第二十話 ギルドの受付嬢


恐爪竜ディノニクス三頭の討伐を確認致しました。おめでとうございます。これでホダカさんも一流Cランクまであと一歩ですね」


 ここは鉱山都市 《マイン》の冒険者ギルド。

 王都の冒険者ギルドよりもさらに大きく、小汚く、乱雑で――そして僕が知る限り最もエネルギッシュな活力に溢れた場所だ。

 何十人もいる受付嬢が次々と冒険者を捌いていくというのに、冒険者の行列は引きも切らない。裏口に持ち込まれる獲物の獣臭は表に届くまで濃く、武装した冒険者の目つきはギラギラと輝いている。野蛮人の聖地とエフエスさんが評しただけはあり、非常に喧嘩っ早く侮られることに我慢できない人が多い。

 現地の装束に着替えた僕はその中の一人として完全に馴染んでいた。人の出入りが激しすぎて異世界人が一人紛れ込んでいようと全く気にされないのだ。

 そしていまは依頼達成の報告のため、ダイナとともに馴染みの受付嬢へと向かい合っていた。


「いえ、僕もダイナもまだまだです。Dランクは抜けるまでが長いですから」

「あら、謙虚な方。でも武功自慢の殿方よりずっと好感が持てますね」

「アハハ……。ありがとうございます、ミシェルさん」

「みしぇる、ありがトっ!」

「フフッ……。はい、どういたしまして。ダイナさんも」


 受付嬢の名はミシェル・ウォールナットさん。

 話の流れがよく分かっていなさそうなダイナの言葉にも口元に手を当ててクスクスとおしとやかに笑う、育ちがよさそうな雰囲気を持つ小柄な美女だ。

 ウェーブがかかった艶やかな黒髪を緩く括って背中に流し、いつもしとやかに微笑んでいる。赤を基調にした受付嬢の制服と癖のない艶やかな黒髪の対比がよく似合っていた。

 だが対峙して一番に目に付くのは、


「…………」

「なにか?」

「あ、いえ。なんでも……」

「ふふ、この眼が気になりますか?」


 悪戯っぽく笑い、たおやかな仕草で右目を指すミシェルさん。偶然にもエフエスさんが眼帯を付けている方だ。ちなみに反対の左目は前髪で隠れて見えない。いわゆるメカクレである。

 その瞳は赤、橙、青など複雑な色合いを持ち、日の当たり方によっても輝きを変える虹の瞳。彼女はアースアイとも呼ばれる複合虹彩色の持ち主だった。

 いっそ神秘的な気配を感じさせる瞳につい見惚れていると彼女は慣れたように笑う。


「この眼のことはよく言われるんですよ。昔はコンプレックスだったのですが、今は私の自慢です」

「コンプレックス? 引け目に思うところなんてないと思いますけど」

「フフ、そう言ってくれたのはあなたが初めてですわ。ありがとう、ホダカさん」

 

 と、思わせぶりな言動とともに自然な仕草で僕の手を取り、柔らかく握られる。その手の温かさ柔らかさ、不意打ちの微笑みで心拍数が急上昇するとともにミシェルさんが醸し出す女の魔性を感じ取った。


「……いえ、どういたしまして」

 

 エフエスさんからも異性の誘惑には気を付けろと口酸っぱく言われている。

 僕は非常に名残惜しく思いながらも、僕の手をしとやかに拘束するミシェルさんの手から逃れた。


(けど本当に美人だなぁ)


 だが僕も健康な男なので美人に見惚れるのはやめられないのであった。

 容姿も選定基準に入る花形職業、ギルドの受付嬢でもなお三指に入るとの噂を聞くくらいに整っており、しかも受付嬢でありながらたまにしかギルドに顔を見せないミステリアスな人でもある。

 そんな彼女が受付嬢として出た日には一日中行列が消えなかった、との話もある。

 その神秘的な美しさと謎めいた雰囲気からギルドでも非常に話題になりやすいお人だが、コナをかけようとする冒険者には一線を引き、決して懐には入れさせない。


(眼福、だけど。周囲からの視線が痛い)

 

 そんなミステリアスな美女が滅多に見せない満面の笑みで僕を対応しているのだから、周囲からは針山のような嫉妬の視線が向けられていた。


のは何もないんだから勘弁してくれないかなぁ)


 彼女と親しく付き合えているのも僕自身の功績ではなく、エフエスさんからの紹介してもらったからというだけ。それにしたってミシェルさんもただのではまったくないのだし。


「ですが僅か半年で素晴らしいご活躍というのは本心です。残念ながら何年経っても恐爪竜の群れを討伐できない冒険者は少なくないのですから。

 流石はエフエス様の直弟子。昇格の日も遠くはないかと。末はこの街一番の冒険者というところでしょうか」


 と、満面の笑みを浮かべ、べた褒めの褒め殺しで気持ちよくおだててくれた後に、さりげなく話を繋げる。


「ところでどうでしょう? 丁度森林エリアで狙撃蜘蛛ブライガンスパイダーの討伐依頼が入っております。新進気鋭のルーキーに相応しい高難易度のクエストかと……」

「お断りします」


 一瞬も迷わずに僕は断りを入れた。躊躇も良心の呵責も全く覚えなかった。


「ダメ……でしょうか?」


 ショボン、と肩を落とし露骨に意気消沈した様子のミシェルさん。その姿に反応した周囲からの視線が針の筵となって僕に襲い掛かった。視線に物理的圧力があれば僕は今頃穴だらけだろう。

 が、そんな外野などいちいち構ってはいられない。


「そもそも狙撃蜘蛛ブライガンスパイダーの討伐ってCランクが受けるクエストですよね?」


 森の狙撃者、孤高の射手ともあだ名される巨蟲種。樹木の上という人間の構造上最も死角になりやすい上部に身を潜め、獲物を待ち構えて毒糸を吐いて拘束。弱らせてからゆっくりと肉を千切って口に運び、体液を吸い取る生態の危険生物である。

 難易度以上に失敗した時の末路が恐れられ、万全の体制を敷いて討伐に挑むべきモンスターだった。

 Dランクで、しかもダイナと二人組の僕らが手を上げたくなるような相手ではない。


「あら、適正ランク外のモンスターまでしっかり予習しているとは感心ですね。やはり未来の一流冒険者……」


 そう問いかければ一瞬前までショボンと肩を落としていたのが噓のように真意の掴めない微笑みを浮かべているミシェルさん。


。ミシェルさんとエフエスさんに鍛えられましたから」


 これ、一から十までわざとの犯行である。

 似たようなおだてにうっかり乗って前向きな言葉を返したことがあるのだが、そのあと何故かエフエスさんから狩猟対象の生態と難易度に絡めて説教を受けた。ギルドに軽々しく言質を与えるな、との金言とともに。二人は裏で繋がっているのだ。

 以来ギルドで依頼クエストを受ける時は裏どりと確認を怠らないようになったのだが、やり方が相変わらずスパルタな師匠エフエスさんなのだった。


「フフッ、でもギルドでも有望株と見られていることは本当ですよ? Bランク冒険者を差し引いてもダイナさんの《竜変化》に、あなたの《アイテムボックス》。噂では随分と上位等級ランクだとか……?」


 ミシェルさんが妖艶な笑みとともに探るような眼でこちらを見つめてくる。目の前の鶏が生む卵が金か、銀かを見極めているような眼で……。


(あ、これ下手に答えたらマズイ奴だ)

 

 色香に釣られてうっかり口を滑らせればエフエスさんからの説教に拳骨が加わるだろう。そんな危険予測が現実のものとならないよう、僕は慎重に口を開いた。

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