精霊剣士

 ギルド本部の敷地内には修練場が複数あり、今回俺たちが向かった地下修練場もその一つらしい。広さは相当なもので、天井もかなり高い。

 

「地下修練場は、主に魔物の討伐訓練などで使用されます。地上の修練場と違い、地下であれば魔物がうっかり外に逃げ出すことはありませんから」

「なるほど」


 クラリスさんの解説に頷く。

 確かに地上の修練場では、なんらかのトラブルで魔物が脱走する可能性はぬぐえないだろう。


「魔物相手を想定している都合上、ここの頑丈さはかなりのものだ。思い切り戦える貴重な場所なんだよ、この地下修練場は」


 ギルドマスターがそう補足する。


 さて、地下修練場にやってきた俺たちはギルドマスターと一定の距離をはさんで向かい合う。


「よーし、がんばるぞー」

「『剣聖』だかなんだか知らないけど、ロイのほうがすごいってことを見せつけてやるわ」


 俺の隣に立つのはシルとイオナだ。

 対面のギルドマスターが感心したように言う。


「本当にその二人はきみの契約対象なんだね」

「疑うなら証拠を見せましょうか?」

「いや、いいよ。カナタがそう言ったのなら嘘はないはずだ。そうだろう、カナタ?」

「うむ。自分は嘘など吐き申さぬ。信頼してくれていいでござるよ」


 ギルドマスターの言葉に頷くカナタは、今回の模擬戦の審判役だ。

 クラリスさんいわく、カナタの目の良さはSランクの中でもトップクラスなんだとか。模擬戦に参加しないセフィラも彼女の横にいる。


「というわけで、シル君やイオナ君の参加に文句はないよ」

「そうですか」

「さて、模擬戦のルールだが、これを使おう」


 ギルドマスターは独特な紋様が入った腕輪を投げ渡してくる。


「これは装備すれば自動的に防護魔術を発動させてくれる魔道具だ。一定以上のダメージを負えば、ガラスが割れるような音とともに防護魔術が破壊される」

「つまり、防護魔術を破壊するだけのダメージを与えたほうが勝ちだと?」

「そういうことだ。理解が早くて助かるよ」


 便利なアイテムだな。

 腕輪は二つ渡されたので、片方をイオナに渡しつつ最後の確認をする。


「ギルドマスター。俺が勝てば、アルムの街の件について説明してもらえるんですね?」

「もちろん。ギルドマスターの地位に誓って嘘は吐かないよ」

「言質は取りましたからね」


 そういうことなら全力で戦うだけだ。


「シル、剣の姿になってくれ」

「うん!」

「ロイ、あたしは?」

「イオナは人間の姿のまま戦ってくれ」

「了解」


 二人に指示を出し臨戦態勢に入る。


 イオナにそのままの姿でいてもらったのは、的が大きくなることを避けるためだ。『剣聖』と呼ばれているだけあってギルドマスターの武器は剣。

 竜になったイオナの巨体では、懐に入られるリスクがある。


「各々準備はよろしいか? それでは――はじめ!」


 カナタの声が響いた瞬間。


「【飛行】!」


 俺は即座に空中へと移動した。


「ほう、空も飛べるのか! それも召喚獣の能力かい? まさに万能だね」


 驚いたようにギルドマスターが言う。

 相手が剣なら近づかなければ問題ない。剣の間合いはたかが知れているのだから。

 あとは一方的に遠距離系のスキルを撃てばいい。


『……ロイ、なんかずるーい』

「うるさいぞシル」


 今回はどんな手を使ってでも勝つことが優先だ。だいたいギルドマスター相手に正面から挑むほど無謀じゃない。


「はああああああああああああっ!」

「おっと! なるほど、ロイ君は空中に逃げて攻撃の準備、イオナ君がその間僕の動きを封じる役目か」


 凄まじい速度で繰り出されるイオナの拳や蹴りをかわしながらギルドマスターが頷く。


 やがて――ぱしっ、と。

 イオナの拳をギルドマスターが受け止めた。


「――ッ!?」

「けれど、残念ながら僕はただの<剣士>ではないからね」


 掴んだイオナの拳を離さず、ギルドマスターはそのまま彼女を投げ飛ばした。

 おいおい、どんな腕力をしているんだ……!?

 イオナの力は人間離れしているっていうのに。


「さて、それじゃあ万能なのは君だけじゃないと証明しようか。――風精召喚【シルフエッジ】」


 宣告した瞬間。

 ギルドマスターの周囲に半透明の少女のようななにかが現れた。

 なんだあれ……?


「いくよ」


 ギルドマスターが宙にいる俺に向かって剣を薙ぐ。

 届かないだろう、この距離じゃさすがに。


 そんなことを思っていたら――斬撃が透明な刃となって飛んできた。


「うおっ!?」


 慌ててシルを盾にして防ぐ。

 手がしびれるほどの威力に後方に押される。


「動きが止まっているよ」

「――ッ」


 宙にジャンプしたギルドマスターがあっという間に俺の目の前に迫る。剣を振るわれ、なんとか防ぐも地面に叩き落される。

 たんっ、と軽やかな着地音とともにギルドマスターが降りてくる。


「今のが『剣聖』の能力ですか」

「ん? いや、そういうわけじゃない。『剣聖』っていうのは単なる通り名で、僕の職業はまた別だよ」


 ギルドマスターは自らに寄り添う半透明の少女を撫でると、その姿を消させる。


「僕の職業は<精霊剣士>。各属性の精霊を使役し、剣にその力を与えることができるんだ」


 <精霊剣士>。

 聞いたことがない職業だ。おそらくかつて戦ったジュードの<重剣士>と同じように、<剣士>から派生した上級職だろう。


「こんなふうにね。雷精召喚【トニトルスエッジ】」


 ギルドマスターが真上に剣をかざすと、それに呼応するように天井に雨雲が発生する。

 おいおい、ここは屋内だぞ……!?

 俺が息を呑むと同時、膨大な量の雷の雨が降り注ぐ。


「ぐおっ……!?」

「んぐっ!? し、痺れるっ」


 俺とイオナは回避行動をとるも数発は体をかすめてしまう。手数が多すぎる!


「動きが止まったね。炎精召喚【サラマンダーエッジ】」


 ギルドマスターの振るった剣から爆炎が放たれる。


「イオナ! 後ろに飛べ!」

「……っ!」


 慌てて身を守りながら後ろに飛んで衝撃を逃がそうと試みるが、それも不完全だ。

 ビシッ! という音が連続して二回響く。

 俺とイオナにかかっている防護魔術が解けかけているのだ。


『二人とも大丈夫!?』

「……なんとかな」

「……こ、このくらい余裕だわ」


 シルの慌てた声にそう返事をする俺とイオナ。


「どうしたんだい、二人とも。この調子では僕から情報を引き出すことなんでできないよ」


 爆風の中から悠然と現れたギルドマスターがそんなことを言っている。


 よし、ここまでの戦いを総括しよう。


 向こうは無傷で、俺とイオナはすでに防護魔術が解けかけている。

 相手は<精霊剣士>という上級職であり、まだまだ手札を隠しているだろう。おまけに一発一発が強力すぎて近づくことすらできない。

 さらに最初の攻防でイオナをあしらったこともあり、近接戦闘に持ち込んでもおそらく勝ち目はない。


 うん。

 …………なんだあの化け物は……!?

 いくらなんでも強すぎるだろう。絶望感が凄まじい。あの人がアルムの街に来ていればゼルギアスなんて一分持たなかったんじゃないだろうか。


 あれがSランク。

 世界中の冒険者の中で頂点に立つ存在。


 あの人に勝つには正攻法では無理だ。

 ……一か八か、やってみるしかないか。


「イオナ、ブレスを頼む。思いっきりだ」

「わかったわ。……スゥッ――」


 息を大きく吸い込むイオナ。


 そう、イオナのブレスは強力だが一瞬のためが必要になる。


「なにをするつもりかしらないけど、させないよ。風精召喚【シルフエッジ】」


 さっき見た風の刃が飛んでくる。

 まあ、こんなの邪魔されるのはわかりきってたことだ。

 まずはこれを防ぐ!


「ッ……おおおお!」


 渾身の一振りによって風の刃の軌道を逸らすことに成功する。目を見張るギルドマスター目がけて、十分なためを行ったイオナのブレスが放たれた。

 すべてを焼き尽くす劫火のブレス。

 その直撃ルートに立つギルドマスターは、それでも動揺しない。

 剣を優雅に薙ぎ、


「水精召喚【ウンディーネエッジ】」


 召喚した水の精霊の力によってイオナのブレスを消化する。じゅうっ! という音とともに白い水蒸気が満ち、必殺のブレスが無力化される。


 ここだ。

 俺は白く濁った視界の中を走り出す。


 視界が悪い今ならギルドマスターに近付くことができる。


「なるほど、これが狙いか。面白い。けれど剣での打ち合いなら僕も望むところだよ」


 ギルドマスターが剣を構える気配。

 おそらくこのまま突っ込んでも迎撃されて終わりだろう。だから俺は最後の小細工をする。


「【召喚:空渡ノ長靴】」

「!?」


 ギルドマスターが剣を振るのに合わせて短距離転移を行う。移動先は斜め前方二メートル。ギルドマスターは片目を眼帯で塞いでいるため、そちらに転移すれば死角に潜り込める。


 一瞬前まで俺がいた場所を正確にギルドマスターの剣が通過するのを見ながら、俺はシルを振るった。


「おおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ぴしり。

 ガラスの割れるような音とともに砕け散ったのは――


「……俺の負け、ですか」


 俺の防護魔術が解除される。


 転移した俺の攻撃よりもさらに速く剣を引き戻したギルドマスターは、死角にいた俺を気配のみで察知して再度迎撃した。

 俺の剣はわずかにギルドマスターの防護魔術にダメージを与えたが、それを破壊するところまではいかなかった。


「いや、素晴らしい作戦だったよ。まさか瞬間移動で死角に潜り込まれるとはね」

「……どうも」

「一つ尋ねたいんだけど、君はイオナ君のブレスを目くらましとして使っていたね。けれどあれは、僕が水魔術系のスキルを持っていなければ成立しなかった。なぜそれに踏み切れたんだい?」


 不思議そうなギルドマスターに俺は言った。


「ただの賭けです。あなたほどの強者なら、イオナのブレスも防ぐだろうと思っていました」


 ギルドマスターの言う通り、俺はイオナのブレスを相手の視界を塞ぐために使った。

 どんな手段で防御されるかはわからなかったが、イオナのブレスは超強力だ。

 それを防ぐならそれなりに効果の大きな手段であるはず。

 そうなれば少しは隙ができると読んだ。


 それに加えて『空渡ノ長靴』を合わせれば、勝てるかと思ったが……

 やはりギルドマスターは化け物だ。


「ろ、ロイは頑張ったよ!」

「そうよ。落ち込む必要なんてないわ」

「ありがとな、二人とも」


 励ましてくれるシルとイオナの頭を撫でる。特に矢面に立たせてしまったイオナは念入りにだ。


 なでなでなでなで。


「……ん」

「イオナいいなあー」

「シルもちゃんとやってるだろ」

「熱の入り方が違う! 私にももっと!」

「はいはい」

「独特なコミュニケーションだね。君たちは本当に面白いな」


 ギルドマスターに感心されてしまった。

 ……さて、だ。


「ギルドマスター。また挑んでも構いませんか?」


 今回は俺たちの負けだ。

 しかもおそらくギルドマスターは全然本気じゃなかった。完敗だ。

 ギルドマスターは首を横に振る。


「いや、その必要はない。……合格だよ、ロイ君。君たちほどの実力があれば、『予知者』のことを知らせても問題ない」


 ん?


「というか、君はカナタが斬れなかった『魔喰いの悪魔』を倒したんだろう? その時点で実力は折り紙付きだし」


 んん?


「今回のはぶっちゃけ、僕が君の実力を知りたかっただけなんだよね。だから再戦の必要はないよ」

「つまり最初から俺に話をするつもりだったと?」

「そういうことだね」


 ……

 なんだったんだよ今の戦いは……ッ!

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