第二十二話 いちゃもん
「ホダカ、終わっタ?」
ミシェルさんとの依頼処理と雑談が一区切りつくと退屈そうな顔をしたダイナがそう言った。
難しい話がまだよく分からない彼女には今の話は大分退屈だったようだ。
「はい、終わりましたよ。お待たせしてごめんなさいね、ダイナさん」
「ん、いイよ。行こウ、ホダカ」
「アハハ……。すいません、ミシェルさん。それじゃ僕たちはこれで……」
ダイナの無邪気な物言いに苦笑いを浮かべ、暇乞いをする。
そのままダイナを連れて冒険者ギルドの入り口に向かおうとすれば、
「よう、兄ちゃん。噂は聞いてるぜ、大分羽振りがいいらしいな」
妙な雰囲気の男に絡まれた。
パッと目につくのが痩せた体躯に手入れの行き届いていない装備。ガラの悪い顔に笑みを浮かべていてもその眼光はちっとも友好的ではない。その雰囲気はありていに言ってカタギに笑みを浮かべてすり寄るヤクザに近い。
冒険者というのは底辺に行くほどチンピラならず者の同類項なので、正直あまりお行儀のいい人種ではない。冒険者同士の喧嘩など日常茶飯事で、周囲に迷惑をかけなければ取り締まられすらしない。
そして対する僕はと言えば
……まあ、うだつの上がらない冒険者が思わず叩きたくなるような、目障りな出る杭だというのは僕にも分かる。
「それほどでも。話は終わり? それじゃ」
話をするつもりはない。
そうと示して男の横を通り過ぎようとすると露骨に進路を防がれた。もめ事のイヤな気配がしていた。
「まあ待てよ。短気は損だぜ? 話くらい聞いてくれよ。向こうで、
「…………」
男の目配せでギルドの待合所から立ち上がった冒険者達が僕を取り囲むように動く。みなお揃いのように手入れを怠ったみすぼらしい装備、場末のチンピラと変わりない身なりの男達だ。
徒党を組んだ威圧的な男たちに僕と手を繋いだダイナの矮躯がブルリと震えるのが分かった。マズイ気配だ。
「……ダイナ、抑えて」
「でも」
「大丈夫。任せて」
「……うン」
警戒を怠らず、しかし溢れだす感情を収めたダイナに安堵のため息をつく。
いまのは、かなり危なかった。
「おいおい、そうビビんなよ。別に取って食ったりはしねえって」
そのやり取りを自分たちに怯えたからと見たか、優位を確信した笑みを浮かべた男がなれなれしく声をかけてくる。周囲の冒険者たちもニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべている。
その場違いで間抜けな笑みに思わず
(心配したのは僕らの身の危険じゃなくて、あんたらの命だよ)
はっきり言おう。
そしてCランク冒険者は街によっては冒険者の筆頭を務めることもある、一流の称号。装備もみすぼらしく、僕らを数で囲んで威圧している彼ら程度では足元にも及ばない領域だ。
彼らは気づいていないが、ついさっき割と危ない場面だったのだ。最悪の場合血の雨が降る、物理的に。
もちろんダイナもそう簡単にプッツンするほどキレやすい子ではない。暴れるにしても程よい力加減で彼らをブチのめしてくれるだろう。
だからってわざわざしなくてもいいチキンレースなどやらないに越したことはないのだ。
「ハァァ……で、僕らに何の用です?」
「なぁに、新進気鋭のルーキー様を俺達のパーティーに勧誘したくてな。噂は聞いてる。ガキを抱えて
まずは牽制替わりに思い切り深いため息を一つわざとらしく吐いて見せ、この会話に気乗りしないことを全身で示す。
すると最初に声をかけてきた男が眉をピクリと動かしながらも穏やか
「生憎とそういうのは間に合ってるので。勧誘なら他所を当たってください」
「そう邪険にするなよ。まずは仲良く酒場で酒でも飲もうじゃねえか。一杯奢るから武勇伝でも聞かせてくれよ。
もう不穏な空気を隠す気もなく敵対的な目つきでこちらを睨みつけ、集団で僕らを囲い、どこかへ連れて行こうとする男たち。こうなるともうほとんど人攫いと変わらない。
(で、ノコノコ付いていったら人目のない路地裏あたりでいいように金を搾られ、嬲られる……と。まるっきり
自分たちの優位を確信した奴らは笑みを浮かべている。
……一方的に弱者をいたぶる奴の笑みだ。僕を虐めていた元クラスメイトの奴らと同じ笑みだ。
元々ゼロだった男たちへの好感度がマイナスに突入する。こいつらがどうなろうと自業自得。そう冷ややかな判断を下し、荒事になる覚悟を固めた。
(と、その前にギルドは……動かないか。まあ客観的には
カウンターの方へ視線をやれば、多くの職員からの視線を感じるが、助けに入ろうとする気配は全くない。だがそれを薄情と思う気もない。
いや、若干一名カモンとばかりに笑みを浮かべているが、頼ればギルドに借りを作ることになるのでできれば頼りたくない。
そもそもここまで男たちの言動は威圧的で恫喝的だが、あくまでパーティーへの勧誘という建前を崩していない。
ギルドや憲兵は周囲に迷惑がかからない限り、わざわざ下級冒険者同士のもめ事を取り締まることはない。切りがないからだ。
つまりこの程度ではギルドは動かないと見切っての男達が一枚上手。エフエスさんがこの場にいればそう評するだろう。
(エフエスさんならこういう奴らに絡まれてももっとスマートに躱すんだろうけど)
泣く子も騒ぐみんなの憧れ、Bランク冒険者。だがその見かけは華奢で童顔の女冒険者。外見で侮られることが多いエフエスさんだが、そういう奴らへの対処がとても上手い。本当なら僕も優れた師匠に倣うべきなのだろうが……。
「ダイナ、
「? うン、いいよ?」
そう問えば何故そんなことを聞かれるのか分からないと首を傾げられる。詫びを込めてその頭を優しく撫でるとダイナは気持ちよさそうにフニャリと笑み崩れた。
「とりあえず、もう少し”話”がしやすい場所に行きましょうか?」
ともあれダイナの了承が取れた僕は男達の誘いに乗ったのだった。
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