第五話 名産はエビの素揚げとドクダミハーブティー

 あの後、結局僕はその申し出を受けた。

 というよりもギルドの職員や冒険者から針山のように刺さる視線。あの居心地の悪さから逃げ出すためにエフエスさんの手を取ったというべきか。

 なおエフエスさんはそれらの視線を軽やかにスルー。僕の手を楽し気に引きながら件の喫茶店にまで先導していた。

 まるで自由な白猫のような人だ、と思う。


「この店よ。この湖沼都市 《レイク》は魚介が名産でね。小さめのエビを油でカラッと揚げたのが量もあって美味しいわ。茶菓子代わりのおつまみね」

「……あ、確かに店から良い匂いがする」

「あとは出来の良いエール…と、言いたいけど昼間から酒浸るのもね。代わりにハーブティーがあるからそれを頼みましょうか」


 そう言うと率先して店に入り、手早くマスターらしき男性へ注文を済ませるエフエスさん。

 空いていたテーブルに座るとマスターは無言で注文された品を用意し始める。

 まずは独特の匂いがするハーブティー。次いでエフエスさんがお勧めしていた小エビの揚げ物。出来立てではなさそうだが、香ばしい匂いが食欲を誘った。

 茶菓子代わりのつまみとのことだが、幾らでも食べられそうだ。


「それじゃどうぞ。さっきも言ったけど支払いは気にしなくていいわ」

「ありがとうございます。それじゃ、いただきます」


 美味そうなおつまみを前に思わず日本人らしい一言が漏れてしまった。

 言ってから喫茶店での振る舞いとしてどうなのだろう? 一瞬疑問に思ったが、どの道ここは異世界なのだ。気にしないことにした。


「あ、美味しい。サクサクしてイケますね、これ」

「でしょ? 王都に寄るといつもこれが食べたくなるのよねー」


 一つ目の小エビをゆっくりと味わう。サクサクした感触とエビの旨味、しつこくない油の甘さとほんのりと効いた塩加減が口の中でじんわりと合わさってなんとも堪らない。

 異世界に来て初めての食事はほんのり暖かくて結構美味しかった。ただそれだけのことで、僕はなんだかホッとしていた。量があることもあって二つ目、三つ目と手を伸ばす。

 エフエスさんはハーブティーを片手にそんな僕を面白そうに眺めていた。

 なお僕の手元にも同じハーブティーがあるが、まだ手は付けてない。匂いが独特というか身も蓋もなく言えば薬臭い。ちょっとドクダミのあの刺激的な匂いに似ていた。


「匂いに慣れれば結構イケるわ。それにこれ以外で安く手に入る飲み物なんて薄めたエールくらいよ。生水は下手に飲んだら腹を下すから」


 僕の躊躇を感じ取ったのだろう、そう解説を入れるエフエスさん。

 確か外国の水は性質が硬水寄りだったり汚染されていたりで生水は飲用に適さなかったはずだ。だから昔は水の代わりに酒を飲んでいたなんて話も聞く。

 酒かハーブティーかの二択なら後者の方がまだ抵抗が少ない。出来るだけ顔に出さずに独特の匂いがするハーブティーをガブリと飲み込んだ。


「……………………ぅぇ」


 あのドクダミ臭さは口に含むことでよりはっきりと感じられた。飲めなくはない。ないが凄まじく微妙な味わいに思わず顔をしかめた。


「他所から来たのがそれを飲むと大体似たような顔をするのよねー。私もそうだったし」


 それを見たエフエスさんがケラケラと笑う。してやったり、そんな感じ。楽し気で嫌みな感じが全くない。なので僕も苦笑で返した。

 この味わいにも何時か慣れる日が来るのだろうか。


「さて、と…。それじゃあ本題に入りましょうか」

「本題ですか」

「ええ、私が興味があるのはさっきの手品の種と貴方の素性。そうね、さっきの分とここで奢った分。合わせて話せる範囲で教えてくれるかしら。まあ、どっちもある程度は察しているけどね」


 飄々と笑いながら、軽やかに僕の事情を訊ねてくる

 下世話な好奇心は見えない。本当に聞きたいから聞いた、と言った感じだ。多分、奢り云々はこちらが気にしないための言い訳だろう。


「実は私も貴方のことが気になって最初からあの女とのやり取りを見てたのよ。貨幣の数も聞いていたわ。なのにあの革袋の中身は明らかに聞いた数よりも少なかった」

「え…。あのうるさいギルドで僕らの会話が聞こえていたんですか?」


 それなりに人が集まり、盛んに会話が交わされるギルドは結構やかましかったのだ。


「役割が斥候寄りだからね、私。自然と耳ざとくなるの。街中でもフィールドでも耳の速さは重要よ?」


 トントンと指で片耳を叩くエフエスさん。冒険者ってすごいなと僕はそう思った。


「ギフトは《取り寄せアポーツ》? それとも《掏りピックポケット》? あ、一応言っておくけどあの状況でギフトを使ったことを咎めるつもりはないわ」

「えーと…」


 興味津々と好奇心で目を輝かせるエフエスさん。

 どうしようと言葉に困る。この状況で《アイテムボックス》と伝えてガッカリされないだろうか。


「ギフトは、その…《アイテムボックス》です。なんかすいません」


 とはいえ嘘を吐くのは論外だ。僕の謝罪混じりの告白を聞くと、ケラケラとおかしそうに彼女は笑った。


「またまた。あなた、私を担ごうとしてもそうはいかないわ。使。あの女とあなたの距離、どう短く見積もっても5メートルは離れていたわよ」

「……え」

「え?」


 奇妙な間が空き、明らかに真剣な表情に変わったエフエスさんがそこにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る