Sランク

 このレディリアには世界に散らばる冒険者ギルド支部を取りまとめる本部がある。


 その建物はやはり大きく、広大な敷地に三階建ての大きな建物がいくつも並んでいる。

 カナタいわく、冒険者の修練場やら、魔物や地形のデータを保管しておく書庫、職員用の宿舎などがあるらしい。


「こっちでござるよ」


 その中でも中央に位置する建物にカナタが案内してくれたので、後に続く。


「あら、カナタ?」

「む?」


 ロビーに入ったところで一人の女性がカナタに気付いて声を上げた。

 紫色の髪をした、二十代半ばぐらいの女性だ。しかも相当な美人である。眼鏡をかけていて、知的な雰囲気がある。


 彼女を見たカナタがぱっと手を挙げる。


「クラリス! 久しぶりでござるなあ!」

「知り合いか、カナタ?」

「うむ。友人でござる。ロイ殿も話したことがあるでござるよ。ほら、あの金策のときに自分が通信石をお渡ししたときの」


 あ、例のサファイアワイバーンのことを教えてくれた人か。

 こんなタイミングで会えるとは予想外だ。


「クラリス。こちらが以前話したロイ殿と、シル殿、イオナ殿、セフィラ殿でござるよ」


 カナタが紫髪の女性――クラリスさんに俺たちを紹介する。

 するとクラリスさんが思い出したように言う。


「ああ、例の<召喚士>の。うちの同僚が世話になりました、ロイさん。私はクラリス・イザードといいます」

「<召喚士>のロイです。以前はサファイアワイバーンのことを教えてくれてありがとうございました」

「いえ、お気になさらず。たいしたことではありませんので」


 特に気にしていないようなクラリスさん。クールだ。


「シルだよー!」

「イオナよ」

「セフィラと申します」

「シルさん、イオナさん、セフィラさんですね。こちらこそよろしくお願いします」


 挨拶が済んだところで、クラリスさんがカナタに尋ねる。


「ところでカナタ、もしかしてギルドマスターのところに彼らを連れていく途中でしたか?」

「うむ!」

「となると『あの件』についてですか。では私も同行します」

「そのほうがいいでござろうなー。どうせあとでアランから呼び出されるであろうし」

「?」


 なんの話だ?


「それでは行きましょうか。ギルドマスターならこの時間、執務室にいるはずですから」


 なんだかよくわからないが、ここからはクラリスさんが案内してくれるようだ。


 俺たちはクラリスさんに先導されながらギルド本部内を移動していった。




「副ギルドマスター! こちらの資料はどこに」

「第四倉庫の奥から二番目の棚にあったはずです。よく探してください」

「副ギルドマスター、素材の買い取り業者がごねています!」

「マニュアル通りの対応で構いません。理不尽な条件を出しているわけではないのですから、毅然とした態度で臨んでください」


 ……クラリスさん、頼られてるなあ。

 移動中に、何度もギルド職員に話しかけられてはアドバイスをしている。

 というか、気のせいでなければ『副ギルドマスター』って呼ばれてないか?


「カナタ。クラリスさんって何者なんだ?」

「拙者と同じSランク冒険者でござるよ。二つ名は『賢者』で、副ギルドマスターを務めているでござる」


 そうなのか。

 けっこう若そうに見えるが……一体どのくらい強いんだろうか。


「私なんてたいしたことはありませんよ、ロイさん」


 クラリスさんが振り向いてそんなことを言ってくる。


「え? でもSランクって」

「確かに私はSランク冒険者ですが、Sランクの中にもヒエラルキーは存在します。そして最上位の存在――ギルドマスターに比べれば、私などたかがしれています」

「ギルドマスター、ですか」

「ええ。『剣聖』アラン・エリクタル。史上最年少でSランクに上り詰め、あらゆる依頼で一度も失敗することがなかった世界最強の剣士です。彼の前ではどんな強者もかすんで見えますよ」

「……ッ」


 ごくりと喉が鳴る。

 世界的組織の副長まで務める才女にそこまで言わせる人物。

 一体どんな相手なんだ。


 そうこうしているうちに執務室の前にやってきた。


「ギルドマスター。カナタと<召喚士>ロイさんが到着しました」

『……』


 扉の奥から返事がない。

 クラリスさんが訝しむように眉根を寄せる。


「おかしいですね。この時間なら確実にここにいるはず。……入りますよ、ギルドマスター」


 がちゃり、と音がしてドアが開かれる。

 するとそこには――


「僕のターン! コストを5払い手札より『アイスグリズリー』を召喚する! 戦闘力は2800だが、この魔物は特殊効果により炎属性の魔物と戦うときのみその数値が上昇する!」

「――ッ!?」

「ふははは残念だったね、たまたまこの部屋に用事を告げに来た職員君。君の生命力(ライフポイント)は風前の灯火だ! いくよ、これで終わりだ! 『氷の咆哮アイスロアー』!」


 金髪の男性が、応接用のテーブルをはさんでギルド職員らしい人とカードゲームに興じている。

 とても楽しそうだ。


「……」


 ツカツカツカ ガンッ


「痛っ!? って、クラリスか。急にどうして僕のことを殴るんだい」

「返してくださいギルドマスター。数分前にあなたのことを持ち上げた私の尊敬を今すぐに」

「え? 何の話をしているん――ちょっと待とうクラリス! いくらなんでも魔術はまずい! 部屋が大変なことになるから!」

「うるさいですよ! そこのあなたもすぐに出て行くように! ギルドマスターの遊びに付き合うとキリがないといつも言っているでしょう!?」

「は、はいぃっ! 失礼します!」


 クラリスさんに一喝され、金髪の男性のカードゲームの相手をしていた職員は慌てて部屋を出て行った。


「ああ、まだ決着がついていなかったのに……」


 寂しそうに閉じた扉のほうを見る金髪の男性。


「決着なんてつかなくて結構です。だいたい業務時間中に職員を捕まえて、なにをしているんですかあなたは」

「『使役獣テイムモンスター』だよ。最近新しい袋売りパックが出たからデッキを改良したんだ。これがなかなか強くてね」

「私が聞いているのはゲームの名称ではありませんからね」


 呆れたような溜め息を吐くクラリスさんを見て、イオナがぽつりと呟く。


「なによこの状況は……」

「だいたいいつも通りでござるな。アランはいつもあんな感じでござる」


 ええー。

 カナタがあっさりそう言った。そうなのか……俺が脳内に思い描いていたギルドマスター像が少しずつ失われていく。


「ん? そっちにいるのはカナタじゃないか!」


 金髪の男性がカナタに気付いたようで声をかけてくる。


「うむ。久しぶりでござるな、アラン」

「そうだね。ってことは、そっちにいるのが――」

「<召喚士>ロイ殿でござる」

「なるほど。彼が例の」


 金髪の男性はすっと俺のほうを見る。それから立ち上がり、執務机のほうに移動した。


「――ようこそ、<召喚士>ロイ君。待っていたよ。僕がギルドマスター、アラン・エリクタルだ」


「……」

「ギルドマスター。今さらその雰囲気を出しても手遅れかと」

「え? そう?」


 残念ながらクラリスさんの言葉に同意せざるを得ない。

 とはいえ、ただものではない気配が発されているのも事実だ。


 俺は改めて金髪の男性――ギルドマスターの姿を見た。


 女性と見まごうような金髪に加えて、片目を塞ぐ眼帯が特徴的な男性だ。貴公子然として見た目でありながら、その仕草には驚くほど隙がない。


 また、思っていたよりも若く見える。

 クラリスさんより少し上の、二十代後半くらいの外見だ。


「はじめまして、ギルドマスター。俺はロイ。こっちは召喚武装のシル、召喚獣のイオナ、仲間のセフィラです」


 とりあえず自己紹介に加えてみんなの名前を告げておく。


「カナタから話は聞いているけど……召喚武装や召喚獣が人の形をとるとはね。そんな話は聞いたことがない。やっぱり君は特別なんだろうな」


 感心したように呟くギルドマスター。


「俺自身は普通の<召喚士>ですけどね」

「「「「いやいやいや」」」」


 俺が言うと、隣では同行してきた四人が揃って手を横に振っていた。

 なぜだ。何度でも言うが、俺がここまで強くなったのはそもそもシルが召喚スポットをサーチし続けてくれていたからだというのに。


 さて、前置きを長くやっていても仕方ない。

 聞くべきことを聞くとしよう。


「ギルドマスター」

「なんだい?」

「あなたはアルムの街の窮地を予想していたと聞きました。……それならなぜ、あなたは中途半端な対策しかとらなかったんですか?」


 カナタ以外にも冒険者を配置したり、住民に事前に退避をさせたり、色々と手の打ちようはあったはずだ。

 そうすれば、アルムの街の犠牲者は出なかったかもしれない。

 あの事件に関わった俺にとっては、この点は絶対にはっきりさせたい。


「言いたいことは理解できるよ。君はカナタにどこまで聞いているんだい?」

「『予言』というものが関わっているとだけ」

「なるほど」


 ギルドマスターは少し考えるような仕草をして、それからこう告げた。


「残念だが、この話は誰にでもできることじゃない。ギルド内でも知っているのは、僕、クラリス、カナタを除けば数人だけだ。それほどに重要なことなんだ。だから簡単に教えるわけにはいかない」


 簡単に、か。

 この言い方だと、なんらかの条件をクリアすれば素直に教えると言っているように聞こえる。


「では、どうすれば教えていただけますか?」

「僕と一騎打ちをして実力を示せば、教えよう。弱い人間には明かせないことだからね」


 ギルドマスターと模擬戦。

 世界最強の剣士と、最弱職の俺が?

 勝てるわけがない。


「どうだい、この話を受けるかい?」

「やります」

「ほう、即答とはね」


 ギルドマスターが面白がるように言う。


 勝てるかどうかなんてどうでもいい。ギルドマスターが責任逃れのために、俺を引き下がらせようとしているだけかもしれないしな。


「それじゃあ地下の修練場に移動しようか。あそこなら空いているはずだ」


 俺たちはギルドマスターたちとともに地下の修練場へと移動した。

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