第二十一話 ギルドの受付嬢②
(あ、これ下手に答えたらマズイ奴だ)
色香に釣られてうっかり口を滑らせればエフエスさんからの説教に拳骨が加わるだろう。そんな危険予測が現実のものとならないよう、僕は慎重に口を開いた。
「そうですね、普通よりも等級は高いらしいです。エフエスさんからもそう聞いてます」
そもそもの話として。
僕の《アイテムボックス》が
あくまで上位
地力も付かない未熟なうちから強力すぎるギフトをひけらかしても周囲から無用な関心を引くだけでロクなことにならない。エフエスさんの言葉であり、僕も同感だ。
それと僕はどうにも過剰に視線を集めるのが苦手だ。石の裏から日の下に引っ張り出されたダンゴムシの気分になる。
街でチヤホヤされるより空の下をダイナと一緒に駆け回っている方がよほど気楽なのだ。
「将来は『
そう、当たり障りのない返事をしておく。
ミシェルさんもひとまずはその返事で満足してくれたらしく、笑顔で頷いていた。
「そうですか。優秀な『
「まあ、そうでしょうね。街から街への移動は危険ですし……」
大小サイズを問わず魔獣が跋扈するこの世界では、そもそも物流そのものが細く弱い。
街と街を結ぶ街道にもそれなりの頻度で魔獣が出没するし、安全確保のために護衛の冒険者を雇ったり、集団で移動したりと自衛力が求められる。その分輸送量や回数は低下する。
そんな環境で、たった一人が大容量の積み荷を持って自由に移動できるアイテムボックス持ちの『
(この世界だと緊急時に大量のモノを遠くへ運びたいってなったら実質『
この世界では無理難題としか思えない無茶をこなせるのが腕のいい『
逆に言えばそれだけの器量があれば『
「あるいは有望な狩猟専門の冒険者パーティーに紹介することも可能ですが……? 当ギルドとしてはそちらの進路も是非ご検討願いたいところです」
ミシェルさんが言った通り、街から街へモノを運ぶ以外にも『
大自然に分け入り、魔獣を討伐し、その骸から種々の素材をはぎ取ってさあ帰ろうとなった時、当たり前だが問題になるのはその運搬だ。
整備された道などない大自然の中を行き以上の大荷物を背負って帰り道を歩くのは苦労などという言葉では済まない。
ましてや猟果が大型魔獣ともなればその体躯は小型ビル並にデカい。解体してバラしても物理的に背負える重量ではない。
「大型魔獣の討伐や山向こうの未開拓領域の探索に『
エフエス様の弟子、しかも上位等級の《アイテムボックス》持ちともなれば引く手数多ですよ? 青田刈りでも高く買ってくれるでしょう」
だからアイテムボックス持ちの運び屋を雇う。上位の運び屋が一人いるだけでパーティ全体の行動範囲や速度が劇的に変わるのだ。
上位パーティほど未知の大自然での活動が多いから、運び屋はほぼ必須とすら言われる。
アイテムボックスというのは十分上位パーティに所属できる強み、一芸なのだ。
酸いも甘いも噛み分けたギルドの受付嬢直々にそう保証してもらえたのは正直嬉しい。
「あー……すいませんがしばらくそういうのは考えるつもりはなくて」
とはいえエフエスさんへの恩返しどころか卒業もできていない身の上でそんな先を考えるなど身の程知らずの恩知らずにも程がある。
(そもそもエフエスさんがいないところでそんな提案を勧めてくるギルドもどうなんだ?)
いまエフエスさんはギルドからの指名依頼で、臥龍山脈を超えた先にある未開拓領域の現地調査に赴いている。戻ってくるのは当分先で、しかも下手を打てばエフエスさんですら危うい危険地帯と聞く。
邪推すればギルドからのタチの悪い引き抜きとも取れる。若干の不信感を込めてミシェルさんを見つめればフワリとした笑みに躱された。
「…………とにかく、この話を進める気はありません」
まあいいと一度考えを棚上げする。
例えミシェルさんの勧める進路に進むことがあってもそれはエフエスさんが無事に帰って来てからの話だ。
「そうですか? それは残念。ですが、頭の片隅にでも進路の一つとして考えておいてくださいね?」
さして残念でもなさそうに応じるミシェルさん。こちらを伺うような視線はむしろ僕の内面を注意深く探っているようにすら見えた。
(……もしかして試されてた? そりゃ不義理な『
腕と信用は『
今度はこちらがミシェルさんの顔色をジッと伺うと受付嬢のお手本のような営業スマイルを返された。ある意味ポーカーフェイスよりも読み辛い鉄壁の笑顔だ。
「フフ……。本当に、あなたには期待しているのですよ?」
小首を傾げての思わせぶりな台詞に分かっていても心臓が動悸を打つ。
「上位等級のアイテムボックス持ちが出たのは久しぶりですから」
と、続く身も蓋もない理由付けに、良いように遊ばれているなと苦笑する。
それでもゆるりと唇の端を持ち上げたアルカイックスマイルは僕を評価しているからだと信じたい。
「下位等級のアイテムボックス持ちならそれなりに数はいるのですけどね」
「下位等級でもいれば便利な人材だとは聞きますけど」
「便利であっても必須じゃありませんからね。他の十把一絡げのギフト持ちより便利ですが、わざわざ探し出して勧誘するほどではない。それくらいの立ち位置です。
頭数を集めても専門の『
下位等級のアイテムボックス。概ね荷袋だとか背負子だとか人ひとりの持ち運べるサイズが収容限界の冒険者は結構数がいる、らしい。
彼らの多くはギフトをワンポイントとして生かしつつ冒険者として腕を磨いたり、湖龍街道を行き来する『定期便』の護衛兼輸送量かさ上げ用の人材として働いていると聞く。
彼らは彼らで下手なギフト持ちよりよほどアタリの人材だが、やはり専門職の『
「ともあれ私ども冒険者ギルドは未来の『運び屋』候補へ大いに期待を寄せています。なにか困ったことがあればすぐご相談くださいましね?」
ありきたりな台詞のあとに誘うような妖しい一瞥を投げられる。超の付く美人からの期待を持たせるような振る舞いに心惹かれそうになるのをグッと引き締め、僕は公私を線引きするべくなんでもない笑顔を取り繕った。
「その時はよろしくお願いします。困りごとが起こらないのが一番ですけど」
「ええ、本当に困りごとなど起きないのが一番ですわ」
ギルドに借りは作りたくないが、必要なら頼るのでよろしく。
意訳すればそれくらいの台詞にミシェルさんがこれまでのようなビジネススマイルではない、親しみの籠った笑みを見せた。
合格、と言って貰えた気がした。
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