予知姫
「あっははは! そもそもアランに勝つというのは相当難しいでござるよ。拙者やクラリスであっても一本取れたことはないでござるからな!」
「先に言ってくれ……」
「本当にお強いんですね、アラン様は」
カナタの言葉に俺はげんなりし、セフィラは素直に驚嘆していた。
さすがはギルドマスター。初めから今の俺ではどうしようもなかったというわけだ。
「……」
「ロイ、どうしたのー?」
「いや……ギルドマスターの強さは十分わかったけど、それでも不甲斐なくてさ。シルやイオナだけじゃなく、みんなの力を借りている身なのに」
召喚獣や召喚武装は俺を認めて力を貸してくれている相手だ。
そのご主人様である俺があのざまでは、申し訳が立たないと思ってしまう。
俺にもっと機転が働けば、一発くらいは入れられたんじゃないか、と。
「そんなことないよ、ロイ!」
「そうね。今回は負けちゃったけど……次またやったときに勝てばいいだけよ。ロイはまだまだ成長途上なんだから気にする必要ないわ」
「……ありがとな」
またシルやイオナに励まされてしまった。
「それに、ロイのそういうところ好きだな~」
上機嫌そうにシルが言う。
「そういうところ?」
「私たちのことを、ただの下僕じゃなくて仲間として見てくれるところ! そういうロイだから、私たちも頑張ろうって思えるんだよ!」
「そんなの当然だろ。お前たちを下僕扱いなんかできるか」
人間じゃなかったとしても、シルたちは大切な仲間だ。
もちろんセフィラや、Sランク相手に図々しいかもしれないが、カナタだってそう思っている。そこに線引きなんてない。
「素晴らしい関係だね。それが君たちの強さの秘訣というわけかい?」
「ロイへの愛なら負けないよ~!」
「羨ましいことだ。僕の精霊は言葉を返してはくれないからね」
そう言ってギルドマスターは、眼帯に覆われていない方の目を笑みの形にした。
さて、今の俺たちの行動について説明しておく。
ギルドマスターとの模擬戦を終えた俺たちは、馬車で王都の中を移動しているところだ。
「それで、ギルドマスター、クラリスさん。俺たちは今どこに向かっているんですか?」
「王城だよ」
「予知者の話をするならそれが手っ取り早いですからね」
向かいの座席につくギルドマスター、クラリスさんがそう告げた。
やっぱりそうなのか……
明らかに向かっているのが王都の中心に立つ大きな城だったので、そんな気はしていた。
というか一介の冒険者である俺が王城なんかに入って大丈夫なんだろうか? ギルドマスターと模擬戦をしたことといい、随分遠いところに来ている感じがするな。
王都の中央にやってくる。
「おっきい湖~!」
「街の中心にこんな場所があるなんて不思議な光景ね」
「綺麗なお城です……!」
馬車から下りたシル、イオナ、セフィラが目の前の光景に目を輝かせる。
王都の中央にあったのは、大きな湖に浮かぶ白亜の城だ。
城の入り口までは石橋が伸び、奥には兵士に守られた大きな扉がある。
「見事な外観だよね。僕も現役冒険者時代は色んな国を回ったけど、ここ以上に美しい城は見たことがないよ」
「それもそうでしょう。ここレンディル城は、とある商会が発行している観光雑報によれば『死ぬまでに訪れたい名所』ランキングで十年連続の第一位ですからね」
「おっ、さすが『賢者』」
「それほどでも」
ギルドマスターの言葉に、すちゃり、と眼鏡を上げながら頷くクラリスさん。
「周囲が湖に囲まれているゆえ攻めにくい。手ごわい城でござるな」
「その着眼点はどうなんだ、カナタ……」
そして視点が城を攻撃する側なのが不穏すぎる。
「これはギルドマスター殿! それに『賢者』殿と『神速』殿まで……どうぞお入りください!」
Sランク三人の顔パスで門を抜けて城に入る。
兵士たちも慣れているようだし、ギルドマスターたちが王城に来るのはよくあることのようだ。俺たちもギルドマスターの連れということで特に怪しまれたりはしなかった。
城の中を移動していく。
建物の中に入り、やがて一つの部屋の前にやってきた。
その扉の前には一人の騎士が直立している。
「お嬢様になにか用か、『剣聖』」
「紹介したい人がいるんだ。だから通してもらえるかい、クリフ」
クリフ、と呼ばれた騎士は身長百九十センチを越える大柄な人物だ。大剣と鎧で武装したその姿はまさに『重装騎士』といった雰囲気を発している。
「俺はお前たちが嫌いだ。またお嬢様に無理をさせるつもりか? ただでさえお体が丈夫ではないというのに」
重装騎士はギルドマスター相手に苛立ったような声を出す。
随分険悪な雰囲気だな。ギルドマスター……というか、冒険者ギルドと何か確執でもあるのか?
「彼は……ロイ君は、きっと彼女の力になるよ」
「……ふん。もしその言葉が嘘なら叩き切ってやる。そこの馬の骨もろともな」
重装騎士は俺をじろりと睨むと、道を開けた。
「ロイを馬鹿にした? 馬鹿にしたよね?」
「いい度胸だわ」
「落ち着いてくださいお二人とも。ここは室内ですから暴れては迷惑がかかります」
「ストップだシル、イオナ。それにセフィラも、それだと室外なら暴れてもいいと考えているように聞こえるからな」
俺を『馬の骨』呼ばわりされて仲間たちが殺気立っている。
俺は気にしていないので騒ぎは勘弁してほしいところだ。
そんな一幕がありつつも部屋の中へ。
そこはいかにも貴族の私室、という雰囲気の部屋だった。
「今日は随分人数が多いですね、アラン」
「そうですね。ぜひ彼をあなたに紹介したくて、連れてきてしまいました」
「クラリスにカナタも久しぶりですね。ごほっ……このような恰好ですみません」
「お気になさらず。シャーロット様の体調がなによりも大切ですから」
ギルドマスターが話しかける相手に対して、俺は思わず息を詰めた。
大きなベッドから上半身だけを起こしているのは、凄まじいまでの美少女だった。
白に近い銀髪に紫の瞳は神秘的で、道を歩けば男女問わず視線を集めるだろう。
体調でも崩しているのか、どこか顔色は悪そうなのが気になるが。
「むっ!? ロイが女の人に見とれてる……!?」
「ああいうのがタイプなの!? 儚げで守ってあげたくなる系の!」
やめろやめろやめろ。初対面でぶしつけにもほどがあるだろうが。
「ロイ君、自己紹介をしてもらえるかい?」
苦笑交じりにギルドマスターに促されたので口を開く。
「あ、はい。冒険者のロイです」
「ロイ、ですか。私はシャーロット・フォン・レディリア。この国の第三王女です」
王女。
どうやらこの白髪の少女は雲の上のお方のようだ。
「ロイ、ちょっといい?」
「ん? どうしたシル」
「あの子、相当神気が濃いよ。ロイほどじゃないけど」
「そうね。あそこまで神気が濃い人間は珍しいわ」
シルとイオナがそんなことを言った。
神気というと、神界の気配のようなものだったか? シルやイオナが俺に撫でられるとトリップするのはそれが原因だとか聞いたような気がする。
「ごほ……げほっ」
シャーロット様が不意に咳き込む。
「お体は大丈夫ですか? もし仕切り直した方がよければ出直しますが」
「いえ、構いません。……それでアラン。一介の冒険者を連れてきたということは、以前の『予言』に関する話ですか?」
シャーロット様の言葉にギルドマスターは頷く。
「その通りです。カナタ、アルムの街での出来事をシャーロット様に伝えてもらえるかい?」
「任されたでござる」
カナタがギルドマスターの指示を受けてアルムの街を襲った魔神将ゼルギアスのことを説明する。
説明を終えると、シャーロット様は目を見開いた。
「では、街を救ったのはカナタではなくロイだと?」
「そういうことでござるな。拙者の剣はあの怪物にかすり傷一つつけられなんだ……」
悔いるように呟くカナタから視線を外し、シャーロット様が俺を見てくる。
「俺はたいしたことはしていません。仲間の力のおかげです」
「仲間というのは、召喚獣のことですか?」
「はい。それに加えて、ここにいる召喚武装のシルや、セフィラ、カナタがいたからです」
「なるほど。けほっ……実力に加えて、謙虚な性格の持ち主なのですね」
俺は本心から言っているんだが、ことごとく変な伝わり方をしている気がするな……
「いいでしょう。あなたになら私の秘密を教えても」
「秘密?」
「はい。ですが……ごほ。私はこの通り話すことに向きませんので、説明はアランに任せます」
「わかりました」
止まらない咳を理由に説明役を辞退したシャーロット様は、ギルドマスターへとその役目をゆだねる。
いよいよ俺が聞きたかった話が聞けるようだ。
「重要な点から話そう。まず、シャーロット様は『予知者』だ。断片的ではあるが、未来の映像を見ることができる」
未来の映像を見る。それがどれだけ凄まじい能力なのかは俺でも理解できる。
「何らかの職業の能力ということですか?」
「いや、そういうわけじゃない。予知能力は王家の血を引く者にたびたび現れる体質のようなものだ。また、予知できることも限定されている」
「限定?」
「ああ。シャーロット様が予知しているのは――『世界の終末』に関することだ」
静かに告げたギルドマスターの言葉に、俺やシルたちは息を呑む。
ギルドマスターは説明を続ける。
「簡単に言えば、シャーロット様は世界が滅ぶことに関連する未来を見通すことができる。おそらくはその回避のために、神々が与えた祝福だというのが我々冒険者ギルドや王家の出した結論だ。シャーロット様に下される予言に従うことで、世界の破滅を防ぐことができる」
「ま、待ってください。世界が滅ぶってなんですか? そんな気配、まったくないじゃないですか」
物語のように、勇者と対立する魔王がいるわけでもない。
急にそんなことを言われても混乱するばかりだ。
ギルドマスターは静かに続ける。
「ロイ君の言うことももっともだ。かつては予知者の言葉なんて誰も信用しなかった。……しかし、当時の予知者の言葉を無視した結果、人類に友好的だった一つの種族が絶滅する寸前まで追い込まれた」
「……!」
「それ以来、予知者の意見は信じるべきだと、王族や冒険者ギルドの上層部には認知されている」
ギルドマスターの言葉には単なる情報以上の重みがあった。
それが真実だと、聞き手の俺たちに確信させるほどに。
「だからこそまずいんだ。予知が本当ということは、シャーロット様が見ている世界の破滅も起こることになる」
「世界が滅ぶとどうなるんです?」
ギルドマスターから目配せされ、シャーロット様が口を開く。
「人間含め生物はすべて死に絶え、草木一本生えない土地が世界を覆います。あれは絶対に実現していい未来ではありません……!」
シャーロット様の口にした未来図は、あまりにスケールの大きすぎた。
なんだよそれ。
そんなことが有り得るのか?
「もちろん、そうさせるつもりはない。ここからは君も知っている話だよ、ロイ君。アルムの街にカナタを派遣したのは予知の結果を変えるためだ」
「アルムの街が関係しているんですか?」
「シャーロット様の予知によれば、アルムの街は雷によって滅ぶはずだった。だが、周辺の気候条件から考えて自然の雷とは考えにくい。だから魔物や人間の<魔術師>だと予想して、カナタに討伐を命じたんだ」
ああ、そういえばカナタはそんなことを言っていたな。
雷を操るなにかを探しているとかなんとか。
あれはシャーロット様の予知した世界の終末を回避するために、ギルドマスターがカナタを派遣した結果だったわけだ。
「なら、どうしてカナタだけを寄越すなんて中途半端な真似をしたんですか? アルムの街に被害が出ると予想できてたなら、冒険者の集団やら軍隊やらを派遣したり、街の人を避難させたりできたはずでしょう」
ギルドマスターは俺の質問に、ちらりとベッドの上のシャーロット様を見た。
「……シャーロット様の存在を、敵勢力に知られたくなかった。シャーロット様は体が弱く、敵に襲撃された場合、最悪の事態も有り得る」
「集団を動かせば敵に違和感を与えるということですか?」
「そうだ。カナタ個人であれば『たまたま居合わせた』と言い訳できるからね」
シャーロット様は重要な存在だが、病気であるため色々と制限があるそうだ。
たとえば、敵襲があった際に速やかな避難ができない、など。
もちろん護衛はついているが、だからといって楽観はできない。
シャーロット様の予知がなければ、世界の滅びを防ぐことは実質不可能となる。だからギルドマスターは犠牲が出るとわかっていても、あえてカナタのみに事態を任せた。
「現場にいた君からすれば納得することはできないかもしれない。僕の判断で君を思いつめさせてしまったことは、すまなかった」
ギルドマスターはわずかに頭を下げる。
この人はすべてわかっていて、決断を下したのだ。
少数を犠牲にしてでも、シャーロット様を守ることでより多くの人命を救おうと。
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