神の鉄槌 ヴィル視点
マリユス目掛けて振り下ろした俺の剣と、それを受け止めたマリユスの剣は、互いに剣を薙いで、一旦間合いを取った。
「貴様なんでここが分かった! そもそも魔法で痺れて動けなかった筈だぞ!!」
剣を構えてこっちに向かって来ながらも、マリユスが問いかけてくる。
俺はそれを受け止めつつ、質問に答えてやった。
「簡単な事だ。状態異常の回復をして痺れは取った」
「なんだと!?」
「ブリジット嬢の魔法は有能だな」
痺れて動けなくなった時、ブリジット嬢が、聖杯に汲んでいた水を震えながらも口にして自分の状態を回復させ、その後すぐに俺に、グラスに汲んだその水を飲ませてもらって、動けるようになった訳だが……。
そこまで敢えて言う必要はないからな。
今頃はブリジット嬢が、詠唱魔法で唱えた水魔法で、他の皆も回復してる頃だろう。
「場所については、簡単だ。ジークの髪に飾った薔薇の花のお陰だ」
「花?」
「あの薔薇は俺が魔法で出したものだからな。花に残った俺の魔力の残滓を追い掛ければ、居場所はすぐに特定出来るだろ?」
「あんなくだらん、花魔法ごときで……!」
何合か打ち合いをし、再び互いに間合いを取る。
マリユスが、刺さりっぱなしだった右腕のショートソードを抜き取り放ると、そのまま間髪入れずに、俺の左腕脇腹を狙って切りつけようとしてきたが、それを剣でガードし、攻撃を受け止めた。
腕を怪我してるとはいえ、それなりに騎士としての腕も割とあったようだなと、俺は冷静に彼の実力を認める。
「へえ、思ったよりやるんだな。ちょっと見直したぜ」
「たかが庶民の役者風情が、俺に叶うと思ってるのか!」
「そんなの、やってみなきゃ、わからないだろ?」
楽しそうに笑う俺に苛ついたのか、マリユスはがむしゃらに剣を振り回してくる。
頭に血が上ると、基本の型を取ることすら忘れるようだな。それなりに腕は悪くないのに、惜しい事だ。
「くそっ、くそっ!!」
ギンッ、ギィン! と、何度も打ち込んで来ているのを、俺が余裕の笑みを浮かべながらも、全て受けて払ってしまっているものだからか、苛つき度が増してきているようだ。
「くそ、ふざけやがって、ふざけやがって……!」
ゼェッ、ハァッと息が切れてきており、汗も止まらなくなってきている。
肩で息をして、剣も先程より動きが鈍くなってきている所を見ると、鍛練を怠って来たんだろうな。
チラリと、マリユスに気が付かれない程度に、俺は視線を横に移す。
俺達の戦闘を見ていたジークだが、俺の視線に気が付いたのと同時にコクリと、強く首を縦に振るのが目に入る。
俺の意図が伝わったようだ。
彼女のドレスは胸の近くまで破かれており、頬の腫れも酷い。顳顬の怪我も血がひどく流れていたのか、髪や耳、肩等にどす黒い赤色がこびりついている。
もう少し早く来れなかった事を悔やむが、今は目の前の相手に集中だ。
俺はチャキッと、剣を構え直す。
「ジークに怪我をさせた事、許さないからな」
「はっ、アイツは俺の物なんだよ!」
「ジークを物扱いするな!」
今度は俺からマリユスへ向かって行き、先程よりも少し速めの剣を繰り出していく。息が上がってだいぶヘバッてきていはいるものの、ギリギリ対応しているのは認めるが、マリユスが劣勢気味のなのは明らかだ。
「こ、こんな……く、そっ……!! 俺がお前らみたいな下等な奴らが勝てるとでも思うのかーーー!!!」
そうマリユスが叫び、防戦一方ながらも、攻撃しようとしてくるが、俺はその彼の剣を強く弾きかえすと、そのまま切っ先を首元に押し当てた。
マリユスの手から離れた剣は、クルクルと弧を描きながら、少し離れた所で床に突き刺さる。
「っ……!」
「マリユス・バシュラール伯爵子息! ジークリット・マルロー子爵令嬢への拉致及び暴行、パーティ参加者達をを魔法で倒れさせるなど、騎士としての矜持の欠片もないその行い許し難きことだ」
「くっ!」
「大人しく捕らえられ、罪を裁かれるんだ」
「ふざけるな!」
「往生際が悪いぞ」
「捕まってたまるか!! 俺は何も悪くない!!」
そう叫ぶと、マリユスは俺の胸に手を向けた。
しまった! と、マリユスの意図に気が付き、俺が離れようとするのと、マリユスが火の魔法を放つのが、ほぼ同時のタイミングになった。
「ぐあぁあっ……!!」
左胸から腕付近をマリユスの炎の魔法が直撃し、俺は堪らず声を上げ膝を付いた。致命傷は避けたけれども、それでも魔法を近距離で受けたため、酷い大火傷の状態になっており、堪らず俺は片膝を付いた。
「っ、うっ……!」
「ははは、良いざまだな。これで形勢逆転だ!!」
俺の様子に勝利を確信したのか、高笑いをしながら見下ろしてくる。
確かにこのままだと攻め入られたら、どこまで対処出来るのか怪しい。
だからといって、目の前の相手に何もしないままやられる気などはなく、俺は剣を杖代わりにして立ち上がり、何度も荒い呼吸を繰り返した。
「ヴィル!!」
マリユスの後ろから、
「お前の相手は、こいつを始末してからだ。そこで大人しく見てろ」
先程、俺に弾き飛ばされた剣を抜き取ると、ゆっくりと近付いて来る。
左側が剣を握ろうとしても、力が上手く入らないが、片手だけでも剣を握り直しマリユスと対峙した。
「ははははっ! そんな状態で、まだ抗うつもりとはな! 無駄な足掻きを!! 死ねぇっ!!!」
俺の頭上目掛けて、剣が振り落とされようとするが、突如まるで何かに押さえつけられたかのように、マリユスが動きを止めた。
「ぐっ……! な、なんだ……!? 体が!!」
「マリユス! ヴィルには手を出させないわ!!」
「ジークリット!! 貴様何を……!」
マリユスはジークの方を振り向こうとしても、それすら出来ないため、声だけで反応を返している。
歯を食いしばって、目を血走らせるも、その体はピクリとも動かないままだ。
「……あれは……」
マリユスの足下を、影を見ると、さっき俺が投げたショートソードが刺さっているのが見えた。
柄には蜘蛛のような魔法陣が薄っすらとだけ浮かび上がっている。
「ヴィル! 影縛りの魔法だけど、効果は短いわ! そこから出来るだけ離れて!」
おそらくは、小声で影縛りの魔法を唱えてくれたのだろう。
ジークの言葉に従い、俺はすぐにその場から離れ、同時にジークが詠唱を始めた。
「レフーガ・ビスル・ディアルト
天の審判 心臓の羽の正義よ」
詠唱魔法と共に、辺りが薄暗くなっていき、部屋の天井にまるで雲のような靄がかかりだす。
「な、なんだ、何を唱えている……!」
「
トキノワの神々たちの 裁きを下し給え」
「ディユ・マルトー!!」
彼女の魔法の発動と共に、マリユスの頭上の雲間から、広範囲に青白い光の魔法陣が浮かび上がり、そこから握り拳をした巨大な手が現れた。
突如自分の頭上に出現した、巨大な手を見たマリユスは、瞳を大きく見開かせ、驚愕の声を上げるのが響き渡る。
「ひっ、何だあれは!! うわああっ!!」
上空に現れたその手は、ズ、ズズッ……とゆっくり静かに、けれども、確実にマリユス目掛けて向かって落ちていく。
「く、くるなっ、くるなあああああ─────っ!!!! あ、ぁ、うわあああ!!!!!」
影縛りの魔法は解けているが、恐怖からか座り込んでしまい、四つん這いになりながらも逃げようとするが、逃がさないとばかりに、手は真上から落下していく。
そして正に文字通りに、彼はドゴッとその手に押しつぶされた。
……いや、生きてはいるか。気を失いはしたけれど。
気が付いたとしても、背中に大きな一撃だっただろうから、回復魔法をかけない限り動けないだろうし、ひとまずこれで大丈夫だろう。
「……はっ」
俺も息を吐いて、力が抜けた瞬間、左胸と、腕の怪我の痛みを強く感じてしまい、その場にぺたりと座り込んだ。
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マリユスの騎士としての実力は、真面目にやってれば、団長クラスまでとはいかなくても、それなりの強さになる腕はありました。
真面目にやってれば……。
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