ジークリットの怖い夢 ─追いかけてきた男─ ※やや暴力、流血表現あり

※若干の暴力、流血表現があります。

苦手な方はブラウザバック推奨です。



「ジークリット! その男はなんだ! 貴様浮気してたのか!!」

 

 そう大声で叫ぶマリユス様の声に、それまで賑わっていた室内が、水を打ったかの様に、一気に静まり返りました。

 振り返って見てみれば、わたくしに指を突き付けて、立っておられるマリユス様のお姿。

 ……あぁ、蔦から無事抜け出せたのですね。ご友人様方、お疲れ様です。

 ……と言うか、浮気……? 何を言っているのでしょうか。

 

「わたくしは浮気など致しておりません。婚約してないと何度もお伝えしていますでしょう」

「俺という婚約者がいながら、浮気をしてないだと!? 詠唱魔法しか使えない奴が!」

 

 ……。

 ……頭が痛くなってきました。

 本当に何度も何度もお伝えしておりますのに、どうして伝わらないのでしょうか

 もしかして、この方、別次元にお住まいなのでは? という気持ちさえ沸き起こっております。

 というか、詠唱魔法だろうが無詠唱だろうが関係ないと思うのですが。

 それに仮に婚約していたとして。ブリジット様と婚約を行おうとした貴方こそ浮気してる事になるのですが……そこは……まぁ棚上げなのでしょうね。

 

「はははは! だが、所詮無詠唱には俺には勝てん! やれ!!」

「は、はいぃっ!!」

 

 マリユス様の隣にいた男性にそう声をかけると、その彼は、手を上空にかざします。

 何かの攻撃魔法なのかと、わたくしもヴィルも身構えましたが、それはなく。代わりに突如身体が麻痺した様に動けなくなり、マリユス様とご友人様以外は、皆次々と床に倒れ伏せて行きます。起き上がろうにも、全身が痺れたようになり、指先すら上手く動かせません。

 これは、神経系の異常魔法!?

 

「ハハッ! 良いざまだなジークリット」

 

 動けなくなり、何とか倒れ伏したまま、それでも何とか顔だけ見上げれば、こちらへと近付いてくるマリユス様のお姿がございます。

 わたくしを見下ろせる状況に満足なのか、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてもおります。

 

「っ……」

「ふん、どんだけ睨んだ所で」

 

 ガッ!

 

「っ……!」

「こうやって顔に蹴りを入れられても、体が動かせず話せないのであれば、お得意の詠唱魔法で何も出来まい」

「うっ……!」

 

 高笑いしながらマリユス様は、顳顬の傷跡を何度も何度もグリグリ踏み付けてきます。

 痛みに耐えながらも、抵抗しようと私が睨み返しますが、それが余程気にくわなかったのか、更に強く傷跡の所を何度も蹴りつけてきます。何か伝う感触が感じられるので、おそらく血でも流れているのでしょう。

 

「何だその生意気な目は! 子爵の家でしかないお前が! 伯爵家の俺に対して、そんな目をして許されると思ってるのか!!」

 

 お腹に、つま先を使ってより強く蹴りを入れられ、一瞬息が詰まり、その儘わたくしの意識は、闇に溶け込むかの様に落ちていきました。

 満足そうに笑い続けるマリユス様の声と、歯を食いしばって、わたくしを見るヴィルの姿を最後に──…………。

 

 

 

 

 

 

 頬に強い痛みを覚えて、わたくしは、意識が浮上していくのを感じます。

 いつの間に寝ていたのかしら……?

 お腹や頬を中心に、体に痛みがあるのを感じながらも目を開けると、わたくしを見下ろすマリユス様の顔が目に入ります。

 

「!」

 

 マリユス様の姿に、気を失わされたのを思い出し、起き上がろうとしましたが、押し倒されのしかかられた状態な事に気が付き、動くことすら叶いません。

 神経系麻痺の魔法もまだ効いているのか、体全体に痺れも残っております。

 

「何だ、もう気がついたのか。あと何回平手すれば目を覚ますか楽しんでいたのに」

 

 マリユス様は、左手でわたくしの両手首を押さえ込みながら、右手で平手をしていたようです。意識が戻る前に感じた痛みは、これですね。

 目が合うと、瞳を細めニヤリと口角を上げて、嬉しそうに笑う彼の顔がいつにも増して、邪悪に見えます。

 

「こうやって俺の下にいるのが、お前はお似合いなんだよ。少しばかり詠唱魔法で強い魔法が使えたからって、得意気になってるな」

「得意気になど、」

「黙れ! 口答えをまだする気かっ!」

 

 バシッと、再び強く頬を打たれる音がし、直後口の中が鉄臭くなるのを感じ取れました。今ので口の中を切ってしまい、血が出てしまっているようです。

 

「お前は! 簡単な無詠唱すら使えないくせに! 子爵のくせに! 俺をいつも見下した目で見て!!」

 

 バシッ!

 

「婚約者の俺をおいて、浮気が許されると思ってるのか!」

 

 バシッ!

 

「お前みたいな奴には、一度どちらが偉いのかを、存分に分からせてやる!!」

 

 バシッ!

 

 叩きすぎて、軽く息が上がっているようで、荒く息を吐きながら、それでも憎々しげにわたくしを睨み続けます。

 わたくしを嫌いならそれで構いませんし、関わらないでほしい所なのですが。この蛇の様な執着ぶりは流石に気持ち悪いですね。

 そして、のしかかられるのは、大っ嫌いなのです。

 

 魔法の効果で痺れて呂律が覚束ないままでも、それでも何とか状況を打破せねばと意識をフル回転させていますと、わたくしを覗き込むように見ているマリユス様が、ふと何かに気が付いたのか、ブツブツと何か独り言を呟き始めました。

 

「ハァッ、ハァッ……ハッ……、ん……なんだ、これは……あぁ、そうか……そうか、そうだったのか……ふふ、クククク……」

 

 呟いたままのマリユス様の雰囲気が変わったのを感じ、何か嫌な感覚に包まれます。

 それが何なのかと、叩かれ続けて腫れて、左目が半分ほど開き辛くはありますが、彼を見てみますと、どことなく彼の瞳に昏い翳りを感じられ、その纏っている空気に、わたくしは本能的にゾクッと肌が泡立ちました。

 

 確かにこの方は、人の話は聞かない少々な方ではございますが、直情径行なタイプなので、この様な悍ましい雰囲気は、持っていなかった筈ですのに……。

 

 

「はは、ははは……何だ、やっぱり、お前は俺にこうされるのが運命なんだな」

「……運命? 何を言って……」

「お前はな、!」

 

「!」 

 

 ……なん、ですって……?

 今……わたくしは何を聞いた、の……?

 

 目の焦点があってないマリユス様の口から、ありえない言葉が出てきて、わたくしは耳を疑いました。

 

、悪くなかったよなあ」

 

 畳……畳なんて、この国に、ないわ……。

 

「なぁ、──……」

「!!!」

 

 そう言って、わたくしの耳元で囁いた言葉は……わたくしの、前世の時の名前……。

 この世界では、家族もヴィルですら知らない、口にした事すら無いのに、その名前を知ってるなんて……そんな、まさか……。

 

 答えはもう、先程の言葉で、呟いた言葉で分かっているのに、わたくしの頭はその現実を受け入れたくなく、ただただ目の前の彼を、凝視するだけで。

 

「ははははは!! そうだよ、その驚愕と絶望と恐怖に満ちた顔!! その顔でずっと、俺の前で這い蹲って俺の命令だけ聞いて生きてけばいいんだ!」

 

 マリユス様の言葉に、幼い頃に見た、意識の奥底に封じ込めた、あの時の悪夢が、記憶が脳裏に蘇っていきます……。 

 

 

 

  

『やめて! 離して!!』

『細い手首だねえ。女の子は皆細いけれど、──ちゃんも細くて可愛いよね。なぁ、俺の事どうしてそんな無碍にするの? ライブ会場出禁はひどくない? 恥ずかしがる必要ないんだよ?』

『貴方なんか、あたし知らない!』

『知らない? ずっと見守って来てた奴にその言い草とは酷いなあ』

 男は悲しそうな口調とは裏腹に、ククッと笑いを込めながら、ベロリとあたしの首元を舐める。

『ひっ! いやっ!!』

 気持ち悪さに、首を振って拒否の姿勢を示すも、そんなのが当然男に伝わる事もなく。

『嫌? 嬉しいの間違いだよね? こんなに想い合っている俺が可愛がってやってるのに』

『止めて、止めて!! 気持ち悪い!!』

 その一言が男の逆鱗に触れたのか、それまで楽しそうにしていた空気が一変し、男はあたしの頬を何度も何度もバシッ、バシッと叩いていく。

 頬が腫れ、鼻血が出ても、止まる事は無く、何度も何度も頬を叩かれ続けた。

 漸く満足したのか、怒りの空気は収まるものの、愉悦な表情を浮かべて、晴れた頬を撫でたり、血を拭ったり、涙を舐められたりしていく。

 気持ち悪いしやめて欲しいし、逃げたいのに、体は恐怖に凝り固まってしまい、震えるばかりで動けない。

『ツンデレは程々がいいんだよ? 舞台もゲームもテレビも、君の役だけをずっと見てきてるんだからさ、照れからの態度なんだとしても、冷たくされすぎると、愛されてると分かってても悲しいなあ』

 ギラリと光る刃物が目に入り、あたしの体は固まってしまう。

 刺されるのかと思ったが、男は刺さずにビリビリッと服を破いていった。

『っ……! い、いや!! やめて、お願い………!』

 泣きながらの懇願は、男の矜持を満足させたのか、頭を撫でてくる。気持ち悪い、気持ち悪い……!!

『お願い聞いてあげたいけれどさ、夜中だし、すこし静かにしようか。近所の人が驚いちゃうもんね』

 そう言って男に布で口を塞がれたあと、あたしは肩に酷い痛みが走り、くぐもった声で悲鳴を上げた。

『ん、んんんーーーーーっ!!』

『あぁ、──ちゃんは、血を流してる姿も可愛いね』 

 そこからは悲鳴をかき消され、泣きながら悲鳴を上げ続けるのが楽しいのか、男は笑いながら、あたしの体をあちこち刺し切り刻み、そして凌辱され殺されたのだ。

 

 

 

 

 始めて前世の自分を、死ぬ時の事を思い出した時。 

 そのあまりの自分にあった出来事の酷さに、お兄様達が来てくれなければ、一晩中でも泣き叫び、震え続けていた。

 それでも、優しい家族に囲まれて、記憶を少しずつ追い払えて消してこれたのに……。

 

 なんで、どうして!

 なんで、なんで、なんで…………!!

 なんで、あの時の男がここにいるの!!!

 

 わたくし、いいえ、は恐怖に身体が震え、ボロボロ涙が溢れだす。

 

「はははは!! そうだ、そうやって泣いてるのが見たかったんだよ! お前が俺から逃げられる訳ないだろう! はははは! ……あぁ、そうだ。このまま、あの時のもう一度再演しようか」

 

 何を、何を言っているの……。

 男の言葉に、何をされるのか分かり、身を捩らせて逃げようとしても、のしかかられてるから無理で。

 本当に、あの時の再現でもしようとしてるのか、胸の上辺りまでドレスが、一気に破かれていく。

 

「こんな青色じゃなく、赤いドレスに仕立ててやるよ」

「!」

 

 このままだと、あの時見たく殺され凌辱されると思い、抵抗しようとするけれども、お腹に気を失わない程度に、また強い一撃を落とされた。

 痛さと苦しさに、カハッと息が漏れる。

 抵抗しなくては、この男にまた好きな様にされてしまうのに。けれど、痛みに意識を持って行かれてしまい、その間に剣が肩の上辺りから、振り下ろされようとしているのが目に入る。

 もう間に合わないと、目をつぶった時。

 

 バタン!!

 

 と強く扉の開く音がしたのと同時位に、扉の方から、何かヒュッと空を切る音が聞こえてきた。

 と同時に、男から悲鳴の上がる声が耳に届く。

 

「ぐぁっ!!」

  

 何が起きたのかと、目を開けたわたくしが見たものは、投擲用のショートソードが、男の……マリユス様の右腕に、深々と刺さっている状況でした。

 

 わたくしを刺そうとしていた剣は、そのままマリユス様の手から落ちていき、ガシャン! と音を立てます。

 誰か来てくれたのかと、扉に目を向ければ。

 

「ヴィル……」

 

 そこにはわたくしを大切にしてくれる、わたくしの大好きな方の姿……ヴィルの姿がありました。

 あぁ、来てくれた……と、それだけで、わたくしの目からは、ポロリと一筋涙が零れます。

 ヴィルは、部屋で起きている状況に走って入ってくると、剣を振り上げ、マリユス様に向かって振り下ろしました。マリユス様もヴィルに気がついたのか、落とした剣を拾い、振り落とされたその一撃を受け止め、ガキィン! と強く、剣と剣が触れ合う音がしてきます。

 

「ジークから離れろ!!」

 

 怒りの形相を隠そうともしないヴィルが、大声で叫ぶのが部屋に響き渡りました。






───────────────────

※マリユスはのしかかった事と、ジークリットを叩いたのが、前世の時の状況と重なり、ここで前世を思い出しています。


ジークリットの痛々しい状況はこの話のみです。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る