第四話 糾弾、のち逆ナン


「……いかがされましたか、エフエス様? 私が何か?」


 凍てついた声での制止にゆっくりと振り向く受付嬢。

 先ほどまで焦りと冷や汗を浮かべていた顔も今は元通り。大した面の皮の厚さだ。


「何か…何か、ねえ?」


 周囲の視線を集める女冒険者はゆっくりと僕に歩み寄り、パンと軽く僕の背を叩く。

 この場は完全に彼女のための舞台になっていた。


「こいつの言葉をあんたは妄言と言った。間違いない?」

「え、ええ…それがどうしたと?」

「なら、私がこいつの証言を支持したら、それも妄言と言うのかしら」


 受付嬢の表情が、露骨な程に引き攣った。


「な、なにを…」

「そのままの意味よ。あんた、こいつの金を騙し取ったでしょ」

「意味が分かりません! あなたともあろうかたが何を仰っているのですか!?」 

「シラを切ろうとしても無駄よ? Bランクの私が一言言えば調べはキッチリ入る。こいつの証言もあんたの証言も等しく扱われる。あとはまあ、どっちが本当のことを言っているかってところね」


 血の気が引いた受付嬢と、安堵に緩んだ顔の僕。

 二人の顔色を覗いたエフエスさんはほら見ろとばかりに周囲を見渡す。

 同じものを見た周囲の空気も変わった。

 周囲からの受付嬢の心証がゼロを通り越してマイナスに突入していることがなんとなく僕にも分かった。


「ギルドではなくこんな底辺の弱者の肩を持つのですか!? Bランク冒険者、《飛竜落とし》ともあろう人が!」

「本気で言っているならお笑い種ね。肝心の職員を信用できないギルドでわざわざ仕事を受けるとでも? そんなギルド、こっちから願い下げよ」


 悪足搔きのような喚き声を鼻で笑い、一刀両断に切り捨てる。


「私の前で堂々と冒険者の金をかすめ取るだなんて、王都の冒険者ギルドが腐ってるって噂は本当だったのね。指名依頼で入った怪魚竜の討伐は請け負ったけど、もう二度とここで仕事を請けないわ」

「な…ぁ…!?」

「ここのギルド長にとっちゃ踏んだり蹴ったりね。ギルドの不正で腕利きが他所の街に流れた挙句、わざわざ大金を積んで呼び寄せた流れのBランクがこんなことで使えなくなるなんて」


 血の気が引きすぎて顔色が土気色になった受付嬢に、更なる追撃をかけるエフエスさん。


「ええ、下らない小遣い稼ぎに色気を出したで」


 自らの将来を断つ致命的な一言に、受付嬢はついにガクガクと全身を震わせ始めた。

 ……哀れとは思わなかった。むしろいい気味だ、とさえ思ってしまう。この心の動きは僕の心が狭いからなのだろうか。


「わ、私にどうしろと言うのですか!?」

「いや、さっさとこいつに金を返してギルドから処分を受けなさいよ。別にあんたみたいな小物どうでもいいんだからそれ以上求めるつもりは無いわ」


 震える声で問いかける受付嬢に、言葉通りどうでもよさそうに言い放つ。

 徹頭徹尾彼女が糺そうとしたのは受付嬢の不正であって、受付嬢自身に興味は無かったのだ。

 自分が路傍の石と蹴飛ばされたことにプライドを傷つけられたのか。受付嬢の青ざめた顔に一転して赤みが差した。


「なに? 文句あるの?」


 だが他人から金を騙し取ろうとする人間のプライドなんて安いものらしい。

 エフエスさんの冷ややかな一瞥に頬の赤みがまた青ざめる姿を眺めるのは……ロクでもないな物言いだが、とても気分が良かった。


「私がまた王都に来るかはあんたの処分含めてここのギルドがまともになったか見極めてからにするわ。そうギルド長に伝えておきなさい」

「…………」

「返事。あとこいつの金をさっさと寄越しなさい」

「は…ぃ…」


 憎々し気に唇を噛み締めて返事を返す受付嬢。それを他所にエフエスさんは淡々と差し出された革袋の金を受け取る。


「あら…?」


 疑問の呟きを一つ。バレたかもしれない。

 そして手に取った革袋の口から覗く中身を一瞥すると、僕へ向けてニヤリと笑みを浮かべた。「中々上手くやったわね」と僕の手際を褒めるように。


「余計なお世話だったかしら?」

「まさか。貴女のお陰で、本当です」


 正直、この短い時間で二度も悪意に晒されて人間不信になりかけていた。

 だからなんの見返りもなく助けてくれた彼女の存在に救われた。少なくともこの世界の人間はあのモズク頭の宰相補佐や悪徳受付嬢のような悪人ばかりではないのだと。

 だから僕はこの世界にまだ希望を持つことが出来ている。


「へえ、中々面白いのが来たわね」


 僕の台詞が多少なりと彼女の気を惹いたのか、玩具を見つけた猫のように視線が細められる。

 そのまま無造作に投げ渡される革袋を慌ててキャッチ。


「わっ!?」

「はい、返すわ。災難だったわね、あんたも」

「ありがとうございました」

「いいわよ、お礼なんて。あんたのためにやった訳じゃないし」

「それでも、です。お礼を言わせてください。お礼しか言えないのが申し訳ないですけど…」


 なにせお礼をしようにも先立つものが衛兵さん達から貰った餞別金くらいなのだ。余裕なんてまったくない。

 そこら辺の事情を汲み取ったか、苦笑した彼女に向けて改めて頭を下げる。

 例え彼女がどんな意図をもっていたのだとしても、恩恵を受けた僕が頭を下げない理由にはならないのだから。

 ……あまり声に出しては言えないが、あの憎たらしい受付嬢を思う存分やっつけてくれたというのもあるし。


「……ふーん」

「な、なんですか?」


 だが果たして何が彼女の気を惹いたのか。

 しゃなりしゃなりと優雅な足取りで僕の周りを回りながら、ジロジロといろんな角度から見つめてくるエフエスさん。

 気位の高い猫のような仕草に戸惑う僕を他所に、気が済むまで僕を観察し終えた彼女は一つ頷いていった。


「あなた、私とお茶しない?」

「……はい?」

「だから、ちょっと私とお話ししましょう? ここじゃなんだから近くに手頃な値段で軽食を出してる店があるの。ああ、もちろん奢るわ」


 なんということだろう。まさかの人生初の逆ナンだった。

 ただしこんなシチュエーション、都合のいい妄想にだって出てきたことは無いけれど。

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