達は最早建前すら投げ捨てて、口々に勝手なことを叫んでいた。


「持ち金と装備をありったけ置いてけ。そうすりゃ許してやる。ああ、今夜の宿代くらいは残しておいていいぜ」

「……OK。つまりあなた達は」


 こちらを舐め腐った発言の数々。ありていに言って調子に乗っている彼らに向けて最終確認のクエスチョンを投げる。


「喧嘩売ってる?」

「ハッ、今頃気付いた――「ああ、もう我慢しなくていいよ。ダイナ」「うン、ヤっちゃうね?」――あ……?」


 チンピラのリーダーらしき男が何か言っているが、そこさえ確認できれば自分を納得させる大義名分としては十分だ。

 僕は遠慮なくとしながら指示を待っていたダイナを解き放った。


「うぎゃああああぁっ!」

「はへ……? い、痛ぇよおおおぉぉっ?!」

「ま、待って――ギャアッ!」


 血風散華。

 僕が「よし」を出した瞬間に動いたダイナによって路地裏に血飛沫が舞った。

 ギフトによって瞬時に恐爪竜ディノニクスに変身したダイナが油断しきった男達に襲い掛かったのだ。

 その鋭い爪で肉を浅く裂かれた男達が傷口を抑え、痛みを訴えて地面に倒れこむ。振り回される長大な尾に一人が打たれ、吹っ飛んだ。暴力の嵐が当たるを幸いとチンピラ達を薙ぎ払っていた。


(流石ダイナは頼りになるなぁ)

 

 僕らコンビの武力担当は伊達ではない。鉄火場にも怯まず、むしろ嬉々として向かっていく彼女はこういう場面では僕よりもよほど頼りになった。

 そもそも恐爪竜ディノニクスはこの世界では比較的小型のモンスターとはいえ、元の世界で換算すれば虎かヒグマ並みに危険な肉食動物である。

 冒険者は上位に行くほど人間を辞めていく傾向にあるが、彼らはみすぼらしい装備からして精々Dランク。どこにでもいる十把一絡げの底辺冒険者だ。

 僕らを格下と見下し、油断しきった彼らではダイナを止めることはできない。


「て、テメェッ! あの化け物を止めろ、今すぐだ!」


 そんな中、幸運にもダイナの先制攻撃の対象から外れていた奴らのリーダーが咄嗟に腰から引き抜いた刀剣を僕に突きつけようとする。

 

「化け物とはヒドイな。うちのダイナは可愛くていいですよ?」

「ンなことどうでもいいンだよ、早くしろ! さもなきゃ――あ?」


 違和感に気付いた男が目を丸くする。

 唐突に彼の手から消失した重み。それは男が曲がりなりにも冒険者として拠って立つための商売道具ツルギの重みだ。

 

「さもなきゃ……どうするって?」

「お、お前俺の剣をどこにやった!? 俺の、俺の剣が……!」

「剣だけですか?」

「――!? ふざけんな、なんで……!?」

 

 全く事態を把握できないまま、剣どころか防具に服にポーチにと身包みを一切合切毟り取られて全裸になった男が発狂した。


窃盗スティール? 徴収レヴィ? い、いや、ありえねぇ!? そんなデタラメなギフトある訳が――」


 ……うん、まあ、気持ちは分かる。同情はしないが。

 この手品の種はもちろん僕の規格外エクストラギフト《アイテムボックス》。本来は自身の所有物モノか他者からの預かり物しか収納できないのが《アイテムボックス》のルール。そのことわりを覆し、条件付きで他人の装備すら奪えるという規格外のぶっ壊れギフトのお陰だ。


「ん……。ホダカ、終わっタ。言われタ通り、殺してなイ。人だかラ」

「ありがとう、ダイナ。お疲れ様。あとこっちを見ちゃダメだよ、教育に悪いから」

 

 恐爪竜ディノニクスの姿のままこちらにヌッと首を突き出したダイナに答えると、素直なダイナはそっぽを向いた。


「それで、まだやる?」

 

 今度はこちらが腰から抜いた剣鉈を手に相手を脅しつける。衣服すら纏わない防御力ゼロの男は突きつけられた剣鉈に怯み、せわしなく視線を左右に向けていた。

 だが残りの仲間は一人残らずダイナにぶちのめされ、ノビている。もう彼に救いの手は来ない。

 さあ、落とし前を付ける時間だ。

 

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