第一話 召喚、即、追放②


 召喚される前の世界で、何時から虐められていたのかは覚えていない。

 目をつけられた原因は……思い出したくない。

 いつの間にかそれは始まっていた。


「金持って来いよ。バレたらぶっ殺すから」

「や、ぶっ殺したらダメでしょ。そこはパンツ脱いで裸踊りで済ませてあげれば? アハハ!」


 小遣いをカツアゲされた。

 すぐに金は足りなくなって、親の財布に手を付けるようになった。


「陸、あんたあたしの金取ったでしょ!? は? 学校でカツアゲされてる? 男なら取り返してきたらどう! 学校に行きたくないなんて弱音は聞かないわよ。近所の噂になったらどうすんの?!」


 家族ですら味方じゃなかった。

 母親は世間体と僕のいじめを比べて世間体を取った。

 学校にも家にも僕の居場所は無かった。


「おおーっ! スゲー、新記録じゃん」

「これならクラス全員分の通学カバンいけそうですねぇ。まあだからどうしたって話ですが」

「意外と体力あるよな。っつか俺よりありそうなのがムカつくわ」


 面倒で厄介なのは『荷物持ち』だった。

 学校帰りに同じ帰宅グループの荷物をいじめられっ子に持たせるアレだ。

 大体は小学生ぐらいで卒業する『荷物持ち』だけど、脳味噌が小学生の時から成長していないせいか、高校二年の春になってもこいつらは『荷物持ち』とそれをいじる遊びを楽しんでいた。

 腕力は無いけど人よりも重い物を長時間持てるような体力が付いたのはこれのせいかもしれない。もちろん感謝する気なんて全くないけど。


「何で僕がこんな目に遭うんだ……」


 最初は抵抗した。だが抵抗は何倍もの逆襲で帰ってきた。

 こっちは一人で、いじめグループは複数人だ。

 僕は小柄で瘦せていて、体力はある方だが腕力はなかった。抵抗は無駄だった。親や教師に相談しても見て見ぬ振りをされるだけだった。


「いっそこんな世界から逃げ出せたら……」


 現実逃避でそう呟いたある日の放課後。

 終礼を終えて教師は退室したが、クラスメイトの大半はまだ教室に残っていたタイミング。そんな時に真っ白な光が唐突に教室を包み込んだ。

 教室のクラスメイト約30人がまとめて異世界に召喚されたのだ。

 一瞬の浮遊感の後白い光が収まると、僕たちが経っていたのは広々として飾り気のない石造りの空間だった。


「よくぞ召喚に応じてくれた、異世界の《》達よ!」


 と、訳の分からないことをのたまったのは僕達を見下ろす高みの玉座? の傍に立った若い男。

 歓迎するように愛想の良い笑みを浮かべ、両手を広げた姿勢で立っている。

 若い上にかなり顔が良い。

 彫りの深い整った顔はハリウッドの映画俳優さながらで、女子のクラスメイトは黄色い悲鳴を上げていた。

 ただし青みがかった髪は油脂が絡んで粘ついてテカリ、ウェーブがかかっていることもあってまるで濡れた海藻を被っているみたいだった。それに微笑みで細くなった目から覗く光はどことなく冷たく感じる。


「我らが王、ザムノ―陛下も皆様という素晴らしき福音に殊の外お喜びです。召喚に応じてくれたことに感謝を」


 と、仰々しくマントを翻し一礼のあと、傍らのザムノ―陛下という王様を示したが、その姿を一目見て僕は嫌な予感を覚えていた。

 玉座に座っている王様は一言も言葉を発さず、やる気のない目で僕達を見下ろしていた。

 ビジュアル的にはトランプのキングそのまま。豪奢な服に髪と髭にカールがかかった本格派だが、威厳や覇気と言ったものが全く感じられない。若い男が言う喜びなど少しも見当たらず、ひたすらにどうでもよさそうだった。


「勇者だってよ」

「異世界召喚? これ異世界召喚ってやつ?」

「チートとかあるのかな」


 ザワザワと興奮した様子で隣のクラスメイトと囁き合う。異世界召喚、ハーレム、チートなどといった単語が特に男子のクラスメイトの口から漏れていた。

 女子たちもキャアキャアと姦しく騒いでいる。

 全体的に非現実的なふわふわ感に脳味噌がやられているようだった。

 ただでさえ知能指数が低そうな会話が更に現実味のないものになっている。

 なお僕は一人で黙って様子を見ていた。僕と仲が良い友達なんて一人もいないからだ。いや、もしかしたら一人だけいるかもしれないが……。


『………………』


 そして何もかもが異質なこの空間でひと際異質に見えたのが置物のようにジッと立ち続ける兵士達だ。

 僕達を囲うように槍を持って立つ兵士たちの目はどこか冷めていた。それでいてこちらの一挙一動には十分に気を払っている。誰かが勘違いしたり馬鹿をして暴れた時にすぐ鎮圧できるように。

 その落差に僕はなんとなく直感した。

 彼らはのだ、まるで何度も繰り返したことのように。


「我らの国は魔獣が蠢く危険地帯に囲まれ、常に勇者の助けを必要としているのですよ。もちろん勇者には打ち立てた武勲に相応しい名誉と褒章が与えられます。

 ……ご安心を。貴方達に授けられたがあれば魔獣などひとたまりもありませんよ」


 と、戦いと聞いて怯えを見せたクラスメイト達を宥めるように宰相補佐ロバ―ズはギフトというチートらしき存在を示唆した。

 現金なもので途端に目の光を取り戻しザワザワと騒ぐクラスメイト達に向けて、男は微かに歪んだ笑みを向けていた。


「ギフトとは神からの祝福。一人につき一つだけ与えられる異能です。特に異世界から召喚された勇者は強力なギフトを授かるのですよ。過去の勇者は一刀で巨大な魔獣を両断したり、街一つを覆う巨大な壁を出すことが出来たそうです」


 話を聞く限りギフトはまさにフィクションのチートそのものだ。


(凄い、これぞ異世界チートって感じだ。僕はどんなギフトに目覚めるんだろ?)


 好奇心と冒険心を最高に刺激されたクラスメイト達はさっきまでの十倍くらいのやかましさで騒ぎ始めた。

 かくいう僕自身も騒がないだけで胸の内で大いに期待していた。

 もしかしたら……もしかしたらこれまでのクソッタレな学生生活を覆せるくらいに凄いギフトが得られるんじゃないかと。


「あちらの《ギフト鑑定》の魔道具で皆さんのギフトを調べられます! さあ、順番にどうぞ!」


 そんな僕らをこの時宰相補佐ロバーズは宥めるように声を張り上げ、誘導しながら同時に高みから

 場所の高低ではなく、人間が働きアリの群れを眺めるような尊大さで僕らを観察していたのだと後に僕は知った。

 順番にどうぞ、と言ってもこういう時はクラスにおける力関係、スクールカーストが露骨に表れる。

 真っ先にクラスのカーストトップである一組のカップルが動いた。


 天道 光司。

 そして籠ノ宮 聖。


 もう名前からしてレア度の高い美男美女カップルだ。聞こえてくる性格も人当たりが良く、評判がいいものばかり。

 もし本当に勇者の資格がある者がこのクラスにいるのならば、それはきっと彼らだろう。そう思わせる二人だった。

 そして続いて二人と仲のいい取り巻きがすぐ後に続き、少し遅れてカースト中位の連中が並ぶ。最後に列に並んだのは僕のようなカースト下位かあるいは我が道を行くボッチ組だった。


「おお……!」

「これは……《極光》!? 今までに数例しか確認されていない超稀少なギフトだ!」

「こっちも凄いぞ、《聖癒》だ! どんな重症もあっという間に癒すという伝説のギフト……」


 《ギフト鑑定》を試した天道君と籠ノ宮さんがかなりレアで強力なギフトを引いたらしい。

 当然僕達も口々に騒いだが、それはあの二人ならば当然だという雰囲気だった。

 その後も順調に鑑定は続き、強そう、弱そうなギフトからよく分からないギフトまで飛び出す。みんな自分のギフトに一喜一憂していた。


「よろしくお願いします」

「はい。ではお名前をください。ええ、そして手をこの水晶玉の上に……」


 そしてついに僕の順番が回って来た。

 やることは《ギフト鑑定》の魔道具だという水晶玉のような球体に手を置くだけだ。

 その結果、水晶玉に異世界らしい謎の文字が浮かび上がってきた。


「これは……」


 と、《ギフト鑑定》の魔道具を見ていた係の人が困惑したような声を漏らした。

 だがすぐに気を取り直して鑑定結果を告げてくる。


「失礼しました。貴方のギフトは《アイテムボックス》です」

「《アイテムボックス》……」


 これは、どう判断すればいいのだろう?

 なんとなく字面から出来ることは想像がつく。要するに個人専用の四次元ポケットということだろう。フィクションでも主人公が持っていることの多い、使い道が多そうなギフトだ。


(これ、かなり期待できるギフトじゃないか? 主人公よろしく斬った張ったは出来ないだろうけど上手く使えばかなりのアドバンテージに……)


 そう胸を期待で膨らませた時……。


「……一応お伝えしておきます。《アイテムボックス》は平民達の間でも比較的よく見られるギフトです。個人差はありますが背負子から馬車一台分くらいの荷物を見えない空間にしまうことが出来ます。便利なギフトなので重宝されるのですが……その」

「……そこまでで大丈夫です。なんとなく分かったので。親切にどうも」

「……いえ、失礼をしました。申し訳ありません」


 鑑定係の人が語る無情な現実によってその期待は針で突かれた風船のように萎んでしまった。

 要するに便利だが勇者にはとても見合わないようなありふれたギフトということだろう。便利だが稀少でも強力でもないギフトとなれば僕の価値は他のクラスメイトより一段以上下がる。

 魔道具を見る係の人が視線を伏せて心苦し気な様子でいるのが余計にキツかった。


「……………………」


 結局僕はずっと重苦しい気分のまま黙っていた。

 その後は僕のほかにはほんの数人しか未鑑定の人は残っておらず、それもすぐに終了した。

 僕らのギフトを鑑定する係の人達はすぐにワカメ髪の宰相補佐さんの元へ集まり、何がしかの協議を開始したみたいだった。


『……! …………?』

『…………。……、…………』

『……? ……………………!!』


 不自然なほどに協議の声は聞こえてこない。顔つきや手ぶりでなんとなく感情を察せるくらいか。

 これもなにかしらのギフトなり《魔道具》とやらの仕業だろうか。

 そのまましばらく協議が続き、このまま待ちぼうけを食うのかと微妙な不安と苛立ちが僕らの間で巻き起こりつつあったその時。


(……? いま、目が合った?)


 例のワカメ髪の宰相補佐、ロバ―ズ・ガイアックスへ何気なく視線を向けると視線が絡んだ。その顔に嫌な予感がする笑みが浮かぶ。

 僕が視線を逸らしても、あちらからの視線は外れない。その視線が語っていた―――、と。


「勇者の皆様には残念なことを告げねばなりません。この中に一人、勇者に相応しからざる者がいます」


 そして開口一番に不穏な発言が飛び出す。

 当然ザワザワと騒ぎ出し、盛んに周囲を伺うクラスメイト達。

 強い不安の裏返し、安心を求める心理から方々に送られる視線は『生贄』を探していた。

 この時点で嫌な予感に心臓が脈打たせていたが、やはり予感は外れなかった。 


穂高ホダカリク! ……前へ。そう、僕の前に出てきてくれたまえ」


 一同の前へ舞台俳優のように仰々しく躍り出た宰相補佐ロバーズによって僕は名指しでみんなの前に呼び出された。


「穂高陸。王国は不出来なギフトしか持たず、役立たずな君を勇者とは認めない! よって君をこの王城から追放する! さあ、いますぐ出て行ってもらおうか!!」


 そして糾弾が始まり、ここで話は冒頭に繋がる。

 ロバ―ズ・ガイアックスは劣等 ギフトの持ち主である僕をこの王城から追放すると弾劾した。

 反論は理不尽に叩き潰された。僕にこの追放を拒絶する術はなかった。

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