第一話 召喚、即、追放③

 緊張と興奮でゼイゼイと喘ぎながらなんとか声を出す。


「ま…待ってくれ」


 突然の急展開に混乱していたが、それでもこのまま流されてはマズイことくらいは分かっていた。


「せめて、せめて生活のアテぐらい保証して欲しい…! さもなきゃ僕は野垂れ死んでしまう」

「ハハッ、何を気にしていると思えばそんなことか。安心しなよ、仮にも元・勇者候補なら落ちこぼれたとしても世間からは引く手数多さ。たとえキミみたいなどこにでもいるギフト持ちでもね?」


 嫌味たっぷりの、それも欠片も信用出来ないお墨付きに血の気が引いた。

 引く手数多? それは文字も常識も何もかも分からない僕を現地民が詐欺に嵌めようと手ぐすね引いて待っているってことか?

 少なくともこの男の言葉を鵜呑みになんて到底出来ない。


「あんたらは―――」


 あまりの悪辣さに血の気が引いた僕へ、唐突に第三者の声がかけられた。


「穂高君、いいかい?」


 優しげな声だった。柔らかく耳障りの良い声だ。

 肩越しに振り替えるとクラスメイトをかき分けて僕の近くまで寄って来た天道君が優し気な笑みを浮かべていた。

 そのまま優し気な手つきで僕の肩にポンと手を置いた。


「天道君…」


 その感触を頼りに少しだけ気持ちを立て直す。

 稀少なギフト持ちである天道君に対しては彼らも機嫌を取る必要があるだろう。

 天道君が僕を擁護してくれれば、もしかしたら王国側も考えを改めるかもしれない。

 僕の胸に何とかなるかもという希望が湧いてくるが、


「穂高君、君が勇者に選ばれなかったことは本当に残念だ。でも大丈夫さ、君の分まできっと僕が勇者として勇敢に戦って見せる」


 その希望を理解不能な言葉が叩き潰した。


(…………? ………………………………………………………………は???)


 正直、彼が何を言っているか僕には全く分からなかった。

 頭の中が混乱の渦に叩き込まれている僕を他所に天道君は朗々と理解不能なセリフを語っていく。


「戦えない君が無理に魔獣との戦いに出る必要なんてないんだ。どうか君は王城の外から僕たちの活躍を見守っていてくれ」


 率直に言って意味が分からない。

 勇者の務めだのなんだのは極論どうでもいいのだ。いま僕が言いたいのはこのまま追い出されれば僕が生きていく術も無いという現実の解決で、彼が語る勇者像は的を外した意味不明な発言だった。


「な、何を言ってるんだよ天道君。いまはそんなこと―――」

?」


 僕の言葉を聞いた天道君の声がドライアイスのように急激に冷え込む。

 その切り替わりの激しさは最初から冷たい視線を向けられるよりもよほど恐ろしかった。


「君は仮にもこの世界の人々に助けを求められた勇者だっただろう。その君が勇者が果たすべき務めをと言うのかい?」


 ……意味が分からなかった。

 助けを求められた? そんなのは王国側の勝手な言い分だし、呼びかけられた覚えもそれに同意した覚えもない。

 客観的に見れば勇者召喚とやらは拉致・誘拐にあたる犯罪だし、勝手に呼び出して勝手な基準で人を捨てるなんて奴隷の扱いと変わらない。ここで本当の奴隷にならないだけマシなんて狂ったようなポジティブ思考には流石になれなかった。


「君には失望したよ。『荷物持ち』の君は所詮勇者に相応しくない石ころだった訳だ」


 そう冷たい視線を向けて言い切ると僕の肩に置いていた手を放し、まるで汚物に触った後のように入念に服の裾で拭った。

 この瞬間、この場の雰囲気が変わった。僕にとって形勢が悪い方へ。

 溺れている犬を見物する空気から死刑囚へ石を投げるべきだというくらいには変わった。クラスメイト達の目には優越感と敵意と嗜虐感がごちゃ混ぜになった凶暴な光があった。


(……石ころ? 失望した? 何を言っているんだ彼は?)

 

 そもそも失望される程の付き合いは僕らの間には無かったし、僕に対するいじめを止めることも無かった彼にそこまで言われる筋合いもない。

 同じ日本語を使って会話しているはずなのに、まるでコミュニケーションが取れている気がしない。

 正義感に燃える整った顔立ちが、さっきまでとは全く違って見える。


(なんだ、この目は…。まるで酔っているみたいな…気持ち悪い光が目に…)


 その目はまるで英雄譚の主役になりきった役者のような生き生きと濡れた光が宿っていた。

 その口からこぼれるセリフも上っ面だけは正義感に溢れた綺麗事ばかりだ。

 まさかとは、まさかとは思うのだが……

 いままさに理不尽に襲われている僕だから分かる。この異世界セカイ現実リアルだ、嫌になる程に。


「穂高君、いい加減にしてくれ。これ以上ワガママを言って王城の人達や僕らに迷惑をかけるのは止めるんだ」

「……ワガ、ママ?」


 思わず吐き気と眩暈がした。

 勝手な都合で異世界へ呼んだ挙句に勝手な基準でゴミのように捨てられようとしている現実に悲鳴を上げることすら彼はワガママと言うのか。


「待ってくれ。ツテもない、常識すら知らない世界に放り捨てるのを止めてくれって言うのがワガママなのか……?」

「もういい、君の無理解にはうんざりだ」


 うんざりしたように頭を振って、彼はバッサリと僕の言葉を遮った。

 僕の抗議は右から左へ通り過ぎているのは明らかだった。

 そのまま僕に背を向けて、言うべきことは言ったとばかりにクラスメイト達の集団へと戻っていった。


「行けよ、さっさと消えろ! 『荷物持ち』が!」


 始まりは恐怖だったのだろうと後の僕は思い返した。この時はただあまりの理不尽さに天を呪うしか出来なかったが。

 僕を追放しなければ今度は自分が同じ目に遭うかもしれないという恐怖。それならば『生贄』を捧げて自分だけはそれを回避しようという自己防衛本能が悪意と嗜虐感にねじ曲がったのだと。


「天道君の好意を無視するなんて信じらんない! やっぱりああいう底辺はダメよねー」


 続く罵声を皮切りにクラスメイトの集団から次々と僕に向けた悪態が飛んでいく。


「人間の屑ってああいう奴を言うんだろうな」

「いなくなって清々する」

「いますぐ俺達の目の前から消えろよ、クズが!」


 恐怖は罵声に変わり、遂に怒号にまで成長した。


「「「「「きーえーろー! きーえーろー! きーえーろー!」」」」」


 敵意と悪意たっぷりのシュプレヒコールが僕に突き刺さる。

 いや、たった一人だけ僕と仲が女の子が狂ったように騒ぐクラスメイト達から青い顔をして後ずさっていたが……僕だって分かる。こんな狂ったような悪意のるつぼで僕を擁護なんて出来るはずがない。


「どうやら話はまとまったようだね。いや、結構な話だ」


 パチパチとわざとらしい拍手を送るロバ―ズ・ガイアックス。

 僕を擁護するどころか恐怖が反転した悪意と嗜虐感に満ちた視線を送るクラスメイト達を眺め、彼は満足げに頷いた。


「では、衛兵諸君。そこの勇者未満の出来損ないを城の外へ放り捨てろ」


 パチン、と舞台俳優のように指を鳴らすと周囲を囲んでいた衛兵の一人が無言で動き、僕の腕をねじり上げる。


ッ…」


 乱暴な仕草の割にそこまで痛くなかったのが救いだろうか。

 それでも思わず声が漏れたが、宰相補佐ロバ―ズはそれを見て満足げに頷いた。


「さっさとこの王城から失せろ。底辺の弱者風情が勇者なんておこがましいんだよ」


 蔑みと加虐心、そしてがたっぷりと籠った視線を餞別に僕は異世界召喚一日目にして王城から追放された。





 人物紹介


 穂高 陸:

 主人公。いじめられっ子だが意外と毒舌。磨けば光る小柄なショタ系美少年。いまは前髪メカクレ系のどんくさいチビ。いまが人生のどん底だが、追放された後に起こる出会いが人生を変える転機となる。なお王国と自分を見捨てたクラスメイトの大半を恨んでいる。


 ロバ―ズ・ガイアックス:

 有能害悪な働き者タイプ。宰相補佐。勇者召喚政策の責任者であり、やり口はかなり過激。作中の勇者関連トラブルの大体の元凶。徹頭徹尾自業自得で破滅していくことになる。


 ザムノ―・ウェストランド:

 The・無能な怠け者タイプ。異世界の国王。異世界から穂高達を召喚した張本人。ちなみに国名は『西の王国ウェストランド』。人類入植以前は『魔獣領域ウェイストランド』と呼ばれていた。




 あとがき


 はい、本作一番の胸糞展開終わり、終了、閉廷!

 初めて追放ものを書いてみましたが思った以上にエネルギーが要りますね。


 異世界召喚という一皮剝けば世界を跨いだ最悪の誘拐犯罪に巻き込まれ、追放者達の身勝手な理由でどん底に叩き落された主人公ですが、あとはひたすら成り上がっていくのみです。

 そして主人公が成り上がっていくのと対照的に追放者たちは徹頭徹尾自業自得で破滅していくことになります。

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