第一話 召喚、即、追放

穂高ホダカリク。王国は不出来で役立たずな君を勇者とは認めない! よって君をこの王城から追放する! さあ、いますぐ出て行ってもらおうか!!」


 その糾弾は僕にとって青天の霹靂で、なんの前触れもなく横っ面を張られたようだった。

 貴族趣味の豪華な衣装をまとった彫りの深い美青年がニヤニヤと笑みを浮かべ、僕にいますぐ安全地帯である王城から出て行けと迫ってくる。

 彼の名はロバ―ズ・ガイアックス。異世界の王国で若くして宰相補佐を務める俊英……のはずだが、その整った顔立ちはいま弱者をいたぶる強者の喜びに歪んでいた。

 そして少しは離れた場所には僕が狼狽える様をニヤニヤと楽しげに見つめるクラスメイト達がいた。


「な、なんでそんな…。僕のなにが悪かったって言うんですか!?」


 誓って言う。

 この時の僕に何の落ち度もなかった。

 そもそも異世界に召喚されたのはほんの少し前で四半日も経っていない。

 だから―――彼らの一方的な都合で語られる言い分はメチャクチャで、理不尽なものだった。


「君のギフトが役立たずだからさ。《アイテムボックス》? 凡庸なギフトだねぇ。勇者のギフトとはとても思えない。はっきり言うよ、君には存在価値がない。だからこの王城から追放する。単純な話だろう?」


 お前は使えない、だから要らない。

 だけど僕はその身勝手な物言いに文句を付けられない。彼が言う通り、僕の持つギフトはありふれた価値の低いものだったからだ。

 弱い奴は強い奴に抗議することすら許されない。異世界だろうが元の世界と変わらず強者と弱者、虐げる者と虐げられる者の差は大きくて理不尽だった。


「こんなことを言いたくはないけどさぁ。キミ、どうして勇者として召喚されたんだい? 荷物持ちの方がよっぽど似合ってる」


 一応は国を守るためにという名目で勇者を呼び出した王国の重臣が、勇者として呼び出されたはずの僕にあからさまな嘲笑を浴びせかけていた。

 それも随所に金糸や小粒の宝石を縫い付けた趣味の悪い成金衣装を見せびらかすような大袈裟な身振り手振りで。

 だけど僕に言い返す度胸も立場も無かった。異世界召喚なんて蓋を開ければただの拉致誘拐の犯罪だ。こいつらは言わば拉致誘拐犯で、僕は被害者だ。逆らえばどうなるか分からない…。そんな理屈を頭で捏ねてただ黙っていることしか出来なかった。


(結局、異世界なんて言っても現実リアルとなにも変わらないってことか…)


 分かり切っていたことを改めて苦く噛み占めた。

 勇者召喚、異世界で無双、チートにハーレム。フィクションにあるような、お手軽で都合の良い話が自分に舞い降りてくるはずが無いのだ。

 異世界召喚という非現実感に、もしかしたらと抱いた希望はあっという間に諦観で萎れてしまった。

 僕の心の中にあった自尊心が粉微塵に砕ける音が聞こえた気がした。


「いやぁ、実に残念だよ。でも王国には勇者の資格なき者を迎え入れる余裕はないんだ、遺憾ながらね」


 特徴的な青髪を脂っこく光らせ、わざとらしく残念顔を作って見せる宰相補佐。王宮の派閥争いを勝ち抜き、宰相の片腕として王国の勇者政策を取り仕切っている男はさも自分の本意ではないのだとでも言わんばかりに肩を落とした。


「勇者の資格なき者にこの王城は相応しくない。直ちにここから出て行ってもらおうか。別れを告げるような人なんて君にはいないだろう? 元の世界にいたかまでは知らないけどね」


 開け放たれた出入口を指さしてすぐに出ていけと促す宰相補佐ロバ―ズ。

 しかもいちいち厭味ったらしい小芝居のオマケ付きだ。

 そもそも僕から元の世界との繋がりを奪ったのは勇者召喚という名の拉致・誘拐を行ったお前たちだろうが…!


(いや…。元から繋がりなんて無かったか)


 そう、心の中で吐き捨てる。

 この世界はクソッタレだと心の底から思ったが、かといって元の世界がマシかと言われればそうではなかった。

 僕はこの世界でも、前の世界でも周囲からいいように扱われるいじめられっ子……弱者だった。


「さあ、彼の扱いについてどう思いますか? 《》の皆様」


 と、宰相は自らの背後にたたずむ高校生の集団へやはり大仰なしぐさで振り返った。

 まるであなたたちはとは違うのだと、優越感と嗜虐的な感情を煽るように。

 そこには―――、


「当然の結果だろ? だってどう考えても勇者なんて相応しくないだろ。だぜ」

「ああ、やっぱりこうなりましたか。まあ、穂高君では仕方がないのでは?」

「……んー。やっぱりさ、みんなの邪魔になるような足手まといは切り捨てなきゃダメだよね♪」


 そこには宰相補佐と同じように弱者をいたぶる顔つきをしたクラスメイトがいた。例え僕が勇者に相応しくない荷物持ちだとしても、彼らに彼らが言う勇者らしさが備わっているとは僕には思えなかった。

 そして彼らは誰一人として僕を擁護しようと無かった。

 悪ふざけをしているかのように、彼らは面白半分に僕を見捨てようとしていた。

 イカレてると僕は思った。

 だってそうだろう?

 こんな、ツテもお金もない異世界に身一つで放り出された僕が生きていけるはずが無い。間接的な殺人罪を犯しているのと何も変わらない。しかもその自覚すらない!


「あ…う…。うぅ…」


 助けを求めるように視線をクラスメイトの一人一人に送っても、見下したような嘲笑を返されるか関わり合いにならないように必死に目を逸らすだけ。

 そして僕はそれ以上のことを何もできなかった。

 自分から何かアクションするということは僕にとって周囲に目を付けられ、虐げられることとイコールだったからだ。


(何でこんなことに…)


 少なくとも僕の視点から見て僕に落ち度はない。

 いいや、そもそも自分がこんな理不尽に虐げられるようなことをした覚えすらなかった。 

 何故こんなことになったというのか。

 全ての始まりはいつもの通り僕にとってのクソッタレな日常だった。

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