第十話 湖龍街道

 晴天の下、師匠センセイ……エフエスさんの背を追ってよく整備された街道を歩く。

 背負った背嚢がギチギチになるほど収納された道具一式の重みが辛い。背負い紐の部分がズシリと肩に食い込んでくる。日差しと重労働で絞られた汗が額ににじむ。

 体力作りにと敢えて《アイテムボックス》にしまわず背負った荷物の重量がキツイ。

 『荷物持ち』の経験からあとどれくらい体力が保つかなんとなくでも分かるのは幸いであり不幸だ。師匠の足取りの早さから今日一日踏破する距離が何となく掴め、そしてそこに至るまで体力ギリギリを振り絞ってもキツイことが分かるから。

 歩む道行きの先には長大な山脈の雄姿。はるか彼方に見える雄姿も出発直後に比べれば確かに近づいている。その事実を頼りに更に一歩、足を進めた。


「この調子なら《マイン》までそんなに時間はかからないわねー」


 僕とエフエスさんは師弟契約を結んだあと、一日ほどかけて諸々の手続きと準備を済ませ…。

 王城のある街・湖沼都市 《レイク》を出て、いまは《レイク》の北西に位置する鉱山都市 《マイン》を目指して旅空の下である。

 良くも悪くも注目を集める僕とエフエスさんは問題が起きる前にさっさと王都 《レイク》を離れて他所の街で冒険者稼業をやり直すことにしたのだ。なおキチンと手続きを済ませればそうした冒険者の移動というのはそう難しくはないらしい。


「確か、向かっているのは鉱山と狩猟の街……でしたっけ?」

「そうよ。鉱山都市 《マイン》。鉱脈豊かな臥龍山脈の麓に出来た工業が盛んな街ね。質の良い装備と腕利きの職人、それと優良な狩場を目当てに王国中から冒険者が集まる脳筋と野蛮人の聖地よ」

「脳筋、野蛮人……」

「ま、冒険者なんて言っても底辺はチンピラか食い詰め物とどっこいどっこいってこと。成り上がれば一攫千金も夢じゃないけどね」


 あんまりにもあんまりな言い草だが基本的に冒険者とはそういうものらしい。上澄みになればまた話は別なようだが。


「つまり腕と野心はあっても学はない冒険者を集めるだけの魅力を持った都市よ。《マイン》に行けば冒険者で食っていけるってのは王国でもよく知られた話ね」


 エフエスさんの話はいつも率直だが分かりやすい。


「周囲を山脈、森林、平野とバリエーション豊かな地形に囲まれてるから獲物になる魔獣の数と種類が抜群に多いのよねー。おまけに山脈を超えた先は人跡未踏の秘境。開拓に有用な情報はギルドが高い値段で買い取ってるらしいから実利とロマンのバランスもいい。

 湖都 《レイク》と《マイン》を結ぶ湖龍街道のお陰で経済活動も盛んだから護衛や採集みたいなの依頼クエストも多いわ。冒険者の聖地と呼ばれているのは伊達じゃないわね」


 こうして街道を進む間にもエフエスさんはこの世界の常識や王国について色々と教えてくれる。いちいち新鮮な話ばかりで飽きない。重い荷物を抱えながらの道のりで唯一の気晴らしだ。

 ほうほう、という顔で講釈を聞いていると気が緩んでいると見做されたのかちょっと厳しい顔つきをされた。


「こら。ちゃんと私の話を聞いてた? 抜き打ちテストよ。いまわたしたちが歩いているこの湖龍街道について説明してみなさい」


 時々こうして抜き打ちテストを仕掛けてくるのでただの雑談、講釈と気が抜けなかった。

 だが疲労で集中力が切れてくると見計らったように休憩を入れてくれるので、これもエフエスさんなりの教育法なのかもしれない。


「えーと……湖龍街道は王城のある”湖”都 《レイク》と臥”龍”山脈麓の《マイン》を結ぶ王国最大の街道です。水運の一大拠点である《レイク》と金属加工品の大生産地である《マイン》の間で互いの特産品や物資が盛んに行き来するので街道もしっかりと整備されています」


 大陸西方最大の面積を誇る《霧深き大湖沼》傍に建設された王都 《レイク》は水運の一大拠点として(日本の琵琶湖的なポジションだろうか)。

 そして豊かな鉱脈資源と大自然に囲まれた鉱山都市 《マイン》は優れた職人と職人が生み出す良質な品を。

 この2つの都市は互いの特徴を活かしながら発展してきたのだという。


「はい、正解。ちなみに荷車の護衛や街道周辺に生息する魔獣の討伐は《マイン》の冒険者ギルドが常設で募集しているクエストよ。割合難易度が低いから低ランクの冒険者が小遣い稼ぎでよく受けてるわね」


 湖龍街道周辺の平野はよく人の手が入り、危険な魔獣の類はめったに見ないらしい。事実として街道を進んで2日ほど経つが僕はエフエスさんの言う魔獣をまだ一度も目にしていない。


「平野の牛系や兎系は駆け出し向け、森の小型竜、熊系がベテラン向け、山脈の大型魔獣や群体型は一流向け。ざっくりとした区分としちゃそんなもんね。まあいまは平野の魔獣は駆け出し向けってことだけ覚えていればいいわ」


 そうして講釈を受けながら一歩一歩足を進めていく。

 目的地の《マイン》に近づくほど周囲の様相が平野から森林へ変化していく。街道のすぐそばに薄暗い影を湛えた森がある光景も次第に珍しくなくなっていく。

 鬱蒼とした木立と生い茂る植物は森の奥に潜むものを覆い隠す。整備され、適度に日差しが入る里山や登山道とは全く雰囲気が違う。昔の人が森は異界であると唱えた気分が分かる気がした。


「そういえば森の魔獣は中級者向けらしいですけど、こういう場所で森から街道に飛び出て襲ってくるってことはないんですか?」

「なくはない、ってところね。森の魔獣は森の環境に適応しているから、基本的に森から出ることを嫌がるわ」

「基本的にってことは例外もあるんですか?」

「いくらでもあるわよ。簡単に狩れそうな獲物が森のすぐ外にいた、強敵から逃げるために一時的に森を飛び出した。あとはそうねぇ」


 んー、と他の例を探すように小首を傾げながら。


「――――たまたま獲物を追っていたら森から飛び出した、とか」


 その瞬間、バサバサと森の木々を乱暴に掻き分けているような音が僕たちの耳に入る。

 あまりのタイミングの良さに僕とエフエスさんは思わず顔を見合わせたのだった。

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