黒鉄のジュード
「ほら。服、買ったわよ。これで文句ないでしょ?」
「「……」」
オールドダイル討伐から数日経った。
ブルークラブの群れ討伐したことで山道が通れるようになり、魔力糸の服を作るのに必要な素材が届くようになった。行商はすぐにグレフ村にやってきて、すぐに服屋には素材が補充された。
その後俺たちは依頼を受けたりして時間を潰しつつ、服屋に商品が補充されたタイミングで店にやってきたわけだが――
「……何で黙ってるのよ。何か言いなさいよ」
「すっごく可愛いね!」
「はあ!?」
シルの率直な感想にイオナがぎょっとしたようにのけぞった。
シルの言う通り、魔力糸で織った服を着たイオナはとても可愛らしかった。「邪魔だから」とくくられた長い赤髪は華やかに見え、短めの下衣は細くしなやかな足を際立たせる。
魔術剣士風の衣装、といった感じだろうか。
「べ、別に、店の人間が選んだやつを適当に着ただけよ」
「そうなのか? でも、よく似合ってるぞ」
「~~~~っ、フン!」
素直な感想を告げると、イオナは顔を赤くして視線を逸らした。
よっぽど褒められ慣れていないんだろうか。
けれど何というか、そういうところは――
「……可愛いな」
「ぅえっ!?」
「あ、いや、違う! 微笑ましいとか、そういう意味で!」
「だからって……あー、もう、がるるるるるるるるっ!」
「唸るのは勘弁してくれ!」
試練の間でのトラウマを思い出しそうになる!
イオナが頭の上から湯気を出しながら威嚇してくる。普通の少女なら可愛い照れ隠しの仕草だが、今の俺の気分は猛獣使いのそれである。
「ねえロイ、私は? 私は可愛くないの?」
なぜかシルが不服そうに距離を詰めながら抗議してきた。
「別にそうは言ってないだろ」
「違うー! そういうのじゃなくて、ロイに褒めて欲しいの~~~~!」
「……まあ、いつもお前には助けられてるよ」
「それでそれで?」
期待するようにシルが先を促してくる。意地でも言わせるつもりか。
自分から言いたくはないが、ここで言わないと拗ねそうだしなあ……
「あー……可愛いよ」
「やったー! ロイに褒められたー♪」
両手を上げてその場でくるりと回るシル。
「……お客さん、二股するなら両方幸せにするんだよ」
「俺たちはそういうのじゃないですから!」
服屋の店主のいらない誤解を解きつつ、俺は勘定を済ませてからシルとイオナを連れて店外に出た。
――そして。
「よう、探したぜ。てめえがロイって<召喚士>か?」
「――ッ」
かけられた声に、俺はぎくりと肩をこわばらせた。
声の主は身長二メートルに迫ろうかと言う大男だった。
何より特徴的なのは全身を覆う黒い鎧だ。
本人の風貌と合わせて、ただの鉄とは比べ物にならない重厚な威圧感を放っている。
「……『黒鉄のジュード』」
「うちの手下が世話になったそうじゃねえか。悪いが半殺しくらいは覚悟してもらうぜ? 後ろの女たちもな」
いつの間にか周囲には『鉄の山犬』のメンバーらしき男たちが数十人も並び、包囲網を張っている。
逃げるのは難しそうだ。
「なんでここがわかった?」
「俺らには便利な協力者がいるからなあ」
「協力者?」
ちらりとジュードが横を見る。その視線の先にいたのは、グレフ村で何度か見かけた冒険者だった。
『鉄の山犬』がアルムの街近隣一体に影響力を持っているのは知っている。
だが、まさかグレフ村にまで手下を配置しているとは想定外だ。
「てめえの選択肢は一つだ。――抵抗して叩き潰されるか、抵抗せずに痛めつけられるかのなァ!」
ジュードが大剣を構えて突っ込んでくる。
俺は咄嗟にシルのほうに手を伸ばす。
「シル!」
「うん!」
剣の姿になったシルを頭上に掲げて対応する。
「うぐっ……!?」
途方もない衝撃が襲い掛かってきた。
びりびりと手が痺れ、斬撃の威力が殺しきれない。今の俺でも力負けしそうなほどの圧倒的な膂力で抑え込まれる。
「ほぉ、喋る妙な剣を持ってるとは聞いてたが……そいつのことか」
感心したようにジュードが言う。
「だったら、どうした……ッ」
「いい剣じゃねえか。<重剣士>の俺の攻撃を受けられる剣なんて、そうそうないぜ?」
<重剣士>。
<剣士>の職業を極めた先に発現する、『上級職』の一種だ。
その職業補正は<剣士>よりもさらに力と耐久に秀で、普通なら扱えないような重量級の武具を操れるという。
どうりで斬撃の威力が凄まじいわけだ……!
「だが、これはどうだ?」
俺と剣を押し合いながら、ジュードがにやりと笑う。
「黒剣よ、その力を示せ――【グラビティプレス】!」
「がっ!?」
いきなりジュードの大剣がさらに押し込まれた。
いや違う。俺自身が重くなったのか?
ジュードの剣に対抗するために必要な腕力が急上昇する。
俺の体が地面に引き寄せられ、それに抵抗するために余計な力を使わされる。
「~~~~~~ッ!?」
足元が徐々に陥没していく感覚がある。みしり、と剣を持つ手首から関節が軋む音が響く。
『ロイ!?』
シルの声が響く。
「ほら頑張れ頑張れ、<召喚士>君よぉ! 本当に潰れちまうぞ!」
悪鬼のような笑みを浮かべながらジュードが言う。
このままだとまずい。
かといって、逃げ出そうと一瞬でも手を緩めればそのままやられる!
その時、真横から突っ込んでくる影があった。
「ああもう、何やってんのよっ!」
イオナだ。
イオナにもやはり体が重くなる現象の影響はあったようだが、それでも速度はあまり落とさず、勢いよくジュードに蹴りを叩き込んだ。
「って硬った……!?」
「ほぉ……こっちの嬢ちゃんも威勢がいいな」
鎧に蹴りの威力を殺されてイオナが目を見開く。
オールドダイルの突進を止めるイオナの馬鹿力でも効かないとか、どんな防御力だよ。
しかしジュードに一瞬の隙を作ることはできた。
俺は素早く左手でイオナの手を取り、そのままスキルを発動させる。
「【蔓操術】!」
左手から勢いよくツルが後方に射出され、場を取り囲むジュードの手下たちの頭上を通過して奥の木の幹に絡みつく。
「縮め!」
そのままツルを収縮させてその場を離脱。
寸前でジュードに剣を振るわれたが、それもぎりぎり回避することができた。
ジュードから二十メートルほど離れた位置に着地する。
「きゃあっ!」
「っと!」
いきなり手を掴まれて無茶な移動をさせられたイオナはバランスを崩したが、転ばないようきちんと抱き留める。
人間の姿のイオナは軽く、簡単に支えることができた。
俺に抱き留められたイオナは、至近距離からジト目で見上げてくる。
「あんたねえ……やるならやるって言いなさいよ!」
「わ、悪い。そんな余裕なかったんだ」
「気安く触らないでよね、まったく!」
イオナは俺を突き飛ばすように離れた。……無事そうで何よりだ。
ジュードが口笛を吹く。
「ヒュウ、面白れえスキル持ってるな。そりゃ召喚獣の力か? 俺の手下が<召喚士>ごときにやられたって聞いたときには耳を疑ったが……お前さんほどの相手なら無理もねえな」
「……あんたのさっきの力は『魔術装備』の力か?」
俺が尋ね返すと、ジュードはにやりと笑った。
「そうだ、俺の『黒剣』は一定範囲の重力を増やす。ただし俺以外のな。黒剣の効果範囲は半径五メートル。要は俺に接近戦を挑んだ相手は全員動きがノロくなり、俺はそいつらをボコり放題ってわけだ」
魔術装備、というのはその名の通り魔術的な効果を持つ武器や防具のことだ。
強力だが、そこらの冒険者では持てないくらいに高価でもある。
(……これが元Aランク冒険者の実力か)
上級職によってステータスを強化し、強力な特殊効果のある武具で身を固める。
オールドダイルなんて比べものにならない。
これ、もう無理矢理にでも逃げたほうがいいんじゃないか?
「うざったいわね……たかが人間の分際で、偉そうに……」
そんなことを考える俺の隣で、イオナが苛立ったように呟いた。
そして――すうっ、と大きく息を吸い込んだ。
まさか!
「消し飛びなさい!」
ゴバッ! とオレンジ色の火炎を吐きだした。
グレフ村を巻き込まないように照準はジュード一人に絞られ、ブレスというよりは熱線に近い。範囲を絞った分は威力が増していそうだ。
しかしジュードは動じなかった。
「黒
次の瞬間起こったことが俺には信じられなかった。
ジュードに命中したイオナの炎ブレスが、鎧に当たった瞬間こっちに跳ね返ってきたのだ。
あの鎧も魔術装備だったのか……!?
最悪の現実を思い知るのと同時、俺はもう本能的に動いていた。
「イオナ、危ない!」
「――え?」
イオナが呆然と目を見開いた。
彼女を突き飛ばし、その場所を代わった俺を見て。
直後。
ジュードの鎧によって跳ね返された超高温の熱線が、俺に直撃した。
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