第十一話 どんなもんよ



「――――たまたま獲物を追っていたら森から飛び出した、とか」


 その瞬間、バサバサと森の木々を乱暴に掻き分けているような音が僕たちの耳に入る。

 思わず互いの視線を合わせた一瞬後、森から脱兎の勢いで飛び出してきた小柄な影と、それを追う複数の追跡者の姿を視界に捉えた。

 まるで鬼ごっこだ。ただし捕まったらパックンチョされる命がけの。


「ワーオ、噂をすれば影ってやつね」

「言ってる場合ですか!? なんですかアレは! ここはイスラ・ヌブラル? さもなきゃ恐竜が解き放たれたアメリカ大陸ですか!?」

「え、なにそれ? あとで詳しく」


 俊敏な駆け姿をひと目見た第一印象はそのまま『恐竜』だった。

 科学の力で恐竜を復活させたテーマパークが舞台のアクション映画。あれに出てくる小型の肉食恐竜そっくりな奴だ。細身で俊敏、狡猾な上に仲間とも連携を取って狩りに望むハンター。

 ああいう類の化け物がこの世界では普通に棲息しているらしい。


恐爪竜デイノニクスよ。群れで狩りをする小型の肉食竜類。群れを討伐出来れば十分一人前の冒険者ね。ただしたまに仲間の敵討ちを挑んでくるから取りこぼしには要注意。ちなみに家畜化して騎乗動物として利用することもあるわ」

「あれで小型!? 僕の手足くらいなら簡単に噛み千切れそうですけど! あんなのを人に馴らすんですか!?」


 遠目に見た限りその体躯は人間と比べてもかなり大きい。恐らくだが映画に登場した奴らよりも更に何回りか大きいだろう。つまり虎やライオン以上に危険な野生動物である。

 そんなのが何頭もこちらに向かって駆けてくる。下手をしなくても大ピンチだ。少なくとも僕はあっという間にやられて奴らの腹に収まる自信がある。


「異常成長した特異個体はあんなチビとは比較にならないわよ。ていうかデカイのがリーダーなら十倍は厄介……って、あ」

「あ?」


 初めて見る魔獣の姿に慌てる僕はともかく、落ち着いてことの成り行きを見守っていたエフエスさんが呆けたような声を漏らした。

 恐爪竜デイノニクスとは距離もある。ここまではまだ対岸の火事といった距離感だったのだが。


「こっちに気付いたわね、

「小さい方がこっちに走ってくる……?」


 なんと追われる小柄な影もまた恐爪竜デイノニクスだった。ただし明らかに体躯は小さい。恐らくは子どもなのだ。

 同種同士の壮絶な鬼ごっこだ。捕まったら殺されそうな勢いの。


「奴ら、仲間じゃないんですか?」

「縄張りを巡って争う狼とか熊の話って聞いたことない?」

「つまり縄張り争い?」

「しかも思い切り巻き込まれそうね。子どもが一頭だけなのは親からはぐれたのかしら」


 なんとも同情を誘う境遇だが哀れみばかりを抱いてもいられない。子どもらしき個体は明らかに僕ら目掛けて疾走していた。

 そのままこちらへ無防備に駆け寄ってくる……と、思いきや。

 恐爪竜デイノニクスの子どもは大人の群れと僕らの中間程度の位置に立ち止まると、僕らに背を向けて追跡者達へ威嚇するようにキャァキャァと鳴き声を上げた。


「お……? なぁるほど、頭がいいやつね。見どころがあるわ」

「どういうことですか?」

「私達を脅しに使ってるのよ。このままあのおチビちゃんを追って奴らが近づけば当然私達も動くわ。恐爪竜デイノニクスは頭がいいから冒険者の脅威を知ってる。いまはこっちの戦力と利益を天秤にかけて追うか引くか迷ってるってところでしょうね。

 あのおチビちゃんがいる位置も普通ならこっちが手出ししづらく、あっちが踏み込みにくい。絶妙な間合いの測り方だわ。ああいうのが成長すると頭のいい厄介なリーダーになったりするのよね」


 うんうんとのんきにチビの恐爪竜デイノニクスを評価する余裕まである。ただエフエスさんの見かけは僕よりも小柄で線の細い女性なのでその余裕に安心できるかと言うと難しかった。ストレートに言うと迫力負けしている。


「いや、どうするんですか!?」

。来るなら始末するだけ。来ないなら追わないわ。どっちもね」

「……大丈夫なんですよね?」


 あくまで泰然とした態度を崩さないエフエスさんへ疑念混じり問いかけると彼女は自身を見くびられたと感じたらしい。怒りはしなかったが、不満に感じたようだ。


「んー、そこまで言われるとモヤッとするわね。ここらで一発師匠として弟子に格好つけておきましょうか」


 言うが早いか、エフエスさんは背負った大弓を構え、矢筒から引き抜いた一矢を弓弦につがえた。無造作に、恐爪竜デイノニクスらが警戒できないくらいに自然な動きで。

 そしてそのまま狙いをつけた様子もなく一瞬、静止し――――矢をつがえた右手が


「えっ?」


 比喩ではなく、その瞬間の動きを僕は確かに見ていたにも関わらず捉えられなかった。

 フッ、とエフエスさんの右手が霞んだ瞬間に神速の三連射は既に終わっていた。


 ダンダンダンと。


 僕が驚きの声を漏らした一瞬後、続けざまに肉が弾ける生々しい音が響く。それを合図に額から矢を生やした恐爪竜デイノニクスが三頭、とその場に崩れ落ちた。

 一瞬、場が硬直した。

 エフエスさん以外の全員がその瞬間に起こったことを飲み込むために必要な一瞬だった。

 そして一瞬後、射抜かれた三頭以外の恐爪竜デイノニクスの群れは大慌てで森へと逃げ帰っていった。尻に火が付いたような慌てようだったが、僕が同じ立場だったら同じように逃げ出していただろう。


「…………」


 その時の僕は多分ポカンと口を開けて間抜け面を晒していたと思う。そんな僕の肩がチョイチョイと叩かれ、こっちを向けと促される。もちろんその先にはエフエスさんの得意満面な顔があった。


弟子ホダカ

「はい、師匠センセイ


 ドヤ顔だった。

 どこからどう見てもドヤ顔だった。

 実際ドヤるだけのことはある見事な腕前だったので軽口も返せなかった。


「……お見逸れしました。流石は師匠センセイであります」

「フフン。気分がいいわ、もっと私を讃えなさい」


 えっへんと子供のように胸を張るエフエスさんに僕は苦笑を返すしかなかった。

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