第十四話 スパルタン師匠エフエスさん
僕がチビ竜の面倒を見ることになったあと。
まず倒れ込んだチビ竜を傷つけないように慎重に拘束し、背負子に似た担ぎ道具を使って背負い上げた。その後僕らは足早にその場を離脱した。なお体力作りのために背負っていた荷物は《アイテムボックス》に収納済みだ。やっぱり便利だなこのギフト。
「急ぐわよ。街道で夜を明かすにしても森から離れた場所がいいわ」
「同感です。あんなのと感動の再会なんて考えたくもない」
森の奥に潜むあの大物。
エフエスさんが冷や汗をかくような凶悪なプレッシャーの持ち主と夜闇の中でこんばんわするなど恐ろしすぎる。さっさとこの場から離れるべきだった。
なのでエフエスさんの言葉に諸手を挙げて大賛成だ。
が、敬愛すべき我が師匠はその言葉を聞くと実に
「よしよし、それじゃかなりキツめのペースで行くわよ。不慣れなあんたじゃゲロを吐くかもしれないけどまあやむを得ないわね?」
「え」
唖然とした。
「本当はちょっとだけ気遣ってペースを落とそうかなって思ってたのよ?」
「な、ならその気遣いを是非……」
「でもそのチビスケは自分で背負い込んだ荷だし、あんた自身の同意も得たことだし」
マズイ、反論のしようがない。
にこやかな笑顔でのスパルタンな発言に思わず顔が引きつった。
「余計な気遣いは必要ないわね! 体力作りと根性試しにもなって一石二鳥!」
「……仰せのとおりに。鬼師匠様」
軽率な発言が首を絞めることがある。僕はそれをこの時学習した。
とはいえ一から十まで師匠の言うとおりだったので、ほんの少しだけ恨み言を込めて了解したと返すだけに留めた。
その軽口を笑顔で見逃すと、エフエスさんはその意趣返しとばかりに前触れ無く街道を駆け出し始めた。
「ちょっ! 待ってくださいよ!」
慌てて僕もその背中に続く。必死に足を前に運び続ける。気にした様子もなくエフエスさんは街道を駆けていく。
結局その追いかけっこは日が暮れようかという時間帯までノンストップで続行された。
「はい、それじゃ今日はここまで」
そうしてある程度切りの良い時間と感じたエフエスさんが足を止め、その日のマラソンは終了した。
「……ゼェ…ッ! ゼェ…ッ! フゥゥゥゥ……ハァァァァ…ッ! ゲホッ、ゲホッ」
僕は背負子をおろして身一つで大地に寝っ転がり、必死で息を整えながら今に至る。《アイテムボックス》から取り出した革袋の水をゴクゴクと飲み干す。若干生臭い水が異様に美味かった。
街道を駆けるエフエスさんの足が速すぎた。軽装の革鎧とはいえ全身に防具を着込み、背には大弓と矢筒。腰には無骨な剣鉈を下げた完全武装でありながら軽快なペースを維持して駆けていくのだ。
酸欠で死にそうになりながらもなんとか遅れまいとペースを合わせて付いていくのがやっとだった。
「ほら
「も、もう少し休憩時間をください」
「モノを出したら休んでていいわよ。日暮れまであっという間だからさっさと野営の準備を済ませておきたいの」
「え、いいんですか」
てっきりここから野営の準備も一緒にやるものと思っていたのだが。
「流石に半日走りっぱなしの素人をこれ以上酷使するのもね。慣れてないと野営の準備ってそれなりに時間がかかるし。色々教えるのはまた余裕がある時にね」
「……すいません。流石にもう限界です」
一瞬最後の根性を振り絞って手伝いを申し出ることも考えたが、もう全身がガタガタだ。足を引っ張るのが目に見えていたので大人しく好意に甘えることにした。
それにしても僕以上に小柄なのに僕以上の荷物を背負って僕以上のペースで走るとか異世界の人類凄いな。いや、元の世界でもトップアスリートは同じ人間と思えない記録や偉業を達成している。日常的に命の危機が転がっていそうなこの世界なら余計に身体能力の発達も著しいのかも。
「ま、あの『荷物』背負ってぶっ通しで走り続けたのは大したもんよ。冒険者にとって足腰の強さは必須の第一要求項目。基礎体力の上にきっちり技術と心得を仕込んで《アイテムボックス》の使い方を身につければまあ大概の場所で通用するでしょ。でなきゃ弾いた奴の見る目がないわ」
目線で『荷物』……例のチビ竜を示すエフエスさん。
いくら子どもとはいえやはりそれなり以上に重さがあった。我ながら何十キロかという重量を背負いながらよく走りきったものだ。
褒めてあげる、とかがみ込んだエフエスさんが大地に寝転んだ僕の頭をうりうりと撫で回した。
なんともこそばゆい子供扱いに思わず抗議する。こう、嬉しくないわけではないが恥ずかしさが勝るこの感じ。この場に男友達がいれば多分互いに生温かい視線を交わして同じ気持ちを共有できたはずだ。
「ちょっ、勘弁してください」
「なによ。褒めてるのに」
多分エフエスさんに他意はないのだろう。弟子であり、男と見られていない気配をひしひしと感じる。
いや、エフエスさんは尊敬すべき師匠であって付き合いたいとか考えているわけではないのだが。ないのだが(強調)。
それはそれとして美人のお姉さんに子供扱いされるのはなんかこう、悔しいのだ。
「基礎体力だけなら駆け出し冒険者じゃ相手にならないわね。強くはないけどしぶとい。あんた、多分そういうタイプ」
「……基礎体力云々は多分『荷物持ち』とか色々やらされていたからなんでしょうね」
毎日毎日。
ありそうでない架空の銘柄、なさそうであるマイナーな銘柄の飲み物をその時々で指定した質の悪いパシリで何軒も店を巡って走り回ったり。あるいは何十人分もの荷物を背負って何キロも連れ回されたりもした。皮肉にもその苦しい日々に鍛えられ、僕にこのしぶとさを与えたのだろう。
その御蔭で、とは口が裂けても言いたくないが。元クラスメイトへの嫌悪感と拒絶感はいまも僕の胸で黒々と炎のように燃えていた。
「ま、皮肉な話ではあるわね。
「だからって今までのことを水に流そうとは思わないですけどね」
「当たり前でしょ。許す必要もなければ忘れろとも言わないわ。なんならそいつらの不幸を見たらざまあみろと笑ってやりなさい。それだけのことはされてるわけだし」
拒絶と嫌悪を込めた言葉にあっさりと相槌を打たれて思わずあっけにとられる。
清々しいまでにフラットな言葉だ。これまでエフエスさんの口から「復讐は虚しい」なんて綺麗事が出たことはない。僕の立場にも共感を示してくれる。そのせいだろうか。エフエスさんの言葉はスッと僕に馴染む。
「
「……アイ、マム。そんなことより、ですね。いま出すのでちょっと待ってください」
軽やかな物言いが不思議と心地良い。
僕を散々に苦しめていたクラスメイト達の顔を思い出す。相変わらずの嫌悪感と拒絶感が生まれるが……思ったほどではない。教室で同じことをしたときはもっと黒々として粘着質な憎しみが噴き出してきたものだが。
僕は少しずつ学校という狭く苦しかった世界から自由になりつつあるのかもしれない。そうであればいいと思った。
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