だって楽しいんですもの・2
「あの……おそれいります、ジークリット様。滑舌や発音、声量とは、どういう意味なのでしょうか……?」
ポカンとしてたブリジット様ですが、すぐに疑問に感じていた部分の質問をされてきました。まるで、わたくし達のやり取りを聞いていらっしゃる、他の皆様方の代表の様な状態ですわね。
「言葉の意味のままですわ。詠唱魔法は、滑舌や発音が、しっかりしてればしてるほど、また声量に比例して、威力が強くなるのです」
理由はまだはっきりとは、分からないのですが。
「滑舌……言葉をしっかりすればそれだけでも、変わる、という事でしょうか?」
「えぇ、そうですわ。ブリジット様もお試しになられてみます?」
「え、よろしいんですか!? 是非! 是非ともお願い致します!!」
フワフワとされた感じの印象でおりましたが、ブリジット様は思ったより熱い方のようですのね。
……いえ、これは好きな事には集中してしまう、所謂前世で言う所の、オタク気質なのかも知れません。お仲間意識を感じてしまいそうです。
「ブリジット様の、属性魔法をお伺いしても?」
「私は水の属性です」
「それでしたら、水の初期魔法を、まずは見せて頂いても良いでしょうか?」
「はい、勿論です」
ブリジット様は給仕から空のグラスを1つ貰い受け、両手を胸の前で軽く掲げる所作をすると、その可愛らしい唇から、呪文が唱えられ始めました。
「ブルザ・ルーグ・エトゥリア
癒やしと潤い ひとすじの雫
清浄なりし 天からの恵」
呪文を唱えると、グラスに1杯分程の水が、タプンと湧き出しまします。
澄んだ水が、彼女の水属性の魔力の高さを現していますね。
「これでよろしいでしょうか、ジークリット様?」
「充分ですわ。綺麗な水魔法ですわね」
「ありがとうございます。それで、ここからどうすれば宜しいのでしょうか!」
「そうですね……」
ブリジット様から、水が入ったグラスを受け取り近くのテーブルへ置きつつ、まずすべき事を考えます。
先程の唱えた呪文をよく思い出して……。うん、そうね、まずは、あれをやってもらうのがいいかしら。
「ブリジット様は、滑舌が全体的に舌足らずな部分が感じられました。まずは滑舌を少し練習してみましょうか」
「はい!」
「舌の動きをよくする、発声法の1つです。まずは『ラタラタ……』『ラナラナ……』『ラカラカ……』こちらを何回か舌の動きに集中しつつ、口にしてくださいませ」
「え、ラタラ、タ……?」
「さようですわ。ふふ、騙されたと思って、やってみて頂いてもよろしくて……?」
「わ、分かりました! ラ、ラタ、ラタラタ……ラカラカ、ラカ……ラナラナラナ……」
最初は若干の照れ臭さと、おそらく「何故そんな事を?」という思いもあったのでしょうが、すぐに言葉を紡ぐ方に集中されてしまいましたわ。こうやって何事にも真面目に取り組む所、ブリジット様の素晴らしい所だと実感致します。
ブリジット様が何回か発声を繰り返し、大分滑舌が滑らかな感じになって来たようですので、そこで一旦止めていただきました。
「ブリジット様、ありがとうございます。それでもう充分ですわ」
「これでよろしいのですか? ……何か少し舌が痛いと言うか、疲れてしまった感じなのですが」
「それだけきちんと、今の発声法をされたと言う事ですわね。舌が疲れたのは、意識して使われたのと、あまり使うことの無かった部分を何度も使われたからですね。毎日少しだけでもやっておくと、疲れなくなりますわ。……さて、それではブリジット様」
わたくしは、給仕の方に頼んでいた大きめのを器を持ってきて貰い……あの、これは優勝カップか何かかしら? それとも、聖杯……? 調理に使うボウル等でよかったのですが、逆にこれをどこから持ってきたのかとか、これを本当に使っていいのか気になる所ですが。
給仕の方を見れば、何だか楽しそうな空気が隠せてませんし、よく見たら、周囲の貴族の方たちも、固唾を呑んで見守るというより、ワクワクされてます……?
何か変な期待をされてる気がしないでもありませんが、あまり深く考えるのは止める事にしまして、それをブリジット様に渡しました。
「では、今度は先程と同じ呪文を、舌の動きを意識しながら、唱えてみてくださいませ」
「はい」
「ブルザ・ルーグ・エトゥリア
癒やしと潤い ひとすじの雫
清浄なりし 天からの恵」
ゴポッ……ゴポポ、コポポポポ……!
ブリジット様が先程よりもはっきりとした言葉で唱えると、先程はグラス1杯分だったものが、優勝カッ……んんっ、聖は……ん、んんっ、器に溢れんばかりに湧き出しました。
同じ人間が、同じ魔法で、先程と違う結果が出た事に、ブリジット様も周りからも、驚きと戸惑いの声が上がります。
特にブリジット様は、自身で唱えたものなだけに、その結果の差に驚いて、大きな瞳を更に大きく見開かせ、湧き出された水をマジマジ見つめておりますわね。
……って、あら?
水を見つめていたブリジット様が、最初のグラスに注がれた水を一口飲んだあと、別の空のグラスに聖杯(と呼ぶ事にしました)の水を掬い、それもコクコクと飲まれて行きます。
聖杯の方の水を飲み終えたブリジット様は、喜色満面の笑みを浮かべ、私の方へと向き直りました。
「ジークリット様! 凄いです! 滑舌を良くしただけですのに、魔法の威力だけでなく、効果も強くなってます! 私の水魔法は若干の状態異常回復の効果があるのですが、ここ数日の疲労が一気に回復されました!! 状態異常回復の効果が、こんなに強化されるなんて凄いですわ!」
疲労って、状態異常に分類してもいいのかしら?
何にしても、徹夜続きの人たちに喜ばれそうな魔法ですわね……。
それはともかく、効果の方も強くなってる事に気が付いて頂けて、嬉しい限りです。
「気が付いて頂き、ありがとうございます。滑舌や発音を良くする事は、魔法の呪文の質を高める作用があるのです。これに声量を含めますと、さらに加算されて、威力・効果共に強くなります」
「発音は何となく分かりますが、声量は、声を大きく張り上げれば良いのですか?」
「それでもある程度は変わりますが、喉から張り上げる声では無く、お腹から声を出すと、より強まりますわ」
「え?」
所謂、腹式呼吸ですね。喉からよりも、お腹から声を出す方が、不思議と魔法の威力は強くなるのです。
前世では、役者兼声優の卵でしたので、この辺りに気が付けたのかもですね。
まさか、前世での職業が、こんな形で役に立つ日が来るなんて思ってもみませんでしたけれども。
滑舌や発音は早口言葉なんかは、本当に好きで、それはもうよく暇を見つけては、しょっちゅう口にしていたものです。
この世界にはアクセント辞典等はないから、自分で唱えつつ、発音をチェックしてきてましたが、やはり辞典は欲しい所なのですが。前世ではスマホのお陰でアプリで持ち歩ける様になって、より使う頻度が高まったものですわ。ふふ、なんか、懐かしいですわね。
……と、いけません。腹式呼吸についての質問に答えなくてはです。
「お腹から声を出す、腹式呼吸というのですが……これは、腹筋等のトレーニングで、ある程度体も鍛えたほうが良いのですよね。そうですね、その結果がどうなるかと言うと……」
私は建物内の舞台にある所へ、顔を向けます。
今日のパーティは、伯爵家の主催で、有名な劇団も招待されているのですよ。
舞台の近くにいる役者の方や団員の方々も、皆、こちらをみて様子を窺っております。
その中の1人、茶髪の男性、役者のヴィル。
劇団「コンソラトゥール」の花形である、人気のある役者です。
目が合ったのもあり、ちょいちょいと手招きをし、彼にこちらへ来ていただく事にしました。
少し癖毛な、肩に付くくらいの茶髪を1つに括っており、今日の演目の役柄なのか、青色の騎士の様な衣装を着ております。歩く度に翻る白いマントが似合い、女性からの熱い視線と黄色い悲鳴が響き渡ります。前世で舞台オタクだった自分も、少し血が騷ぎそうですわ。
「ごきげんよう、ヴィル様」
「ごきげんよう、ジークリット様」
お互い軽く笑い、挨拶を交わします。
ヴィルとは昔からの知り合いで、わたくしとはそれなりに長い付き合いなのです。
記憶を思い出してからは、昔のように舞台オタクとして過ごしている為、彼の所属する「コンソラトゥール」によく行くようになったのと、諸々の経緯があり、4年ほど前からわたくしが滑舌や発音、声量の練習方法を教える様になったのです。
それは当然、家族と一部の方々しか知らないため、わたくし達が知り合いなのかと、周りからは驚かれてしまいましたが……。まぁ、今はそこは置いておきましょうか。
「ブリジット様。こちらは劇団「コンソラトゥール」のヴィル様になります」
「えぇ、存じておりますわ! 私も何度か「コンソラトゥール」の舞台は観たことがあります。ヴィル様、お目にかかれて光栄です。ブリジット・トットと申します」
「ヴィルです。こちらこそ、舞台を観覧して頂けてたとの事、嬉しく思います。ありがとう」
「ヴィル様を今お呼びしましたのは、役者は体が資本、お腹から声を出す事も勿論必須ですから、魔法を使って貰えれば分かりやすいかなと思ったからですわ」
「必須……そうなのですか? 私、てっきり、役者の方は毎日劇の練習をするのだとばかり思ってました」
ブリジット様の問に、ヴィルは軽く笑って、それも間違ってはいないんですけれどね。と言葉を続けます。
「やはり体力作りは、欠かせませんから。先程ジークリット様が言っていた事は、基礎鍛錬は一通りきちんとやっているんですよ」
「そうなのですね。それで、お腹から声が出ると、魔法は効果がまたさらに大きくなるのですか?」
「はい。今からそちらをご覧に入れたいと思います。その為にここに呼んだのでしょう、ジークリット様?」
「えぇ、お願いしますわ」
コクリと頷いたヴィルは、手に持っていた杖をかざして、ゆっくり詠唱をしていきます。
「ラトゥー・グレッグ・ローラン
舞い魅せるは
赤の
役者なだけあって、建物の端から端まで届きそうな声量で、しかもこの大きさで荒げてる感じもなく、穏やかな声色での呪文です。
彼の唱えたのは、植物魔法の初期魔法。
本来であれば、風に乗って薔薇の香りを届けるという、魔法なのですが。
「まぁ……!!」
「おぉ、これは、なんと見事な!」
「素敵! バラが舞ってるわ……!」
「これが初期魔法だとは!」
ヴィルが呪文を唱えた後には、辺り一面に、まるで花吹雪の様に舞う、薔薇の花や花びら……!
花の香りとシャンデリアの灯りが相まって、とても幻想的な雰囲気を醸し出しているわ。
彼の植物を操る魔法は、本当にいつ見ても、美しいばかりね。
女性だけでなく、男性も今の魔法に、感動されているのが分かりますわ。
あぁ、やはり詠唱魔法は素晴らしいです。
言葉をしっかり綴るだけで、発音をきちんと正すだけで、声量を上げるだけで、呪文の理を把握さえしていれば、無限の可能性が出てくるんだもの。
……元々、そうでなくても、詠唱自体好きなんですけれどね。
だって呪文を唱えるのって、楽しいじゃないですか。
前世では、沢山のファンタジー漫画も読んできましたし、無詠唱の方が便利なのは重々承知ではありますが。
やはりこの呪文というのは、中二心を擽るのです。
魔法使い同士の戦いで、呪文を唱えつつ行われる戦闘とか、それはもう、それはもう、ドキドキワクワクさせられたものですわ!
無詠唱魔法の方が、メリットが強いとは言われましても、この魅力には逆らえません。とは言え、私は……
「ジークリット様?」
「あ、ヴィル様、申し訳ございません。少し考え事をしておりました。素晴らしい魔法の披露、ありがとうございます」
「俺でお役に立てたのであれば、何よりです」
「腹式呼吸を活かしての、詠唱魔法の強さを皆様に感じてもらおうと思ったのですが、上手く行った……かしら?」
「それはもう、問題ないかと思いますよ。ほら、よく周りを見てみてください」
ヴィルの言葉に、よく周囲を見てみれば、ブリジット様を始め、パーティに参加されてる貴族の皆様方が、詠唱魔法の可能性について、各所で論じられている姿が目に入ります。
今まで無詠唱魔法の方が良いと、論文等を出しても歯牙にも欠けて頂けなかったのに、こんな日が来るなんて思いませんでした。
「良かったですね、ジークリット様」
「えぇ、ヴィル様の魔法のお陰ですわ。ありがとうございます」
「……ジークが気が付いて、色々調べてきていたからこそ、だろ? 君のその努力無しに、この状況が生まれる事は無かったよ」
「私は昔から詠唱が好きだった、それだけの事なのだけれどね。でも今、皆が見とれているのは、間違いなく貴方の素敵な魔法のおかげよ?」
「植物魔法を使える事に、感謝しないとだな」
「ふふ、そうね。こんな素敵なの……ヴィル?」
舞ってる薔薇の花を1つ手に取った彼は、それを、話を続けようとした私の髪へと挿します。
そっと手を触れると、左側に飾られたその薔薇の花、真紅の花の感触が手に伝わってきて。
フワリと軽く香りが鼻腔を擽って、とても気持ちが良いわ。
「君の紫紺の髪に、赤の薔薇は、とてもシックな雰囲気になって素敵だね」
「ちょ」
「いや、俺としては白でも黄色でも青でも、良いんだけれど。紫のバラも送ってみたいけど、髪と同じ色になっちゃうからなあ。でもどの色でも他の花でも、ジークにはきっと似合うよ」
「き、急に何なのよ……」
「嫌?」
「嫌じゃ……ないわ」
紫のバラはちょっと笑ってしまいそうなので、止めてくれると嬉しいけれど。
でも。
「その、ありがとう……嬉しいわ」
「うん、喜んで貰えて俺も嬉しいよ」
「ジークリット様ー!! 詠唱魔法について、質問があるんですけれど、よろしいでしょうか!」
「えぇ、今行きますわ」
少し離れて他の方と話していたブリジット様が、こちらを見て手を振られております。
わたくしとヴィルは、顔を見合わせてから、ブリジット様の方へと向かいました。
─……そう、だから、だから気が付かなかったのです。
少し離れた所で、こちらを睨みつけてるマリユス様の姿に。
同級生の方に、何か指示を出されていた事に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます