第十六話 チョロい奴だと笑うならば笑え
「実は私を煽ってない? ねえ、煽ってない?」
「ソンナコトはナイですヨ?」
ちょっと自慢げな感情が混じらなかったといえば嘘になるので思わず目をそらしてカタコト言葉になってしまったのだった。
彼女はしばらくの間こちらをジト目で睨んでいたが、ため息を一つ吐いて追求を打ち切った。
「……ハァ。まあいいわ、この場は引いてあげる。その子としっかり絆を深めること。分かった?」
「ありがとうございます、師匠」
頭を下げるとエフエスさんは鷹揚に頷いた。
「とりあえず先に眠るわ。見張りよろしく。月が……」
と、星空に輝くまん丸のお月さまを指差したあと、そのまま指を夜天のある一点へと滑らせる。
「あれくらい傾いたら起こして頂戴。街道周りは比較的治安はいいけど、周辺には気を配っておいてね」
「分かりました」
そのまま少し離れた場所で毛布に包まると早々に寝入り始める。
焚き火のそばを僕と子竜のために譲ってくれたのだ。そうなると彼女は明日に備えて寝入るくらいしかやることがない。
(色々助けられたり譲ってもらったりばかりだな、僕。余裕ができたらすぐにお礼をしないと)
と、心の中でこっそりと呟く僕の隣で。
「クルゥゥゥッ……」
すげえ、と言いたげな驚いた表情で僕を見上げるチビ竜。
ひょっとしたら僕がエフエスさんを説き伏せ、遠ざけたことでこの子の中で僕>エフエスさんの図式が成り立ったのかもしれない。そのつもりはなかったのだがエフエスさんを当て馬にしてしまったようだ。
その後もまるで親に甘える幼子のようにキュルキュル、クゥクゥと甘え声を上げてスリスリとすり寄ってきた。僕もできるだけ優しい手付きで思い切りチビ竜を撫で回す。
(可愛い……。可愛いすぎない? ペット自慢の親馬鹿の気持ちがちょっと分かった)
正直に言うがめっちゃ可愛い。
知人に自分の愛犬に対し赤ちゃん言葉で接する深すぎる愛情の持ち主がおり、密かにドン引きしていたのだが今なら少しだけその気持が分かる。
こうも無邪気に慕われるとこちらも目一杯の愛情で返したくなるのだ。可愛いは正義。可愛いは強い。
「折角だ、もう少し話そうか。まあ僕が一方的に話すんだけどさ」
このおチビさんが言葉を話せるはずもないが、敵意はないことくらいは伝えられるかもしれない。
ゆったりとしたペースで落ち着いて話すことを心がけ、取り留めのないことを喋り続ける。僕の名前やおチビさんについて、エフエスさんにお世話になったことやこの世界の大自然についても。
チビ竜も僕の話を座ったまま聞いたり、気ままに歩き回ったり、恐る恐る焚き火に近づいたりとそれなりに不自由の中での自由を満喫しているようだった。なお焚き火については火傷をする前に僕が遠ざけた。
「……………………クゥ」
そうこうするうちにおチビさんが次第にトロンとした眠たげな目付きになってきている。
「……どうした、眠いのか?」
「クルゥ…」
返ってきた鳴き声も小さく眠そうだ。
「寝ようか」
「キュ……キュァ」
おチビさんとジャレ合う内にだいぶ時間が経っていたらしい。月もエフエスさんから指定された位置におおよそ差し掛かっている。
僕はそっとエフエスさんに近づいて肩に手を当てて揺り起こした。
「エフエスさん……エフエスさん、起きてください」
「ふあ……ぁぁ……。ね、水を頂戴」
「はい、どうぞ」
《アイテムボックス》から取り出した水入りの革袋を渡すと、袋の口に唇を当ててコクコクと水を飲み干していく。それで少しは目が覚めたらしい。さっきより目付きがはっきりとしていた。
「んー、起きた……わ。それじゃあ私が見張りを引き継ぐからあなたも早く眠りなさいよね」
「分かりました」
エフエスさんはまだ眠たそうな目付きで身立ち上がり、ゆっくりと体を伸ばして眠気を払っている。
その姿を一瞥すると僕は元の位置に戻った。
そこにはもう寝落ち寸前といった風情のチビ竜がトロトロとまどろんでいる。
ふわぁ、と僕の口からも欠伸が飛び出した。
(一緒に眠るか)
完全にウトウトとしている眠たげな気配に僕も釣られてしまっていた。焚き火に温められて隣のおチビさんもなかなか温そうだ。知人がいつも犬と一緒に寝ていると聞いた経験から同じようにするか、なんて頭の隅で考える。
だが同時にでも、という疑いも脳裏を過ぎった。
(もしかしたら全て演技で眠ったら僕の喉が噛みちぎられてるとか……)
まだ子ども。大きめのレトリーバーサイズとはいえ、その爪や牙は野生に生きる中で鋭さを保っている。僕を傷つけようと不意を付けば致命傷も負わせられるはずだ。
そうした恐ろしい想像が脳裏を過ぎらなかったといえば嘘になるだろう。
もう一度口枷を嵌めて紐が届かない範囲で寝るのが一番安全なはずだ。
(でもそれをしたらこの子は二度と信用してくれなさそうな気がする)
この子竜からすればこの数時間で僕と多少の信頼を築いたと思っているかもしれない。
なら再び拘束するのはその信頼を裏切る行為だ。僕個人の感情的にもそれはしたくない。
絆された、チョロい奴だと笑うならば笑え。
この子について責任を取ると僕自身がそう言ったのだ。ならばこのおチビさんに対しては基本オールイン、出来ることは全部してやりたかった。
「……寝ようか。寒かったら隣においで」
本格的に寝入る前にひと声かけ、チビ竜を撫でながらゆっくりと位置を誘導すると覚束ない足取りで僕の隣に腰を下ろした。そのまま自分の体を抱くように丸くなり、その瞼が閉じていく。完全に寝入ったようだ。
それを見届けると《アイテムボックス》から取り出した毛布を羽織り、焚き火に背を向けて横になった。
「おやすみ」
「キュゥ」
挨拶というわけでもないだろうが、あまりにもいいタイミングで鳴いたのが少しおかしかった。
異世界に召喚されてから数日、僕は初めて隣にいる誰かの体温を感じながら眠りに就いた。
――――そしてその翌日、眠りから覚めた僕の隣に10才ほどの見知らぬ少女が素っ裸で眠っていた。
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