第九話 師匠

「……師匠?」

「そうよ?」


  ちょっと何を言っているのかよく分からなかったので思わず聞き返すと、何故か真顔で頷かれた。

 なんで???


「誰が? 誰の?」

「私が、あなたの、師匠」

「……どうしてそんなことに?」

「もちろん私がそう決めたから」

「???」

「???」


 一問一答を繰り返したはずなのにさらに意味が分からなくなったのは僕の気の所為ではないだろう。


「……すいません。もう少し詳しい説明が欲しいんですが」

「だって要るでしょう、師匠? この世界で生きていくために」

「それは……その通りですけど」


 ふざけているのかと困惑しながら詳しい説明を求めると、返ってきたのは極めて現実的な指摘だった。

 たとえ僕が等級外エクストラギフトの持ち主だろうとそれを使いこなせるか、食っていけるかは別の話。教えを乞える師匠は喉から手が出るほど欲しい。


「文字や常識、冒険者の流儀や技術。諸々スパルタで叩き込んであげる。その間衣食住の面倒は見るけどその分給料は天引き。実質ゼロね。だから稼ぎたかったらさっさと一人前になって独り立ちすること」

「……………………」


 実質この世界に馴染んで独り立ちするまでエフエスさんが面倒を見てくれるという。

 ゲームの主人公でもなければ与えられないチュートリアルイベント並にいい話だった。都合が良すぎるくらいに。いっそ等級外エクストラギフト目当ての青田刈りだと言ってくれた方がまだ信じられたかもしれない。


「……どうして僕にそこまで良くしてくれるんですか? 正直とてもありがたい話です。でもエフエスさんが親切にしてくれる理由が分かりません」


 たった半日に満たない時間で激動の急展開が続いている。しかも人の悪意にも二度ほど襲われた。

 エフエスさんは良い人だと思う。でも会ったばかりの人を無条件で信用するのは難しかった。いや、信じた上で裏切られるのが怖かった。僕は臆病なのだ。

 心の中で罪悪感とともに育つ黒い猜疑心を問いかけると。


「王城への意趣返し」


 彼女は簡潔にそう答えた。怒りに燃える炎を瞳の奥にちらつかせながら。

 その炎を目にし、「本気だ」と直感した。まったく自慢出来ない話だが、周囲からイジメを受けていた分、僕は人間の負の感情に人一倍敏感だった。


「私、あいつらが大っ嫌いなの。知ってる? 上位の冒険者になると王国相手でもかなり強気に出られるわ。何を隠そう私もそれ。国の影響が強い王都の冒険者ギルドに正面から文句を付けられるのって実は結構凄いのよ?」


 ふふんと自慢混じりに胸を張るエフエスさん。

 なおその胸は控えめに言ってかなり控えめというか大変慎ましやかだった。

 あ、睨まれた。大人しく視線を彼女の顔に戻した。よろしい、とばかりに頷かれる。気のせいか既に上下関係が生まれているような…。


「で、奴らが使えない駒と見切りをつけた貴方が上位冒険者に成り上がる。そんなことになったらあいつらとても嫌がりそうだわ。


 ニコニコとそれはそれは楽しそうに彼女は微笑わらった。

 何も知らなければ恋に落ちてしまうかもしれない柔らかく朗らかな笑み。ただし笑顔の一枚裏で怒りがドロドロと溶岩のように煮え滾っているのを感じ取る。


(王城の連中、エフエスさんに一体何をやらかしたんだ?)


 飄々としているけどふとした拍子に優しさが見えるエフエスさんの過去に一体何があったのか。

 知りたいような知りたくないような。ただ少なくともいま訊ねるのは地雷を踏みに行くのと同じだとはっきり分かる。

 だからここは敢えて生真面目を装って返す。


「なるほど、、と」


 心の底から真面目に言っています。

 そんな調子を意識し、軽い洒落を利かせて相槌を打つと彼女は一瞬沈黙を挟んだ後おかしそうに噴き出した。


「…プッ―――アッハッハッ!! 良いわね、ソレ。その通りよ。ええ、人が嫌がることを進んでやってやるの。実際外から見たらあんたを拾って面倒見るのなんて慈善事業だしね」

「はっきり言いますね。いえ、仰る通り無力な身の上なんでぐうの音も出ないんですけど」

「事実だもの。でも私にとっては一挙両得という奴かもね。さも善人ですと外面を取り繕えるし、王城への嫌がらせにもなる。悪くない話だわ」


 言われてみれば確かに二重の意味で人が嫌がることを進んでやっている。

 ある意味王城へ向けた皮肉さに満ちた会話だ。


「で、どう? 受ける?」


 改めて決断を求められ、互いの視線を合わせる。

 その瞳には真剣な光があった。

 信じてみようと思った。


「お願いします、僕にこの世界で生きる方法を教えてください。師匠センセイ


 覚悟を決めて頭を下げ、師事を乞うた。この世界を生きていくために。

 潔く下げた頭に満足したのか、エフエスさんは不敵に笑い頷いた。


「任せなさい。あんたが一人前になるまで冒険者の流儀を叩き込んでやるわ」

(……………………うん?)


 何やら近い将来が不安になる、とても不穏な発言が聞こえたような。受けてて嫌と言いたくなるようなスパルタ方針でビシバシ鍛えられるのは現代日本のもやしっ子としては遠慮したいのだが。


「それじゃあ行きましょうか。師匠として弟子に色々レクチャーしてあげなくちゃね」


 聞き返すか迷っている内に上機嫌なエフエスさんが座席から立ち上がる。

 そのまま重そうな装備をと背負うと「釣りは取っといて」と景気よく銀貨で会計を済ませた。颯爽とした足取りで店外へ出ていくと、僕も慌ててその背中を追った。


「ちゃんと私に付いてきなさいよ。この異世界セカイもまんざら捨てたもんじゃないってあんたに教えてあげるわ」


 太陽に照らされた彼女が振り向き、溌剌と笑いかけてくる。

 その無邪気で楽しげな姿を見て、僕は何故かわからないけどワクワクしていた。

 そう、ここは異世界だーー異世界なのだ。

 救いがない世界だと悲観していたけれど、エフエスさんと出会ってが変わる予感がしていた。

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