一言も言った事はございませんが?

「ヴィル!」

「……ジーク」

 

 座り込んだヴィルを見て、わたくしはすぐに駆け寄りました。

 左胸から肩、腕辺りまでが、炎の魔法の直撃を受けてしまったために、そのあまりの酷い状態に、目を見張ってしまいました。

 わたくしが不甲斐ないばかりに、彼にこんな怪我を負わせてしまった自分が許せないです。

 

 とは言え、今は自分を責めるよりも、彼の怪我の回復が最優先です。怪我をしてる所に手を近付け回復魔法をかけようとした時、わたくしの手を、怪我のしていない右手でヴィルが柔らかく触れてきます。

 

「ヴィル? 早く手当てをしないと……それとも他に何処か怪我でも?」

「もっと早くに駆け付けたかった」

「え……?」

「部屋に入った時、ジークを組み敷いてるマリユスを見て、一瞬で頭に血が上ったんだ」

「……」

「痛かっただろ?」

 

 頬にヴィルが優しく触れてきます。

 先程までは、何度もぶたれた事で酷く腫れておりましたが、今はもう回復しているのに……。

 壊れ物の様に触れてくる彼の手が嬉しくて、私はフフッと笑いました。

 

「平気よ。これ位何ともないわ」

 

 確かにヴィルが部屋に入ってきた時点では、組み敷かれ、ドレスは破かれ、殴られて、怪我した所から出血もしていたので、端から見たら中々に壮絶な光景ではあったかもしれないけれども……。

 けれども、私の怪我は実際にもう腫れは引いてるし、顳顬も蹴られた傷は治っております。彼が心配する事など無いのです。

 

「うん、怪我はそうかもしれないけれど……」

 

 言い淀むヴィルは、悲しそうな顔を浮かべて私を見つめてきます。

 組み敷かれた事を、押し倒された事を指してるのでしょう。

 確かに押し倒された……というよりも、マリユス様が前世で関わった人間だった事が分かった時や、あの時と同じ事になりそうだった時は、殺された時の恐怖を思い出してしまったし、今も前世の最後の時の事を思い出すと体が震えますが。

 

 でも。

 

 頬に触れてるヴィルの手に、軽く頬をコテンと預けるように傾け、軽く微笑みます。

 

「私は大丈夫。ヴィルが来てくれたんだもの」

「……」

 

 これは嘘じゃないわ。

 あの時、また同じ目に合うのかとなった時、助けに来てくれたヴィルの姿に私は安心して、あぁもう自分は大丈夫なんだって、そう感じられたのですから。

 

 彼が今着ている服が騎士の衣装で、その姿が更に彼をカッコよく見せてくれていたのだけは秘密だけれども。

 

 私が軽く笑った事と、その言葉に、ヴィルも漸く笑みを返してくれました。

 

 そうして、そのまま顔を近付けてきたので、私も瞳を閉じ……ようとしたのですが、汗がツツッと滴り落ちていくの気が付き、私は彼の唇に手を当てて思わず近付いて来るのを止めてしまいました。

 

「待って」

「え」

 

 あと数センチで、互いの唇が重なる所で、私は待ったをかけてしまいます。まさかのストップされるとは思わなかったのでしょう、ヴィルはションボリと私を見つめてくるのですが。

 待って、その待てを我慢して、耳が垂れてる犬みたいな空気を出すのは反則よ。可愛すぎだわ。

 

 それこそ、私から抱きしめてしまいたくなる衝動に駆られてしまいましたが、誘惑を跳ね除けるように、私は首を振りました。

 

「先に治療しなくてはよ。こんな酷い火傷、放ってはおけないわ」

「大丈夫だよ、これ位」

「この傷のどこが大丈夫なのよ」

 

 そっと、汗を拭ってあげながら、私は治療をさせて欲しいと伝えますが、それでも大丈夫だからと笑うので、どう見ても痩せ我慢なヴィルの腕に、チョンと、本当に本当に僅かばかり指の先が、少しだけ触れる程度につつきます。

 

「ッ〜〜〜!!」

「少しつついただけで、そんな痛がってるのに、何で大丈夫だって言うの」

 

 痛みに耐える姿に、内心ではごめんなさいと強く謝るけれども、ここで引いたら、彼は絶対治療を後回しにしてしまうので、私も後には引けません。

 まだ強がるようなら、さらにつつくわよとでも言うかの様に、私は両手の人差し指を突き立て、つつく構えを取ります。

 ……本当にはしないけれども。

 

「……〜〜わかった、ごめん。本当はすごい痛いです。先に治療をお願いします」

「もう、最初から素直にそう言ってくれればいいのよ。強がるのは、ヴィルの悪いクセだわ」

「大事な人の前では、強がっていたいもんなんだよ?」

 

 笑いながらそう言うヴィルの顔に、嘘は見られなくて。

 

「……と、とにかく治療するから」

「ん、ありがとう」

 

 急にさらり恥ずかしくなる事を言うのは、心臓に悪いからやめてもらえないかしら。何だか楽しそうに笑ってこっちを見ているし。

 顔が赤くなりそうなのを、何度か深呼吸をする事で、落ち着かせます。

 

 私はヴィルの左胸近くに手を近付けると、そのまま何も唱える事なく・・・・・・・・回復魔法をヴィルに掛けました。

 

 柔らかな光が傷口を中心に辺りを包み込み、火傷で爛れてひどい状態の患部が淡く優しい光と共に治癒されていきます。

 

 少しの時間の後には、火傷の跡は欠片もなく、治癒魔法が終わり、私はかかけていた手を離します。

 

「肩や体の調子はどう?」

 

 私の言葉に、ヴィルは腕をぶんぶん回したり、手を握ったり開いたりして、状態を確認してますが、問題はなさそうです。

 

「うん、大丈夫、完全に治ってるよ。ありがとうジーク」

「どういたしまして。きちんと回復出来て良かったわ」

 

 大丈夫との事に私はホッと息を吐きました。

 回復してるだろうとは分かってはいましても、やはり何処か回復してないのではないかと、不安にはなりますものね。 

 安心して緊張が解けたのもあるからか、ドレスをマリユス様に破かれて肩が肌が出ているのもあり、軽くブルリと体を震わせた時です。

 

「……ジークリッ……お、前……」

 

 私が寒いのに気がついたのか、ヴィルが自分の隊服を脱ぎ、私の肩に隊服をかけようとしていた所で、小さな震える声が聞こえてきます。

 

「……マリユス様」

 

 意識が戻ったようですが、まだ起き上がる事は出来ないらしく、うつ伏せた状態のまま、こちらを睨み付けてきます。

 

「貴様、無詠唱で……回復魔法が……つかえる、だと……?」

 

 信じられないものを見る様な顔付きで、声を震わせながら言葉を吐き出すその言葉に、私は軽く息を吐きました。

 

「えぇ。わたくし無詠唱魔法も、使えますよ?」

 

 正直、何を今更、な所ではありますが。

 

「なん……だと……」

「……気が付かれなかったのですか? 魔法で痺れて体が動けないでいたわたくしが、どうして声が出ていたり、壁際まで移動出来てたと思ってるんですか」

「な……」

 

 言われて漸く気が付かれたようですね……。

 詠唱魔法しか本当に使えなかったら、痺れた体では呪文を唱える事自体が出来ませんので、マリユス様に魔法を仕掛ける事も出来なかったでしょうに。

  

 そして、わたくしの属性魔法は、光属性です。

 

 ブリジット様は水魔法でしたので、詠唱することによって、回復効果が強くなっておりましたが、光属性の最上級の回復魔法は元々、詠唱を行わなくても体力と怪我、状態異常は、全て完全に回復できますのよ。

 

「わたくし、詠唱魔法が好きなだけで、使えないなど一言も言った事はございませんが? 勝手にマリユス様が、勘違いされていただけです」

   

 扇子をパラリと開き、両手でもち口元を隠しながら、瞳を細め微笑みながら呟けば、マリユス様は瞳を大きく見開かせます。

 そのまま暫くは呆然とされていたのですが。

 

「……ふ、はは……」

 

 ……?

 突然笑いだしたマリユス様に、私とヴィルは顔を見合わせ首を傾げます。

 

「光属性とか……そうか、お前はそんな貴重な属性を……しかも無詠唱で唱えられるとは……流石は俺の婚約者だな」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 はい? ……え?

 え、今、この人、なんかおかしな事仰られました?

 わたくしの空耳でしょうか?

 この期に及んで、まだその様な世迷い言を仰るのです?

 

「ふ、なに、照れる事はない。お前が俺に釣り合う様にそこまで努力していた事、その健気な愛を俺は元々分かっているんだ」

 

 マリユス様の為に努力した事などございませんが。

 大体マリユス様、貴方は。

 

「マリユス様は、ブリジット様と婚約なされるおつもりなのでしょう?」

「あぁ、ブリジットな。お前に少しは嫉妬してもらいたいという、俺のお前への愛だ。照れる事はない」

 

 照れておりません。

 

「さぁ、俺ももう素直になろう。だから、取り敢えず早く回復をかけてくれ。このままでは可愛いお前を抱きしめられないだろ?」

 

 そう、マリユス様は背中から腰にかけて強く攻撃された状態なものですから、うつ伏せで顔だけ上げたまま話しているのです。中々に情けない姿ですが。

 しかし、それよりも。

 

 可愛いお前を抱き締められない。

 

 そのセリフの悍ましさに、わたくしは体がゾクリと震えました。

 わたくしを見る彼の目が、ギラギラと獲物を狙うかの様で。言葉口調だけなら今までのマリユス様なのですが、纏う空気が、薄気味悪く口角を上げて笑う口元が、まるでわたくしの事を逃さないと執着してるあの男の様で、気持ち悪くなり吐き気を催してきます。

 

「はは、ジークリット、分かってるだろ? お前は俺に愛されてるんだ。だからお前は俺のなんだ。さぁ、早く互いに愛し合」

 

「……お前、さっきから何を言ってるんだ?」

 

 ドスッと。

 

 マリユス様が呟こうとしてる言葉を遮る様に、眼前に剣を突き立てながら、温度を感じさせない低く冷たい声が、ヴィルの声が部屋に響き渡っていきます。

 

 




──────────────────────── 

 マリユスは、支離滅裂な事しか言ってませんが、本人だけは間違った事は何も言ってないと思い込んでいます。

 

 もうあと少しで話も終わりますので、頑張って書いていきます( ・ิω・ิ)

 

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