第八話 運び屋

「本当に知能が猿以下になったかもしれないわね、奴ら。良いことを教えてあげる。あんたが言う『荷物持ち』を私たちは『運び屋ポーター』と呼ぶわ」

「『運び屋ポーター』?」


 耳慣れない響きだ。

 でも結局はただの言葉遊び、言い換えに過ぎない…はずなのに。その響きには少し不思議な力が宿っている気がした。


「そ。マンパワーが色んな意味で足りてないのよ、この世界。だから身一つで大量の物資を運べる《アイテムボックス》持ちは冒険者に限らず『運び屋ポーター』として重宝されるの。水運はともかく陸路の物流は畜竜が引く荷車が基本で積載量は御察し。冒険者も人の手が入ってない未開拓領域での活動が多いから上に行けば行くほど引く手数多の引っ張りだこ」


 淡々と、この世界の実情を語っていくエフエスさん。

 どうも僕が考えていたほど《アイテムボックス》は捨てたものではないらしい。いや、むしろ需要に対して供給が足りていない売り手市場ですらあるようだ。


「ましてや等級外エクストラギフト持ちの『運び屋ポーター』なんて下手すると勇者よりも優遇されるかもね。多分所属する街以外の冒険者ギルドから引き抜きをかけられそうだし、それを防ぐためにも所属ギルドも待遇は気を遣うのは目に見えてる。ただでさえ腕のいい『運び屋ポーター』は金のなる木なんだから。ましてや等級外エクストラギフト持ちともなればね」


 良かったじゃない、未来は明るいわよと屈託なく僕に笑いかける陽性の笑顔。それを見てやはりこの女性ひとはいい人なのだなと思った。怖いところもあるが、他人の幸運を素直に祝える人なのだ。そういう人は大体自分に余裕と自信があって、曲がったことをする必要がないのだろう。


「王宮や同郷の馬鹿どもがどう思っているかは知らないわ。でもあんたが俯く必要なんてどこにも無い。あんたが『荷物持ち』にしかなれないなら世界一の『荷物持ち』を、『運び屋ポーター』を目指せばいい。それだけの話よ」

「世界一の『運び屋ポーター』……」


 考えたこともない未来だ。

 そもそもこの世界に来る前から未来なんてお先真っ暗。考えたくもなかった。

 それが信じられない紆余曲折の果てに嫌いだった『荷物持ち』の道を自分から歩こうとしている。それも前向きに。不思議な気持ちだが、悪くない気分だった。

 エフエスさんが示してくれた未来のおかげだった。


「そう、ですね。その通りです。世界一とか正直実感が湧かないけど……目指してみようと思います、一流の『運び屋ポーター』ってやつを」


 暗い未来に理不尽な仕打ちで鞭打たれ、俯きがちだった背筋を伸ばして前を見据える。

 褒め言葉一つで現金な奴だと言われれば否定はできない。だけど未来の見通しが立ったこととエフエスさんから貰ったエールで僕のしおれた心にも活力が戻ってきたらしい。

 自分でもエフエスさんを見据える視線に多少の自信と力が籠もっているのが分かった、


「あら、それなりに腹が据わったみたいね。さっきまでの俯き顔より倍はいい男になったわよ」


 改めて力を込めて視線を交わすと悪戯っぽく笑ったエフエスさんがからかってくる。


「うーん、改めて見ると童顔気味だけど悪くない顔立ちね。その前髪切ったら? 多分磨けば光るわよ、あなた」

「ちょっ……。冗談は止めてくださいよ」


 席を立って中腰になると僕の目元まで伸びた前髪まで手を伸ばし、クルクルと指に巻き付けて遊ばれる。目元を隠す前髪を除けられ、そのままマジマジと顔を覗き込まれた。

 その近すぎる距離感と笑えないジョークに思わず身を引くとそのまま髪を弄んでいた指からあっさりと解放された。


「まんざら冗談でもないんだけどね。まあ怒らせるのもなんだからこれくらいで止めておきましょうか」


 ハーブティーのカップを両手で包み込みながら上目遣いに悪戯っぽく笑うエフエスさんに思わず目を奪われる。

 右目を覆うゴツい眼帯があっても元々の整った顔立ちは隠しきれない。

 本来宮殿で大切に育てられるべき高貴な血統の白猫が野生に放り込まれ、生き抜いた先でしなやかな逞しさを得たような……。そんな矛盾した要素を併せ持つとびきりの美人なのだ。

 店内のマスターや居合わせた客たち(特に男性が多い)もさっきからチラホラと視線をエフエスさんに送っているし、同席している僕にも同じくらい嫉妬の視線が降り注いでいる。

 それら嫉妬の視線に気付くと焦りから逃げるようにアレコレと視線を逸らしてしまう。するとエフエスさんも僕の視線の動きから周囲の関心がこちらに向かっていることに気づいたらしい。


「? ああ、多分大弓コレのせいで視線を集めちゃうのよね。いい弓でしょう? 龍樹の若枝と飛竜の腱を組み合わせた特製の複合弓コンポジット・ボウよ。矢も影狼竜の尾棘を鏃に、大王鷲の尾羽根を使った特別製。あとは私の腕が合わされば飛竜の鱗もブチ抜けるわ」


 ただしその原因については全く的外れな推測を立てていたが。

 テーブルに立て掛けた巨大な大弓を指し、フフンと得意げに胸を張るエフエスさん。

 その姿はなんともチャーミングだが同時に無邪気に宝物を自慢する子供のようで、失礼と思いつつ僕はつい笑ってしまった。

 ――――が、


「む。なにやらに向けるべきでない視線を感じるわ。もっと私を敬え。私、Bランク冒険者よ?」

「……師匠?」

「そうよ?」


 ちょっと何を言っているのかよく分からなかったので思わず聞き返すと、何故か真顔で頷かれた。

 なんで???

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