黒雷2

「ここでいいか」


 俺が選んだのは、『魔喰いの森』の上空。


『では行くぞ。俺様を楽しませろ、神獣使い』


 黒い怪物は雷撃を連続で放ってくる。俺は宙を旋回してこれを回避。


 サファイアワイバーンと戦っていてよかったな……

 あれがなかったら今ので死んでるぞ。


「はああああああああああああっ!」


 接近し、シルを振るって黒い怪物を斬りつける。


『ぐっ……!』


 斬れた。

 黒い怪物は血の代わりに煙のようなものを傷口から溢れさせ、忌々しそうに下がる。


「……カナタの剣じゃ斬れなかったのに、シルだと斬れるのか」


 何か違いがあるんだろうか?


『あいつ、妖気を纏ってるからねー』

「妖気?」

『神気の逆の、邪悪な力。だから、ロイみたいな神気をたくさん持ってる人間じゃないとダメージを与えられないんだよ』


 神気の次は妖気ときたか。

 シルたちいわく俺は神気が多いらしいので、俺の攻撃が聞いたのはそれが原因らしい。

 黒い怪物はにやりと笑う。


『そういうことだ。よく見抜いたな、剣。褒美に俺様の名を教えてやる』

「名前?」

『魔神将が一人、『黒雷のゼルギアス』。それが俺様の名だ』


 意外とそのままのネーミングだな。

 それにしても、魔神将? なんだか仰々しい肩書だ。しかも他にもいるらしい。


『名乗りも済んだ。ここからは本気でいくぞ』


 黒い怪物――ゼルギアスは手に魔力を集め、それを自らの口に含んだ。

 瞬間、ゼルギアスの体から爆発的に力の高まりを感じた。

 おいおい、まだ力を隠してたのかよ……


『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ゼルギアスは咆哮し、全身に雷のエネルギーを纏って突撃してきた。


「ぐあっ!」


 速い!

 しかもシルでガードしたのに全身がしびれている。帯電しているせいで普通に防ぐだけじゃ駄目らしい。


『そらそら、どうした! 神獣使い! そんなものか!』


 高速で飛び回るゼルギアスに狙いが定まらず、反撃できない。衝撃で内臓が揺れ、電流で肉が焦げて灼熱のような痛みを発する。意識がぐらつく。


「~~~~~~ッ!」


 俺は何もできないまま、死の淵へと追い詰められていく。

 ……仕方ない。


『死ねえ!』

「ぐっ……」


 ゼルギアスの攻撃をわざと受ける。

 そして相手が離脱する寸前に仕掛ける。


「【蔓操術】!」

『む?』


 ゼルギアスの腕に俺が放ったツルが巻き付く。

 よし、捕まえた。

 肉を切らせて骨を断つというやつだ。


 このまま手繰り寄せて叩き切ってやる。


『ははっ、こんなもので俺様を捕まえたつもりか? 馬鹿め』


 嫌な予感がした。

 そして次の瞬間、蔓を通して俺のもとに凄まじい電撃が逆流してきた。


「があああああああああああああああ!?」

『俺様の雷の味はどうだ? どんな気分だ? ほら、早く離さないと焼け死ぬぞ?』


 いたぶるように言うゼルギアス。

 そんな怪物に、俺は。


「痛いって――言ってんだろうがぁああああああああああああああああああああ!」


 流れ込んでくる電撃を無視して、俺は思いっきり蔓を振り回し、ゼルギアスを地面に叩きつけた。


『ごはっ……馬鹿な!? 俺様の雷を浴びながら反撃してくるだと!?』


 俺は蔓を収縮させ、ゼルギアスのもとまで一瞬で辿り着く。

 馬乗りになって動きを封じる。


「……俺が今まで召喚スポットの試練で何度死んできたと思ってる? それに比べたらあんな電撃、ぬるいにもほどがある!」


 シルの試練で柄に手をかけた時はもっと苦しかった。

 イオナの試練で浴びたブレスはもっと熱かった。


『どけ! どけえええええええええ!』

「俺の勝ちだ」


 俺はシルを振り下ろし、ゼルギアスの胸の中央を貫いた。

 ゼルギアスはびくりと震え、口の端を吊り上げた。


『く、くく、ふはははは』

「……何笑ってるんだ?」

『これで終わりと思うな……俺様がいなくとも、いずれ魔神王は復活する……』


 魔神王?

 一体何のことだ?


『そのときまで、せいぜい平穏に日々を過ごすがいい……! はは、ははは……!』


 ゼルギアスはそう言ったのを最期に、息絶えた。

 ……終わったか。


「ロイ、大丈夫!?」


 シルが人間の姿になり俺の顔を覗き込む。


「ああ、何とかな」

「よかったあ……」

「それよりシル、探してほしいものがある」

「探してほしいもの?」


 首を傾げるシルに、俺は言った。


「支部長の――ネイルの居場所を探してくれ」





「くく、今頃アルムの街は大混乱でしょうねえ」


 ネイル・アクロンは街道を歩きながら笑みを浮かべた。


 魔喰いの悪魔を復活させたあと、ネイルは他の街に行くため移動を続けていた。


 魔喰いの悪魔の伝承は本当だった。

 あらゆる攻撃を無効化する化け物であり、黒い雷は大地を砕くとされている。

 そんな悪魔にロイの抹殺を命じたのだ。


 無事でいるはずがない。

 きっと今頃ロイは黒焦げの肉塊になっていることだろう。


「<召喚士>のくせに調子に乗っているのが悪いんですよぉ……あははは」



「――探したぞ、ゲス野郎」



 唐突に、ネイルの眼前に人影が降り立った。


「な……なんできみがここにいるんですかぁ!?」


 黒い髪に意志の強そうな瞳の青年。

 魔喰いの悪魔に殺されているはずだった、<召喚士>ロイがそこにいた。





 シルの能力でネイルの居場所を探して【飛行】スキルで追う。

 すると一時間もしないうちに追いつくことができた。

 街道を移動していたネイルの前に立ちふさがる。


「な……なんできみがここにいるんですかぁ!? きみは今頃魔喰いの悪魔に殺されているはずでしょう!?」


 目を見開いたネイルがそんなことを言う。


 ああ、やっぱりそうか。

 お前の仕業だったのか。


「……どこに行くつもりなんだ?」

「そ、そんなの私の勝手でしょう」

「ふざけるなよ……! お前がゼルギアスを復活させたせいで、アルムの街にどれだけの被害が出たと思ってるんだ!?」


 ネイルの胸倉を掴んで怒鳴る。

 俺を狙ったことは、腹は立つがまだ許せる。


 だが――俺を攻撃するためだけに無関係の人を大量に巻き込んだのは絶対に許せない。


「な、なんのことだかわかりません」

「とぼけても無駄だ。ゼルギアスがはっきりお前の名前を言ってたぞ」

「あの役立たずの悪魔がぁあ……!」


 反省の色は見えず、俺の始末にしくじったゼルギアスへの恨み節を口にするネイル。


 俺はネイルの胸倉を掴んだまま宙に持ち上げた。


「ううう、ぐる、ぐるじい……!」

「……このまま街に連れていく。お前のしたことに取り返しはつかないが、罰はきちんと受けさせる」


 そのためにわざわざシルに居場所を探させたんだからな。

 俺が言うと、ネイルはばたばたと暴れ出した。


「ふふふ、ふざけるなぁ! お前みたいなゴミが、私にこんなことをしていいと思ってるのか!」


 ネイルは必死に俺の手から逃れようとするが、腕力が低すぎて話にならない。

 子供でも相手にしている気分だ。


「<召喚士>のお前はギルドのお荷物だ! 役立たず! 支部長の私に手を出していいと思っているんですかぁ!」


 昔似たようなことを言われたが、今はもう何とも思わない。

 俺は強くなった。

 強い相手と何度も戦った。

 少し前まであんなに恐ろしかったネイルが、今ではまったく怖いと思わない。


「このっ……! そんな目で私を見るな! 最弱職の<召喚士>のくせにいいいい!」


 その時だ。


 ネイルの体の一部が、ぼろ、と崩れた。


「え?」


 まるで体が砂になってしまったかのように、ネイルの指先からどんどん形を失っていく。


「え、そんな、なんで――嫌だぁ! なくなる! 腕がなくなるぅうううううう!」


 ネイルは自分の体が崩れていく様を見て半狂乱になって叫んだ。


 なんだこれ……!?

 人間の体が砂のように崩れるなんて聞いたこともない。

 なんでこんなことになった?


「足が……腹が腰がぁあ! 嫌だぁあああ!」

「くそ、どうなってるんだ!? シル、何かわかるか!?」

『……ただの人間が、妖気の塊であるゼルギアスを復活させたんだよ。無事で済むわけないよ』


 なに?

 いや、待てよ。確かゼルギアスがこんなことを言っていた。



『俺様は森に封じられていた。それを解放した者に頼まれたのだ。人間の頼みなど聞く義理はないが、俺様は優しいからな。死にゆくものの頼みくらい叶えてやろうというわけだ』




 死にゆく者。

 つまり、あいつはネイルがこうなることを知っていたのか?


「くそっ! <召喚士>、お前のせいだ! お前さえいなければああああああ!」

「――!」


 ネイルは血走った目で叫んだ。


 それを最期に、ネイルの体は完全に崩れ去り、ザアッ――と風に吹き散らされていった。


 もうこの場にネイル・アクロンだったものは存在しない。


『……ロイ、帰ろう?』

「……ああ」


 俺はしばらく立ちつくしてから、シルに促され、その場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る