第二話 はなむけ


 追放劇が終わってからはあっという間だった。

 衛兵に腕を締め上げられ、周囲を複数の兵士に囲まれたまま連行されていく。周囲から向けられる視線は同情か嘲り。異物の僕を助けようとする者などいない。

 そうしてしばらくの間、一言も喋らない衛兵たちに黙って連れ回され、王城の城門の前へ辿り着いた。


「……ここまでくればもういいか」

「ああ、他に見ている奴もいねえ。門番の連中は俺らの仲間だしな」

「ヤな仕事を押し付けられたもんだ」

「坊主もスマネェな。職務上あのヤローの言うことに俺らは逆らえねえんだ」


 そんな会話が次々と交わされ、周囲の衛兵達の空気が一気に緩んだ。

 ここまで人間味の無い鉄像のように淡々と僕を締め上げ、連行していた兵士達と同一人物とは思えないくらいに穏やかな雰囲気だ。

 雰囲気の変化に戸惑う僕を他所に、僕の腕を締め上げていた衛兵は丁寧な手つきで拘束を解放した。

 ささやかな自由を取り戻した僕は僕を連行した衛兵達の顔を見渡す。

 そこには――


「まあスマネェなんて言ってもお前さんには知ったこっちゃねえよな…」

「だがよ。みんながみんな、好き好んであのモズク頭にペコペコしてる訳じゃねえ。そのことは知っておいてくれ」


 苦虫を噛んだように顔をしかめる中年男達がいた。

 どこにでもいるような普通の人の顔だった。

 僕への嘲りではなく、同情とやるせなさを含んだ顔だった。


「……こいつを持っていけ。城を去る勇者へのはなむけだ」

「宰相補佐様は懐に入れるつもりだったらしいがな。生憎伝達ミスで俺ら揃ってだーれも聞いてないんだ」

「こんな小金を懐に入れて無一文で若造を放り出す宰相補佐様とは嗤っちまうぜ」

「昔から勇者の任を解かれた者には王城から褒章と餞別金を与える。そういう習わしなんだ。……本当ならそのはずだったんだがぁ」


 と、衛兵達の中でも身形の良い隊長格と思しき男性がそう言った。

 隊長っぽい人から手渡された革袋の中身を覗き込むと金貨銀貨が十数枚、それに銅貨らしきコインが更にたくさん。価値は不明だが、ちょっとした量が入っている。


「当座の飯と宿にありつくには十分だ。盗まれるなよ」


 真剣な顔での忠告に押され、黙って頷く。


「街に下りて冒険者ギルドへ行け。日雇い仕事くらいならありつける。登録料はそいつで十分に足りるはずだ。余った分はギルドに預けろ。預かり料は取られるが、盗みを警戒するよりはマシだろう」


 さらに助言を受ける。

 冒険者ギルド。

 なんとも異世界ファンタジーらしい響きだが、心は浮き立たたなかった。


「もう行け。長々と話し込んで厄介な連中に見咎められても面倒なんでな」

「悪いが、俺達に出来ることはここまでだ。あとは自分で何とかしな」

「王城にはもう来るな。お前さんあのモズクヤローに目を付けられたらしい。ロクなことにならん」


 口々に忠告のような、突き放すような言葉をかけてくる衛兵達。

 鉄像のように職務を遂行する姿とは別人のような、人間味のある人たちだった。


「あの…」


 彼らになんと言葉を返すべきか一瞬迷い。


「ありがとう、ございました」


 結局はその言葉とともに頭を下げた。

 僕が異世界の住人である彼らに黒い感情を全く抱かなかったとは言えない。だけど彼らが多少なりとも危険を冒して僕を助けてくれたことは理解できていた。

 恩には恩を。いま彼らに返せるものなんてお礼の言葉くらいしかないのだからせめて心を込めてお礼を告げた。


「……………………じゃあな。上手くやれよ」


 そして隊長っぽい人は僕以上に葛藤の時間を挟んだ後それだけ返すと、僕に背を向けた。そして部下たちに号令一下。瞬く間に隊列を纏めると王城の方へ帰っていった。

 その背中にもう一度頭を下げるとすぐに振り返って城下町への一歩を踏み出す。


(太陽を見た感じ、もう正午は過ぎてる。言われた通り早く冒険者ギルドとやらに登録して今夜の飯と宿を探さなきゃ)


 歩き出した時には僕の意識はもう切り替わっていた。半ば現実逃避みたいなものだと自分でもわかっていたけど。


「……隊長? どうしたんスか、隊長? ものすごい顔してましたけど」

「気にしないでやれ。隊長、あの年頃の息子がいるから若者の不幸話に弱いんだよ」

「見どころのあるガキだったな。あんな目に遭ってすぐにキッチリ礼を言えるのは大したもんだ。根性のある良い兵士になっただろうに」


 だから彼らがこんなことを話していることには当然気が付かなかった。

 ただ前を向いて必死に歩いていく。

 この異世界セカイを生きるために。

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