だって楽しいんですもの・1

「よくも、俺に恥をかかせてくれたな!」

「恥も何も、真実をわたくしは申しただけで……」

「うるさい、うるさい!!」

 

 その叫び声と同時に、マリユス様は右手を私の方へ突き出します。

 右手に魔力を集めてるのが判り、ここで魔法を放とうとしてるのが判りますが、まさか建物内で放とうというのですか!? 

 そこまで非常識だったのかとはとなりますが、このままでは周囲に被害が出てしまいかねません。

 わたくしは髪留めにしていた魔法石をいくつか外して、わたくしの前に1つ、それ以外を周囲に放りました。

 これは、魔力を魔法石に封じ込めている髪留めです。それも魔法の威力を半減以下にする魔法をかけてあるので、周囲への被害はこれでほぼ大丈夫でしょう。

 とはいえ、これだけでは不安なので、わたくしは腰に身に着けていた杖を取り出し、呪文を口にし始めます。

 

「アリア・ベーレ・マリアーロ

 汝ら 頂きを目指し 伸び行くもの」

 

「ふん、そんな初級魔法の呪文で、俺の炎が防げると思うな!」

 

 わたくしの呪文の詠唱中に、「だから、詠唱魔法は役立たずなのさ!」と叫びながら、お得意の炎の魔法を、わたくしに向けて放ちます。

 

 得意と普段から豪語するだけあって、魔法の熱量は凄まじいものです。

 わたくしが想像していたよりも、威力がありますね。

 ですが、放った魔法石がその炎を吸収するように、強くルビー色に輝き、マリユス様から放たれた炎が吸い込まれていきます。

 残りの炎は、火打ち石の火花程度しか残らなかった為、周囲への被害はほぼ無くなったようです。

 魔法石を使っていなければ、周囲への被害は大惨事となっていた筈。それが、どれだけの大事になるのか、この方はやはり考えてはくださらないのでしょう。

 

「卑怯だぞ! 魔法石なんか使いおって!」

 

 これは、別に騎士の決闘でも何でもございませんから、卑怯と言われる筋合いはございません。それよりも、建物内で急に火属性の魔法を放とうとしたマリユス様こそ、非常識なのではないかしらね。

 

「まぁ、だが魔法石を頼っても、そんな初級魔法しか使えないのでは、俺の魔法で再度倒してやるまでだ」

 

 マリユス様がおっしゃるように、わたくしが先程唱えていた呪文は、初級魔法です。いえ、私が唱えた場合、それでも中級クラスにはなりますが。そして詠唱魔法は使い方次第なのですよ?

 

「 カー・ザーブ・ノアール・シースィ

 蛇のように靭やかに

 蝶のように舞い羽ばたき」

 

「な、なんだその呪文は……!」

 

「とまり木を目指し

 道を阻む敵に 絡みつけ」

 

「そんな呪文、聞いた事が無いぞ!」

 

「ル・ヴァンヴェール!」

 

 追加のスペルを唱えると、手にしていた杖……からではなく、マリユス様の周囲にだけ、床から魔法陣が浮かび上がると、ボコボコボコッと中から大きく太い蔦が現れます。

 成人男性の腰回り程はある太さの蔦に、マリユス様は勿論の事、周囲からも、突然の蔦の出現に驚きの声が上がってしまいました。

 

「ク、クソッ、何だこれは……! 離せ、離しやがれ……!!」

 

 魔法で現れた蔦は、あっという間にマリユス様だけを囲い縛り上げます。

 隣にいたブリジット様は驚いて、ペタリと座り込んでしまいましたが、怪我はないようですね。

 蔦に巻かれたマリユス様は、バタバタ足をバタつかせ体を捻って抜け出そうとしますが、蔦の縛り上げる力の方が強く、もがくばかりです。

 

「ジークリット! 今のはなんだ!」

「何と仰られても……マリユス様もご存知でしょう? 詠唱魔法ですよ?」

「ふざけるな! そんな呪文聞いたことが無いぞ!」

「当然です。わたくしが作り出した呪文なのですから」

「は? 何を言ってる! そんなのでこんな強い魔法が唱えられる訳がない!!」

「出来るのです。そもそも詠唱魔法は、」

「黙れ黙れ! 無詠唱に、詠唱魔法が叶う訳ないだろうが!」

 

 今まで散々バカにしていた詠唱魔法で、ご自身をグルグル巻の宙ぶらりん状態にされたのがよほど許せないのか、わたくしの言葉を聞こうとせず(いつもの事とも言いますが)強く否定の言葉を繰り返すばかりです。

 

 取り敢えず、魔法で黙らせますかと思った所で、わたくしに声をかける方がおりました。

 

「ジークリット様。こちらから声をかける御無礼お許しください」

 

 座り込んでいた筈のブリジット様が、綺麗なカーテシーでわたくしに許可を求めておられます。

 

「構いませんよ。どうされましたか、ブリジット様?」

 

 ブリジット・トット男爵令嬢。

 わたくしの家と同じく、元々は平民で商家として営んでいましたが、叙爵されて、三代ほど前に男爵になったと聞いています。(我が家が叙爵されたのは、何代も何代も前なので、今は子爵位にまでなったのですが、元は我が家も男爵位でした)

 ロブ程度の長さが似合う、ピンクのウェービーヘアーにライトグリーンの瞳。

 今日のドレスもパステルカラーのグリーンという控えめさなのと、彼女の綺麗な仕草が、とても雰囲気に似合っております。

 

 庶民から貴族世界に入ると、キツい事や嫌味等を沢山言われて大変でしょうに、努力をしてるという事は耳に入れど、悪い噂を聞いた事も言ってる所も見た事がございません。

 正直、ブリジット様でしたら、もっとお似合いの方が見つかるのでは……と思ってましたのて、何故マリユス様と付き合っているのか、謎です。

 

 そんな彼女とは、学園でもほぼ接点が無かったので、声を掛けられた理由が分からないのですが。

 

「ありがとうございます。お聞きしたいのは詠唱魔法についてです」

「詠唱魔法ですか?」

「はい。先程マリユス様も仰られた様に、通常、詠唱魔法はそれほど威力もなく、魔法の習いたてに覚えるもの、というのが通常の認識です。何故ジークリット様のは、その様に威力がおありなのでしょうか? 追加で唱えられてましたスペルが理由なのでしょうか!?」

「……」

 

 なんと言いますか……物凄いキラキラした目で質問されているのですが!

 ブリジット様が勤勉家なのは存じてますが、まさか詠唱魔法についてここまで好奇心丸出しの目と共に質問をされるとは、思ってもみませんでした。

 思わず、フフと軽く笑ってしまったのに気が付かれたのか、ブリジット様は、ご自分の熱意に気が付いてしまったのか、慌てて軽く頭を下げてしまいました。が、頬や耳が赤いのがとても良く見えてますわ、ブリジット様。

 

 ですが、そこまで聞きたいという熱意は、正直わたくしも嬉しくございます。

 これは、わたくしもきちんとお答えせねばなりませんね。

 扇子を口元から外し、ブリジット様へわたくしは軽く笑い掛けました。

 

「ブリジット様か仰られた様に、追加のスペルは威力を大きくしております。が、通常の詠唱魔法だけでも、私の場合、おそらく殆どの方に比べて威力が強くなっております」

「通常の詠唱魔法もですか?」

 

 見せた方が早いかと思い、まだ蔦に巻かれたままのマリユス様の方へと杖をかざしました。

 

「煌めく星々 冬の夜空

 中を舞う氷花の祝福あれ」

 

 これは氷の初級魔法です。

 水の属性を持った子供が、氷系の魔法を初めて習う時に、よく使われる魔法です。

 通常であれば、製氷機で作れる氷1粒位が作り出されて、それもすぐに弾け消えてしまう、弱い魔法なのですが。

 

「お、おい! あの太い蔦が!!」

「根本から凍っていってますわ!!」

「これが初級魔法の呪文の強さって、どういう事だ!?」 

 

 杖から氷が出るという事はなく、マリユス様を捕えたままの蔦が、根本から凍り始めていってます。

 それこそ、まるで早回しの動画でも見てるかのような勢いで凍っていきます。マリユス様が巻かれてる部分以外は、あっという間に凍りついてしまい、さながら氷の彫像のようです。

 わたくしが手にしている扇子をパチンと一際強くたたむと、それに併せて凍っていた部分の蔦に亀裂が入っていったかと思うと、皆様方が見てる前で、蔦ごと決壊し霧散して行きました。

 

「うべぁっ!」

 

 中々に個性的な声を上げて、マリユス様が蔦に絡まれたままドスンと、床に尻もちをついてしまいました。高さとしても、そんなに高い所から落ちた訳ではなかったので、取り敢えず怪我もなく尻もちだけで済んだようです。

 

「凄い、凄いです、ジークリット様!! どうしてこんなに、他の方に比べて威力がおありになるのですか!?」

 

 一連の魔法を見ていたブリジット様が、握り拳をしめて、目を爛々と輝かせながら聞いてきます。

 ……今、ブリジット様とお付き合い(? )されてる筈の、マリユス様が落っこちた訳ですが、そちらはいいのでしょうか……?

 チラリとマリユス様へ視線だけ向ければ、同級生達が、凍らせなかった部分の絡まってる蔦を外してくれてるので、まぁ、問題ないと思ったのかもしれませんね。

 

「難しい事では全然ないのです。正直、誰でも強くする事は出来るのですよ?」

「どうやってでしょうか?」

 

「えぇ、発音と滑舌を鍛えるだけです。あと声量もですね」 

 

「……発音と……滑舌……声量?」

 

 わたくしの言葉に、ブリジット様だけでなく、話を聞いてきた周囲の皆様も目が点になってしまってますわ。

 ふふ、なるかなとは思っておりましたが、やはりなってしまいましたわね。

 

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