第十五話 ソンナコトはナイですヨ?
日が暮れ、夜が忍び寄ってきた時間。
エフエスさんが手早く熾した焚き火を囲みながら軽めの夕食を摂ると、僕らはまったりとしたリラックスタイムを楽しんでいた。
あとは寝るもよし、雑談するもよしという憩いの時間だ。
そんな中、意外と言うべきかなんというか。
予想外の異物がちょうど僕の隣にチョコンと収まっていた。
「……懐いたわね」
「懐きましたね」
僕らの視線の先には件の子竜。
僕に寄りかかり、まるで親を頼る子どものように身体を擦り寄せてくる件のチビ竜の姿があった。胴体に紐が括り付けてあるが、その動きを拘束する口枷や縄は外されている。
「なんでこうなったのかしらね」
「なんででしょうね」
背負子から下ろした当初、当たり前だが子竜は僕らを警戒していた。このおチビさんからすれば僕らは誘拐犯なので当然だ。
逃走を警戒し、胴体部分に紐を括り付けつつ拘束のため着けていた簡易の口枷と四肢の縛りを解いたところ、子竜はまず脱兎の勢いで逃げ出した。これまた当然の反応である。
とはいえそれも胴体に結んだ紐の長さで許される範囲でのこと。すぐに逃げ切れない事に気づいた子竜は紐を結んだ岩の陰に隠れ、僕らの様子を伺っていた。
そしてその日はそれ以上のことをするつもりはなかった。精々近くに餌代わりの柔らかくした干し肉を置くくらいで。まずはこの距離感に慣れるところから始めるつもりだった。
「あんたなにかした?」
「なにもしてませんよ。エフエスさんも見てたでしょう」
変化があったのは子竜の方からである。
はたして夕食の匂いに釣られたのか、焚き火の温もりを恋しんだのかは不明だが、あちらの方から僕らがいる方へおずおずと伺うように近づいてきたのだ。
正直これには驚いた。
ひとまずは逃げないように注意しつつ、少しずつお互いの存在を慣らしていく方針でチビ竜と接するつもりだったので、ある意味嬉しい誤算だ。
近づいてきた子竜にゆっくりとした動作で《アイテムボックス》から取り出した干し肉を細かく細かく裂き、水に浸して柔らかくしたものを与えた。するとよほど空腹だったのか疑う様子もなくパクリと飲み込む。
それを何度か繰り返し、そして満腹になったのか自然と食べるのを止めた。そこから物陰に戻ると思いきや、逆に少しずつ少しずつ距離を縮め、遂には僕の隣に座るに至ったのだ。
そして今に至る。どうやら僕に懐いたと言ってもいいかもしれない。
「……でも私は怖がられてるわよね」
「怖がられてますね。なんででしょう」
対し、何故かエフエスさんへの態度は真逆である。
彼女に対しあからさまに警戒心と怯えを見せ、一挙一動に反応してビクビクと怯えている。
いまもエフエスさんが喋るのに合わせていちいちビクン! と体を震わせては心細そうに僕を見上げるのだ。
「もしかしてあのとき寝てるふりして僕たちの会話を聞いてたんですかね?」
一通り思い返すも僕とエフエスさんの違いなど、このチビ竜を巡るエフエスさんと僕の押し問答くらいしか思い当たる節はない。
「
「理解はしていなくても僕が庇ったことくらいは察したかもしれません。人間なら言葉がわからなくてもその場の空気くらいはなんとなく読めますし」
「うーん、そんなことある? でもなあ、確かにそれくらいしか思いつかないわね」
少しの間不思議そうに腕を組んで唸っていたが、やがて不満げに表情を歪めて怒り始めた。
「納得がいかないわ! このおチビを養うのは実質私なのに!? 私にも撫でる権利くらいあると思わない!?」
「そんなことを言われても……。それより叫ぶのは止めてください。この子が怯えてます」
「弟子まで師匠を蔑ろにするのね。私よりこんなチビ竜を取るつもり?」
プイと顔を背け、可愛く拗ねるエフエスさんはまるで子どものようだった。
元々小柄で童顔。年齢不詳気味な人だからそうするとまるで僕と同年代の女子に見える。身に纏う鎧も脱いでラフな格好をしているので尚更だ。
実際のところ彼女の年齢は幾つなのか。気にはなるが聞かないようにしている。女性に年齢の話はタブー。この法則は異世界でも有効だろう、恐らく。
「いや、こういうのは初めが肝心じゃないですか。ここで信頼関係を構築できるかであとあとの苦労が違ってきそうですし。お願いだから協力してくださいよ」
「正論なんて聞きたくないわ。私もちょっとくらい撫で回したかったのにー!」
「いまそれをやると暴れそうなので勘弁してください。折角向こうから距離を縮めてくれたんですからチャンスを無駄にしたくないです」
頬を膨らませてプンプンと拗ねるエフエスさんをなんとかなだめすかす。
犬猫の類を飼ったことはないが、互いの信頼関係が大事だということは僕でも知っている。
拾った経緯を考えると当分は馴らすところから始めることを想定していたので本当に嬉しい誤算なのだ。このチャンスは是非モノにしたい。
「……ま、しょうがないわね。ここは引いてあげるわ。でもいつか私にも撫でさせてね」
「もちろん。思ったよりスベスベサラサラな手触りです。楽しみにしててください」
「実は私を煽ってない? ねえ、煽ってない?」
「ソンナコトはナイですヨ?」
ちょっと自慢げな感情が混じらなかったといえば嘘になるので思わず目をそらしてカタコト言葉になってしまったのだった。
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