エピローグ

「『大地ノ穴土竜』は瓦礫の下に埋もれてる人の救出! 『樹ノ子鼠』は炊き出しの手伝い! 力のあるやつは材木運び、飛べるやつは屋根修理の補助! 行動開始!」

『きゅうー!』『――』『キュアアッ!』


 俺の指示によって召喚獣たちが一斉に行動を始める。


 その光景を見ていた街の大工たちが目を丸くした。


「あんた、すげえなあ! こんなことができる冒険者は初めて見たよ!」

「おう! あんたがいてくれて助かるぜ!」

「はは……ありがとうございます」


 ネイルの末路を見届けたあと、俺はアルムの街に戻って復興の手伝いをしていた。


 ゼルギアスが街を去る前に怪物ヒルを残していたが、あれはイオナ、セフィラ、カナタたちがすべて片付けてしまったらしい。


 街中に敵がいなくなったので、救助活動なんかができるようになった。

 <召喚士>として多数の召喚獣を従える俺は、その強みを生かして色々な作業を行っている。


「セフィラ、魔術で木材出してくれる? 十本くらいまとめて運んでくるわ」

「わかりました」


 イオナ、セフィラもそれぞれの特技を生かして復興作業に関わっている。

 カナタの姿は見えないが、どこかで似たように作業をしているんだろう。


 ふと俺は視線を感じた。


「……なんだよ、シル」

「……ロイ、大丈夫?」

「怪我はさっき治療院で治してもらっただろ」

「そうじゃなくて……」


 言いにくそうに視線をさまよわせるシル。


 何か言いたそうなシルの視線を感じながら、俺は無言で瓦礫の撤去作業を続けた。





 夜になった。

 俺は街の広場に設置されたテントにこもり、一人でぼんやりしている。


 家が破壊されてしまった人が大量に出たので、そういった人のため、アルムの街の役人が広場にテントを用意している。


 ほとんどは大人数用の天幕だが、俺たちには個別のテントが与えられた。

 俺が使っている一つと、シル、イオナ、セフィラが使っている一つで合わせて二つの好待遇だ。

 町長曰く、「ロイ殿はアルムの街を救ってくれた英雄です! このくらいの待遇は当然です!」ということだった。


 断ろうと思ったが、勢いに負けて押し切られてしまったのだ。


「英雄……はは、俺のせいで街が壊されたみたいなものなのにな」


 テントの中で俺は自嘲する。


 ゼルギアスがアルムの街にきたのは俺を狙っていたからだ。

 そのせいで街が破壊されたのに、英雄なんて呼ばれていることに違和感を覚える。


 それに……俺の目の前で死んだネイルの最期が忘れられない。



 ――くそっ! <召喚士>、お前のせいだ! お前さえいなければああああああ!



 あの憎しみに満ちた断末魔が、脳裏にこびりついて離れない。

 俺がこの街にいなければ、こんなことにならなかったんじゃないか?

 そんな思考が頭の片隅に残り続けている。


 ……と。


「ロイ、入っていい?」

「シル?」


 テントの外から聞き慣れた声がした。


 何か話でもあるんだろうか。

 今は誰とも話したくない。

 だが、仲間に心配をかけたくもない。


「ああ、構わないぞ」

「入るわよ」

「お、お邪魔します」


 俺が言うと、シルだけでなく、イオナとセフィラもテントに入ってきた。

 三人ともいたのか。

 狭いテントではないが、さすがに四人も入ると少し窮屈に感じる。


「どうかしたか?」

「ロイ、大丈夫?」


 逆に聞き返された。


「……何のことだ?」

「ネイルのことがあってから、ロイ、ずっとつらそうだよ」


 どうやら俺の心情は筒抜けのようだった。


「あたしとセフィラもシルから事情は聞いたわ」

「実際にその場にはいませんでしたが……ロイ様の心痛は想像できます」


 俺をいたわるような言葉に。

 俺は、苛立ちを覚えた。


「……わかるわけないだろ、俺の気持ちなんて」


 一度口を開くともう駄目だった。


 次から次へと腹に溜めこんだ言葉が出てしまう。


「俺のせいで何人死んだと思う? 今日だけで三十四人死んだらしいな。ああ、ネイルを含めて三十五人か? 怪我人も大勢出た。明日には死人になってる人もいるだろうな。今後ずっと傷ついた体で生きていかなきゃいけない人もいる。住む場所を奪われた人もいる! 俺のせいだ! それがどんな気持ちかわかるのかよ!」


 俺がこの街に戻ってこなければこんなことにはならなかった。


 俺は間違えたのだ。

 ネイルの俺に対する憎しみの深さを読み間違えた。


 そのせいでこんなことになった。


「ロイ、それは違うよ」


 シルの手が俺の頭に添えられた。

 ひんやりとした小さな手が何度も俺の頭を撫でる。


「ロイのおかげで助かった人がたくさんいる。街の人たちはロイに感謝してたよ」

「……ネイルが俺を殺すためにゼルギアスを差し向けたって、知らないんだろ」

「それを知っても変わらないと思うわよ」


 左手が温かい感触に包まれる。


 イオナがぎゅっと俺の手を握り、まっすぐに俺を見ていた。


「街の人たちは、ゼルギアスに殺されると思っていたはずよ。衛兵でも、カナタでも歯が立たなくて、どうしようもなくて――そんな怪物をロイが倒した。あんたは間違いなくこの街のヒーローだわ」


 だから胸を張れと、イオナはそう告げる。


 ふわ、と頭を後ろから抱きかかえられる感触がした。


「ロイ様は今日、たくさんの人を救いました。絶望の底にいた私を救ってくれたように、多くの人を死の運命から連れ出しました。

 自分を悪く言わないでください。ロイ様は一つだって、誰かに恥じるようなことはしていないんですから」


 優しく、ささやくようにセフィラはそう言った。


 シルと、イオナと、セフィラと触れ合った部分から温かさが伝わってくる。

 三人の想いが冷え切った俺の心に流れ込み、優しく溶かしていく。


 俺は溜め息を吐いた。


「……ごめん、取り乱した。みんな、ありがとう」


 気持ちが落ち着いた。

 素直に謝礼を告げると、三人とも小さく笑みを浮かべた。


「よかった~! ロイ、ちょっと元気になったね!」

「ふん、しっかりしなさいよね。あたしのご主人様なんだから」

「少しでもお役に立てたならよかったです」


 三人が口々にそう言ってくる。

 なんていい仲間なんだろうと思う。

 俺なんかに……なんて言ったら怒られそうな気もするが。

 俺には過ぎた仲間だ。


「悪かった、もう気にし過ぎないようにする。忘れるつもりはないけどな。……何かお礼をしたいんだが、何かほしいものはあるか?」

「添い寝!」


 俺が聞くとシルが即答してきた。

 おい……!


「それいいわね!」

「そ、添い寝……! わかりました。頑張ります」


 イオナとセフィラも乗り気だ。そしてセフィラは何を頑張るつもりなんだ。


「あのな、このテントで四人で寝たら狭いと思うぞ」

「だからいいんだよ! そのほうがロイにくっつけるじゃん!」


 イオナとセフィラもうんうんと頷いている。


 なんだ? 俺がおかしいのか?


 けど――まあ、いいか。


「わかったよ。今日だけだぞ」

「わーい!」

「話がわかるわね!」

「ふふ、少しドキドキしますね」


 俺が言うと、シルががばっと俺を押し倒し、イオナが俺の左に、セフィラが右に陣取ってくる。甘い香りが漂ってきて心臓が跳ねるが、理性でそれを振り払う。

 四人でくっついて寝ながら、俺は思った。



 ……なあ、爺さん。

 俺にはこんなにいい仲間ができたぞ。



 信頼できる仲間に出会えたことに幸せを感じながら、俺は眠りにつくのだった。

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