マッドサイエンティスト
「おいこら、止まれよそこの不良風紀委員」
強面が売りの体育教官真嶋が瀧島と立葉の二人を呼び止めた。
「なんですか先生、今日の挨拶当番は違う筈ですよ。なあ瀧」
「何か用でも?」
「あ~あ、相変わらず鼻につくなぁお前達は」
真嶋の高慢な態度に二人は笑って答えた。
「僕たち、何にも悪いことしてませんよ」
「はっ、あんまり舐めんなよ。お前達のその髪型も「高校生に相応しくない髪型」として、さっぱり丸く出来るんだからな!」
「あんないも臭い髪染め野郎達と一緒にすんじゃねぇよ。なあ瀧」
「全くだな…もう行っていいですか?」
二人は真嶋に背を向けた。そんな二人の肩を真嶋はもう一度掴み、グイと引き寄せる。
「昨日な、夜十時頃に原付に乗った高校生が暴走してたって苦情があったんだよ」
「それが何か?」
「うちの制服なんだよ!着てたのが」
高井だ、瀧島は立葉の方を向き目配せをした。
瀧、ばかお前そんなことしたら…。
立葉が瀧島に必死の目配せを返したときは既に遅かった。
「立葉ぁ!お前なのかぁ、え?!お前も薄情な奴だな瀧島ぁ!はっはっはっは」
勘弁してくれよ…真嶋の野郎も、瀧も…。
こうもなってしまうと、何と言って釈明すれば良いか分からなくなってしまうのがこの二人の弱いところだ。それに朝から揉め事を起こすのも気が引けた。その時、真嶋の後ろから一人の男が近づいてきた。
「まあまあ真嶋先生、そのくらいで勘弁しませんか?」
薄毛に抗うことなく短髪にし、口には髭をたくわえた中年の男が真嶋の背後から肩を叩いた。
「二人も違うと言ってますし、あんまりしつこいのは感心できませんな」
真嶋の眉がぴくりと動いた。
「なんですか藤本先生。担任だからですか」
藤本は高く笑い辺りを見回した。
「真嶋先生、あなたのために言ってるんです
よ」
周りでは多くの生徒が冷たい目を向けている。しかし真嶋は厚顔は緩まない。
「あんまり調子のんなよ」
真嶋は立ち去っていった。
「先生…」
藤本も二人の肩を叩き、小走りで去っていった。二人は顔を見合わせる。
「珍しいな、先生が走るなんて…」
「……ばか京一、遅刻じゃねぇか」
「うお、急げ急げ!はっはっは」
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昼休みの二人は一年棟にいた。
「あ先輩…昨日はお疲れ様でした。ははは」
京一は智の肩をガチッと掴んだ。
「智くん、お金貸してくれる」
「いやだって先輩返してくれない…」
「昨日悪いのは誰だったかなぁ?」
智の顔はカチッと固まってしまった。そうしてゆっくり京一の方を向く。
「ありがとう智くん」
「悪いな智」
瀧島の一言はせめての申し訳なさを含んでいるように聞こえた。
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「高井どうすんだよ。あいつはしばらくは現れねぇぞ」
瀧島はガムを一粒口に放り込んだ。ミントの息が屋上を吹く風に流れていく。
誰かが屋上のドアを開けた。
「誰だ」
「先輩、大変です!」
「どうした智」
「駐輪場の地面が爆発して、一人怪我もしました!」
「行くぞ京一」
「オーケー瀧」
二人は俊足を飛ばしていく。
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駐輪場には既に人だかりが出来ていた。三人程の教師も駆けつけ怪我人と話していた。
地面に埋められていた何かが破裂したようだ。二人は顔を見合わせた。
「高井…だよな」
「だな。でもやったのはあいつじゃないだろうな」
「…瀧、あれ」
京一の指差す先には一段と落ち着きのない男、恐らく一年生がいた。ただでさえ小さい背が猫背でさらに小さく見える。
「瀧、あいつ行くぞ」
「何?見覚えあるの?」
「昨日の客の一人」
二人は一歩ずつ男に近づいていく。
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その男、山村に瀧島は背後から近づき、後ろから彼の目の前に高井の写真を差し出して見せる。
「彼とはお友達?」
山村はぎょっとした表情で振り向く。後退りするのを立葉が阻んだ。
「正直に話してくれると嬉しいなぁ」
「…なんだよ…あんたら。俺は先輩に頼まれただけ、あ!」
「なんて言われたの?その「先輩」に」
「……言えねぇ」
瀧島は後ろから彼の肩に手を掛け、立葉にウィンクした。立葉は財布から一枚抜き取り、彼の胸ポケットに差し込んだ。
「ささ、スッキリさせちゃいましょう」
「でも…」
「京一くん、もう一枚サービス」
「オーケー、ささ兄貴、スッキリとね」
立葉はもう一枚取り出し、彼の胸ポケットに入れた。
「へへへ、いいのかよこんなに」
「話してくれるね」
山村は顔を緩めて頷いた。
「三年に城島っていう先輩がいてさ、その写真の人の顔を知ってんのは城島さんだけなんだ。で昨日初めて会うつもりだったんだよ。受け取りに行くから」
「それでお前が高井の客だったわけだ」
「近々城島さんと高井はもう一回会う筈なんだ」
「城島ってどんな顔してんの?」
「えぇ…それは…」
山村は少し笑いを堪えていた。瀧島はそんな彼に笑いながら語り掛ける。
「誰にも言わないから正直に言ってごらん」
「へへへ…、髪金色に染めて伸ばして、色眼鏡なんかつけちゃってさ、その癖目はめっちゃ細くて鼻は潰れてんだぜ。笑っちゃうよ…へっへっへ」
「オーケーよく言った」
二人は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
「為になるお話ありがと。はいもう一枚」
「え~!いいのかよぉ」
京一は財布からもう一枚取り出し、彼の胸ポケットに入れ、そのポケットの中で三枚共掴み引き抜いた。
「ありがとう!ありがとう!誰だか知らないけどありがとう!」
「あ~!ちくしょう!」
「ごめんな」
瀧島の言葉に申し訳なさは微塵もない。
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「あと一週間で冬休みだ。高井はもう学校には来ねぇだろう」
「あいつは勉強に命掛けてじゃねぇの?」
「一週間休んでもそこまで内申には響かないさ。テストももう終わってんだし」
「エリートヤンキーが…すかしやがって」
午後五時にもなれば空はすっかり暗くなる。瀧島の吐く息が白に染まる。
「見つけだすだ、城島を」
「明日だな瀧」
「遅刻すんなよ。京一」
照明に照らされ、冬の部活のトレーニングの声が校舎に響いている。二人の他に校門を出ていくものは誰一人もいない。
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翌朝、京一は遅刻することなくしっかり来たようだ。朝の校門では風紀委員の挨拶活動が行われている。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
勿論この二人も例外ではない。もっとも彼らの目的は別のところにある。
「居るかぁ?城島は」
「京一、あいつは不良だぜ。ギリギリに来るだろうよ」
「あれ?あいつは昨日の」
昨日情報をくれた男、山村が二人に近づいてきた。昨日は猫背だったのが少し背筋を伸ばしている。
「ちょっとちょっと!あれは無いですよ!」
「大丈夫かい君?俺たち委員会活動中なんだ」
「何ぃ?」
「ほら、来たぞ来たぞぉ」
立葉が指差す先には二人の教師がいた。
「山村!お前は朝から騒がしく何をやってるんだ!」
山村は口を大きく開けてパクパクしている。
「いや先生…これはこいつらが!…その」
「ほらいいから来い!」
小さい山村は教師二人に掴まれて無残に引きずられていった。
「山村っていうのかぁ」
「精一杯大きく見せてたねぇ」
「背一杯の大きさだな」
はーはっはっはっは。爆笑する二人に今度は別の教師が近づいてきた。
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すっかり叱られた二人は城島がなかなか姿を見せないことにさらに腹が立っていた。ことさら立葉の忍耐のなさはヒドイものだ。
「ちくしょう城島の野郎…、どこまで透かせば気がすむんだこの野郎!!」
「ほらほら落ち着きなさい京一くん。はい、おはようございます。ほら委員会の仕事を忘れずに」
「おはようございますっててめえ!来んのおそすぎんだよ!こっちは朝からずっといるってのにぃ!」
立葉の理不尽な八つ当たりは生徒からすれば恐怖でしかない。
「ほら止めろ止めろ京一。みっともねぇぜ」
「ぜんぜん来ねぇじゃねぇか!十分前行動だろちくしょう!」
「京一落ち着きよ。女子達も引いてるぜ」
「おっ、おう」
「ふっ、たくお前は」
ようやく落ち着きを取り戻した立葉だがまたすぐに声を上げた。
「あっ、あいつ~!」
「どうしたの?」
「瀧、あいつが城島だぜ」
立葉の目線の先には金色の長髪に黒の色眼鏡を掛ける男の姿があった。その男は二人を滑稽だとでも言いたそうに嘲笑っている。
「すかし野郎…」
「何回も同じこと言ってんじゃねぇよ京一。あんまり見んな」
「次会うときが、楽しみだぜ」
立葉は小さく呟いた。それでいい、という風に瀧島は立葉の肩をポンと叩いた。それと同時に挨拶運動も終わった。
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二人は次の日から城島をつけ始めた。二人はなぜか尾行に慣れている。…異様なほど慣れている。何で練習したのやら…。
「来たぞ、京一」
「オーケー瀧」
「ようやく見つけたぞぉ高井」
「ていうか何目的で高井捕まえるんだ?」
「風紀委員だからな、学校の風紀を乱れは正すんだろ?」
そうだ。二人は納得し、じっとチャンスを待つ。
「いよお高井ー」
「城島さん、お久しぶりです」
「例のあれ、もらおうか」
高井は持っていた袋から黒の箱を取り出した。
「城島さん、こんな危ないものどうすんですか?人、怪我させる代物ですよ」
「はっ!こんなの使って遊べるの、高校生までだぜ。今のうちに思い切り遊んどくんだよ!お前には十分金やるから、これからも頼むぜ」
「はい」
高井は立ち去っていく。
「はいそこまで」
満を持して高井の目の前に現れた。紛れもない瀧島と立葉だ。二人は高井を半回転させ、城島の方に押していく。
「城島、あんたの遊びを見逃す訳にはいかないぜ」
「あぁ!?誰だよてめぇら?俺に向かって偉そうなこと言ってくれるじゃねぇか。俺を知らないのか?」
「知らないね。ただのすかし野郎が」
「ちっ。お前らこそなんなんだ、え?正義の味方のつもりか?」
「俺たち風紀委員なんだ。仕事だよ、し、ご、と」
「高井は俺たちが相手をしてやるぜ。しっかり更正させなきゃな」
「いやだー!こわい!こわいよ!」
高井の潤んだ目を見て城島はニヤリと笑った。パチンと指を鳴らし、出てこいお前ら!と叫ぶと10人程の生徒がぞろぞろと出てきた。高井の目に喜びの光が灯った。
「なんでこんなこの小市民にむきになるんだか…。なあ瀧」
「なんだよ」
「これ…やべぇんじねぇか?」
「やるしかないだろ、やるしか」
高井は安堵の表情を浮かべているが、城島のニヤニヤした笑いはある種の不気味さえ感じられる。
「なあ、お前ら二人とは今度また会うことがあるだろうよ。そん時はもっと長く遊ぼうぜ」
城島はそう言うと背を向けて歩き始めた。
「なあ待ってくれよ城島くん。俺のこと仲間だって言ってくれたじゃないか!いくらでも色々作るからさ…助けてよ!」
「悪いな、俺はインテリが大嫌いなんだ。もう十分、利用したぜ。あとはその二人に構ってもらえ」
高井の目は潤んでしまっていた。お金欲しかっただけなんだ…と呟き項垂れると、溜まっていた涙がポタポタ落ちていった。
「真面目に稼ぐんだな。なあ瀧、あいつはさすがに危ないやつだぜ。後からでもどうにかしたほうが」
「無理だな、俺たちは警察じゃねぇんだ。捕まえるなら現行犯しかねえんだよ」
二人は去っていく城島達を睨み付けることしか出来なかった。
「今度ゆっくり遊ぼうぜ。なあ城島」
「ただじゃ帰してやらねぇからな」
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終業式は間近に迫っていた。今日はどうやら今年最後の授業日のようだ。
「え~今日は今年最後の授業ということですが、二時間で実験を行います。はいそれじゃあガスバーナーを付けてください」
皆は少しザワザワしながらガスバーナーを付け始める。
「火の扱いなら任せなさい。俺がやるぜ瀧」
「いいや京一は駄目だ。危なすぎる。俺がやるぜ」
「お前何回液体こぼしてんだよ。俺がやるぜ」
「お前こそ何枚カバーガラス割ってんだよ。俺に任せとけ」
「ガスバーナーは一人でつけてくださいね」
教師の言うことは全く二人には聞こえていなかった。
「よし、じゃあ二人でつけようじゃねえか」
「…ばか、お前火出しすぎなんだよ!」
「大丈夫大丈夫。ここを回して調整すれば…」
「ばか野郎お前、外れちゃったじゃねえか!」
見かねた教師が近づいてきた。
「何をしてるんだお前達二人は!」
二人は顔を見合わせた。
「お前が悪いんだぜ…瀧」
「お前にも非があると思うぜ、京一」
「どっちも悪い!なんでお前達はガスバーナーつけるのでこんなにも危なくなるんだ!」
「マッドサイエンティスト…」
京一が呟いた。
「バッドサイエンティストだ!」
浜の銀風 忌川遊 @1098944
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