話をもう少し聞くようにしないと、この先困るのでは
「ジークリット・マルロー!! 俺は貴様との婚約を破棄をする!! そしてブリジット・トットと婚約をする事を、ここに改めて宣誓する!!」
建物内に響くその無駄に声量のある大きな声で、それまで賑やかなパーティーをしていた、参加者の貴族の面々は、突然響きわたった言葉に何事かと一様にみな動きが止まります。
伯爵家主催のパーティーで楽しく雑談混じりだった会場内は、一転して水を打ったかの様な静けさになってしまいましたわ。
そうして、皆は何が起きたのかと、婚約破棄をすると告げられた、このわたくし、ジークリット・マルローへと視線を向けるばかりです。
……無理もありませんわね。普通であれば、こんな非常識な事叫びませんもの。
とは言うものの、なぜこの様な事を急に仰る事になったのか、その理由、念の為きちんと伺わいばいけませんね。
目の前の男性、マリユス・バシュラール様に。
「マリユス様。突然のマリユス様のお言葉に、皆様驚かれております。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
扇子を開き、口元を隠しながらのわたくしのその問い掛け。
それを待ってましたと言わんばかりに、フンと一つ鼻息を荒くさせ、肩に届くくらいのその真っ直ぐなプラチナブロンドをあざとく靡かせます。
鼻息の粗さは、伯爵子息の取られる態度として見られたものではありませんが。
「決まってるだろうが。この国シュヴァリエは騎士団の国だが、魔法も使える奴こそが優秀。それなのに、お前ときたら、未だに無詠唱が使えず詠唱魔法に頼ってばかりだろ。そんな落ちこぼれが、この俺の婚約者になど、ありえない事だ」
自分の髪をバサァ……と靡かせながら話すマリユス様。
邪魔なら結べばよろしいのにと毎回思ってはおりますご、そこは秘密です。
「その点ブリジットは無詠唱魔法も使え成績も優秀だからな。お前も騎士団の国で魔道士を目指すのであれば、無詠唱魔法位使えるようになってみろ! ま、そんなの無理なのは今更だけどな! ははははは!!」
ドヤァという効果音でも聞こえて来そうなふんぞり返りながら、隣のブリジット様の肩を強く抱き締めます。
確かにブリジット男爵令嬢様、成績悪くないのですよね。
恐らく学年で毎回5位以内の成績に入ってらっしゃる優秀者ぶり。
同級生、先生方の覚えもよろしくて、努力家との噂も高い方なのを、わたくしも存じております。
それで言えば、私は、毎回8〜10位辺りですので、そこだけで比較されるのであれば、確かにブリジット様の方が優秀です。その部分は間違っておりませんね。
わたくし、理数系が苦手なのですよね。それはもう、ほんとうに!!!!
全部が苦手とはいいませんが、一部の内容が全く意味がわかりません。
前世の時も点Pがどこにどんな速さで動こうが知りませんでしたわ。
暗記物や、体を動かす事は昔から得意なので、歴史や言語学、ダンスや礼儀作法など、そちらの成績だけをみれば首位を取れてるのですが、理数系が足を引っ張っております。
昔から化学も数学も苦手なのです。
それはさておき。
マリユス様は、相変わらず一番重要な事を覚えていらっしゃらない様なので、もう一度この場で指摘をしなくてはなりませんね。
「マリユス様。以前から申しておりますが、私達はそもそも婚約をしておりません」
「ふん、そうやって都合が悪くなると、誤魔化すのは相変わらずだな」
「何度も申してますが、事実です」
どう言えば伝わるのでしょうか……。
いつの世も、どの世界でも、人の話を聞かない方というのは存在しますが、まさかここまで酷いお方と言うのも、中々いない気が致します。
「子供の頃、貴様の家は、お前を婚約者として連れてきただろうが」
「仰るように、私たちは幼い頃に顔合わせをした事がございます。が、その時に色々ありまして、わたくしとマリユス様は婚約には至らなかったのですよ」
「まだ言うか」
「顔合わせの時にマリユス様が、わたくしへ横暴な態度を見せた事、なんなら、怪我も負わされた事に両親が激怒し、婚約に迄はならなかったのです。その後も特にお茶会なども、催されておりませんし、婚約者としてのやり取りは一切なかった筈ですが」
横暴な態度、怪我をさせたと言う言葉が周りにも聞こえたからか、わたくし達を見ていた皆様方がヒソヒソ囁き出します。
──……子供の頃に怪我を……?
──騎士団の国の民として、それはあるまじき行為なのではないかしら?
──確かにパーティーでもお二人が一緒に参列される所は、見た事ないよな。
──まぁ。では、本当にジークリット様の仰ってる事が正しいと言う事かしら……?
周囲の怪訝な目がマリユス様に向けられます。
そう言えば、今まで学園内でもパーティなどでも、婚約はしてないとしか言ってなくて、ここまでハッキリ口に出した事が無かったわ。
やはり何事も、口にしないといけませんね。
「お茶会もなければ、互いの誕生日に贈り物をすることも無く、手紙のやり取りすらも、パーティで一緒に参加等ももちろん一度たりとしてございません。どうしてこれで、婚約をしてると思われるのでしょう?」
「う、うるさい! 子爵家である、格下のお前から来なければ俺がよこす理由などないわ!! 自惚れおって!」
「いえ、自惚れてはおりませんが。わたくしは婚約をしてないのをわかっているのに、その様な事をする必要はございませんでしょう? 宜しければ、今ここで伯爵様にご確認を取られて頂いても、わたくしは構いません」
はっきり、ここまで言い切った事もあり、わたくしの言葉が真実なのでは……? と周囲がより一層ザワザワしだしました。
「ふん、大体俺は、怪我など負わせたことなんか無いだろ」
「……は?」
流石に予想し得なかった言葉に、わたくしも思わずポカンと口を開けてしまいました。口元を隠していて良かったです。
嘘をついて、そう言ってるというより、この方の場合、本当に記憶から排除されてそうなのが困りますね……。
ですが、今の言葉はいただけません。
「初対面の時、自分は騎士団長だーとか騒ぎながら、子供用の、剣先の潰れた物を振り回して、わたくしの顳顬に傷を負わせた事を、お忘れと……そう仰るのですか?」
前髪でいつも隠しているのと、化粧で目立たない様にしてはおりますが、今も傷跡として残っているのに。
傷跡を見るたびにお父様やお母様、お兄様達やお姉様に、悲しそうな顔をさせてしまっているのに。
わたくしは自分の前髪で左側の顳顬の傷跡を隠すようにしている、その紫紺色の前髪をあげ、手袋で化粧を擦り落としました。
そこには確かに古い傷跡があり、それを見たブリジット様や、周囲の方達の息を呑む音が響き渡ります。
正直、あまり見て気持ちいいものではないですし、見せたくは無かったのですけれども。
「この様な傷を負わせたからと、両親は怒り、伯爵様からも謝罪と多大な治療費慰謝料を頂いております。いい加減人の話を聞くくらいの事は出来る様になってくださいませんか? それともそういう内容を含めた言葉は、理解するのが難しいのでしょうか?」
「な……! 好き勝手言うな……! 戯れ言だ、そんなの!! 貴様らこんな言葉に簡単に騙されるんじゃない!!」
マリユス様が、周囲に違うと叫ぶものの、どちらが真実か分からないにしろ、学園でのマリユス様の傲岸不遜な態度も大きかったのでしょうか。あからさまに疑いの眼で見つめられております。
城の頂点よりも高いプライドをお持ちのこの方には、そんな態度で見られるのが耐えられなかったのでしょう。
肩を判りやすい位震わせながら顔を赤くさせ、目尻を厳しく上げてわたくしを睨みます。
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