第十三話 失敗したら自分で始末をつけること
「始末するのよ。心臓を潰して頸動脈を掻き切る。一番苦しまない殺し方だわ。見逃すのはダメ。こういう頭がいいのは育つと厄介だから」
その軽い言葉に潜む残酷さと厳しさに息を呑んだ。
「いや、でも……他に方法はないんですか?」
正直に言えばこの子竜に同情していた。
そんな感情が先立つ主張に我ながらこれは通らないだろうと半分諦めていたのだが。
「あるわよ」
あっさりと、なんでもないことのように言葉が返ってきた。
「あるんですか!?」
「言ったでしょ。
「つまりこのおチビさんを捕まえて街で売り払う?」
いきなり捕まえられて人間の家畜になるというのもひどい話だが、死ぬよりはマシか。いや、この子どもの意思を確認できない以上僕の自己満足以上の意味はないだろう。
「ああ、それも有りね。でも私なら三番目の選択肢を提示できるわ」
「三番目の選択肢?」
「そ。
正直意表を突かれた。
想像もしていなかった選択肢だ。果たしてペットを飼ったこともない僕がそんなことが出来るのか。
「
と、続けてこの子竜が成長した時のメリットを説いていく。
確かに相棒の騎獣を持つことのアドバンテージは僕にでも分かる。《アイテムボックス》の利点の一つが身体一つで大量の物資を運べることだ。移動能力が高いに越したことはない。
「飼育と調教の手間と金なら当座は私が負担してもいいわよ。知り合いに調教師もいるし、高くはつくけどなんとかなるでしょ」
さらに僕が考えつく問題点を先んじて解決する方策を示してくれさえする。
「ただしこのチビ竜にかかる費用はあんたが私に背負う借金にするわ」
が、当然そこで終わらない。
エフエスさんは優しいが、甘くはないのだ。
「弟子として面倒見る分はタダ働きで相殺してあげるけど、このチビ竜は当然別の話よ。その分をあんたが背負うのは当然よね?」
「それは……はい」
筋道として道理が立っていたので大人しく頷く。
「逆にこのチビ竜を切り捨てて街で売り払うのも全然有り。小遣い銭くらいにはなるだろうし。確かに可哀想な身の上だけどいちいち助けてちゃ切りがないわ。騎獣は一人前になって稼いでから手に入れればいい」
感情論をバッサリと切り捨て、合理性を追求するなら確かにこちらの選択肢も十分有りだろう。
「切り捨てて安定を取るか、この子竜の将来性に賭けるか。ローリスクローリターンかハイリスクハイリターンか」
利益と感情を絡めて複雑化させながらも、取れる選択肢を端的に一言で纏めた。
「さあ、どっち? ちなみにこの選択肢に正解はないわ」
悪辣な笑みを見せながら試すような問いかけ。
いつの間にかこの子竜の将来を決める選択肢が僕に渡されていることに愕然とした。
「……僕が決めるんですか?」
「選ばなくてもいいわよ? その場合は私がチビ竜の始末を付けるだけ」
「選ばないことを選ぶ=見捨てるだからあまり変わらないですよね、それ」
後腐れなく切り捨てるか、自分の負担を負っても助けるか。
多分どっちを選んでも後悔する場面は来るだろう。
それくらい一つの生命を取り扱う重みを半ば強制的に思い知らされた。
「……もしかしてこれ、テストですか?」
明らかに僕を追い込む話し方に訝しいものを感じ、素直に問いかける。
頭の中で渦巻く悩みを止めてエフエスさんを見れば、こちらを静かに観察しているようだった。
「テストというか課題? 『決断』は何時だって重要なくせに待ってくれないから。いまのうちに慣れておくといいわよ?」
問いかけにあっさりと答えが返される。いつのまにか実践主義のスパルタ方針で鍛えられていたらしい。思わず空虚な笑いが出そうだ。
「重すぎて悲鳴を上げそうですよ」
「生命の重みだもの、仕方ないわね。で? あまり待ってられないわよ。早くここから立ち去りたいし」
と、更に時間制限まで付いてきた。僕の師匠はスパルタすぎる。
「僕は……」
迷う。
感情では
理性は見捨てるべきだと判断している。
その迷いを、横たわる子竜のある一鳴きが切り裂いた。
「クル……キュゥゥゥ――――」
寝言寝息の類だろうか。
誰かを慕うような、助けを求めるような。心が切なくなる鳴き声だった。閉じられた目尻に光る水滴は涙だろうか。
思わずそばに駆け寄り、なだめるように首筋をゆっくりと撫でた。
「――――僕がこのチビ竜の面倒を見ます。お世話になる分は出世払いの倍返しで」
天秤が片方に振れた。
その勢いのまま決断の言葉を紡ぐ。
「そ。後悔しない?」
「そりゃ後悔すると思いますよ」
何故なら僕はもう既に「言ってしまった」と後悔しているからだ。
だが切り捨ててもそれはそれで後悔しただろう。
つまりこの場面で後悔しない選択肢などないのだ。
「だからまあ、全部終わってから後悔よりも良かったって思えた数の方が多かったら僕の勝ちってことで頑張っていこうと思います」
「フフッ。いいわね、その考え方。私は好きよ」
空元気のような意気込みにエフエスさんがクスクスと笑う。
そんなエフエスさんを楽しそうだなぁ、と呆れたような恨みがましいような思いで見ていた。
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