第七話 勇者召喚の裏で

 僕は召喚されてからこれまでのことを殆ど全てをありのまま語った。

 エフエスさんは僕の怒りや愚痴混じりの話を相槌を打ちながら聞いてくれた。言葉を挟むことなく、むしろ僕の怒りを宥めるように穏やかな空気で。

 そうして全て聞き終えたエフエスさんは一言だけ呟いた。


「そう…良かったわね」


 その一言に思わず頭に血が上った。


「……良かった? 何が良かったんですか? 勝手に攫われて勝手に捨てられる。これのどこが!?」


 ロクでもないのは王城の連中であって彼女ではない。彼女がどんなつもりで今の呟きを漏らしたのか分からない。

 頭ではそれを理解していたが、語気が荒くなるのを止められない。

 だが思わず零れた僕の怒りにもエフエスさんは全く動じた様子は無かった。


「でも貴方は五体満足で、当座をしのぐお金もある。その衛兵達には感謝しておきなさい。彼らもそれなりに危ない橋を渡ったはずだから」

「それは……。はい、そうします」


 やはり衛兵さん達もリスクを負っていたのだ。

 彼らの善意がどこに根ざしたものだろうと、恩を受けた身なら感謝を忘れてはならない。

 いまのところロクな目に遭っていない僕だが、間違いなく人の縁には恵まれている。エフエスさんも、衛兵さん達も。


「良かったっていうのも本心よ。王城に残った連中も大半はロクな目に遭わないでしょうからね」

「どういうことです?」


 王城に残されたクラスメイトの身に危険が迫っているということだろうか? だが一体どんな危険があの王城にあるというのか。

 疑問を問いかけると逆に聞き返された。


「あなたが何故早々に王城から捨てられたか、理由は分かる?」

「……分かりません。何故僕だったんでしょう?」

「理由なんてないわ」

「……はあ?」

「たまたまあなたが目についた。たまたまあなたが集団の中で浮いていた。理由なんてただそれだけ」

「なんですか、それ。そんなの……そんなの!?」

「納得できない? でもそんなものよ。あいつらに深い考えや理由なんてないわ」


 目を伏せ、淡々と言葉を紡ぐエフエスさん。異様なほど熱のない語り口はまるで意図的に感情を消しているように見えた。


「あなたが選ばれた理由はないけれど、追放された理由ならある。要するに見せしめよ。自分たちに逆らったらああなるって他のクラスメイトに一番最初に示したの。そんなやり口の連中が残った奴らをまともに扱うと思う?」

「いいえ、まったく」


 問いかけに対し間髪を入れずに首を横に振る。

 エフエスさんも同意するように深々と頷いた。


「今も昔も王城にいるのはロクな連中じゃないわ。異世界から召喚した連中を勇者だなんだともてはやしたら次にやるのは格付けと分断よ。ギフトや集団の立ち位置で露骨なくらいに扱いに差をつける。更に競争を煽って友情とか絆とか人間関係をグチャグチャにするの。そうなると集団はただの個人の集まりになる。幾ら勇者のギフトが強くても個人じゃたかが知れてるもの」


 そして舌を滑らかに語られる王城の悪行の数々。

 その方がいろいろと王城側にとって都合がいいのよ、とエフエスさんは続けた。


「で、集団をバラバラにしたらあとは選別と放逐。勇者の中でも本当に強いギフト持ちってかなり限られるのよ。大体は2、3人。多くて5人程度。王城に残すのは大体そういう連中で、あとの勇者の末路は色々ね。ギフトを見込んで鉱山奴隷として高値で売り飛ばされたなんて話も聞くわ」

「な、んですかそれ? これが人のやることですか!?」


 最後まで聞くと思わず怒りで眩暈がした。

 何が勇者だ。

 何が歓迎するだ。

 こんなもの、人の道を踏み外した外道のやり口だ。


「ふぅん。意外ね、貴方を捨てたのは同郷の勇者達も同じ。いい気味だくらいは言うと思ってた」

「正直大体の奴らにはそう思ってますよ。でも全員じゃない。それに今回召喚された僕らより前に酷い目にあった人たちがいるんでしょう? それもかなりの人数が」

「……ええ、この世界を生きていれば嫌でも耳に入るわ」


 目を伏せて、深く溜め息を吐くエフエスさん。言葉通りうんざりだと態度で示していた。

 その姿に僕は少しだけ安心していた、この世界にもエフエスさんや衛兵さん達のようにまともな倫理観を持った大人がいるのだ。

 会う人会う人が全員あのワカメ頭の宰相補佐や性悪受付嬢のような連中ばかり。そんな世界ではたとえ生き残れたとしても性格が荒む予感しかしない。


「……そんな連中と、あなたは早々に縁を切ることが出来たワケ。使われたのが《ギフト鑑定》の魔道具で良かったわ。そうじゃなければ多分いまも王城で囲われて一生鳥籠の中よ」

「どういうことです?」

「《ギフト鑑定》に限らず魔道具はね、この世界のギフトを劣化再現した量産品なのよ。例えば《ギフト鑑定》は人間が持つ《鑑定》のギフトと違って、調べられるのがギフトだけ。それも分かるのは名前だけで等級ランクにまでは対応していない」

等級ランク?」

「同じ名前のギフトでも等級ランクがあるの。低い等級ランクと高い等級ランクじゃほとんど別物よ? 《アイテムボックス》で言えば、低級のものは収納できる量も少ない上に収納した分の重量が身体にかかるらしいわ」


 低級じゃはっきり言って見えない手提げ袋を持ってるのとほとんど変わらないわね、と身も蓋もない現実が告げられる。


「でも上級ならより大容量の物資を、はるかに軽い負担で運べるというワケ。

 荷車数台分の物資をひと一人が移動手段込みでの全速力で運べるのが上級の《アイテムボックス》持ち」


 あくまで例えで本当はもっと奥が深いけれど、との前置きの上エフエスさんは続けた。


「その中でも特異なケースが等級外エクストラギフト。等級の鑑定不可。同名のギフトに共通するルールを無視し、その性能も通常のギフトをはるかに超えるって噂よ」

「噂、ですか」

「そ。あくまで噂。なにせ超稀少レアなんだもの。私でさえ噂に聞くばかりで実物に会ったことはないわ。《ウェストランド》の各地を巡ったBランク冒険者の私がよ?」


 と、自分自身を指差しながら稀少レアであることを強調する。

 いまいちこちらの常識には疎いのだが、Bランク冒険者がかなりの上澄みであることはギルドでの反応から伺い知れる。その彼女が遭ったこともないと言う以上、等級外エクストラギフト持ちが稀少というのは確かなのだろう。


「《アイテムボックス》には幾つかルールが有るわ。自分の手元にあるものしかしまうことが出来ない。生きているものをしまうことは出来ない。一度にしまえる量に制限がある。他は、流石に覚えていないけど。

 このルールを一つでも逸脱しているなら、あなたの《アイテムボックス》は等級外エクストラギフトである可能性が極めて高い」


 つまり、と彼女は続けた。


「王城の連中、逸って最高級の金の卵を放り捨てたというワケ。手抜かり、大失態にも程があるわね! 真相を知ったときの奴らの間抜け面を是非拝んでみたいわ」


 復讐は蜜の味とばかりにニヤリとひとの悪い笑みを浮かべるエフエスさん。


「心底から笑えるわ。きっと元から低かった知能がさらに退化したのね。それとも噂のワカメ頭が特別に低能なのかしら?」


 クスクスと、彼女はとても楽しそうに毒を吐き続けるエフエスさん。

 陰惨な笑みを浮かべる彼女の過去に果たして一体何があったのか……。これは、という予想はあるが今この場で問いかけるのが危険なことは僕でも分かる。 

 埋まっている地雷は避けて無難な方向へ話を切り出す。


等級外エクストラギフトがレアなのは理解できました。でも肝心のギフトが《アイテムボックス》じゃ意味がないんじゃないですか? 僕は『荷物持ち』って馬鹿にされたんですけど」


 前の世界でも、この世界の王城でもだ。虐げられ続けてきた経験からくる劣等感によってエフエスさんの話にうなずくことが出来ず、疑念をぶつけてしまった。

 だがその疑問を聞いたエフエスさんはますます呆れたようだった。


「本当に知能が猿以下になったかもしれないわね、奴ら。良いことを教えてあげる。あんたが言う『荷物持ち』を私たちは『運び屋ポーター』と呼ぶわ」

「『運び屋ポーター』?」


 耳慣れない響きだ。

 でも結局はただの言葉遊び、言い換えに過ぎない…はずなのに。その響きには少し不思議な力が宿っている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る