黒鉄のジュード2

「ぐああああああああああああああああああっ!」


 熱い。熱い。皮膚を炙られ、内臓の奥まで焦がされるような感覚が脳を満たす。

 熱線が過ぎ去ったあと、俺はその場に崩れ落ちた。


「はあっ、はあっ、ぁああああああっ……!」


 じゅうじゅうと体のあちこちが焼け焦げている音がする。


 どうにか形を保っていられるのは、イオナと契約したときに得た【炎耐性】のおかげだろう。

 あれがなければ試練の時と同じく、俺は消し炭になっていたはずだ。


「ロイ! しっかりして!」


 シルが剣の姿から戻って俺に半泣きで声をかける。


「何で、あんた、そんな……何してるのよ……」


 戸惑うように、イオナが問うてくる。俺の行動が本当に理解できない、というように。


「……あたしは神獣なのよ? 庇ってもらわなくたって、そのくらい」

「……そんなこと、考えてる余裕、なかったからな」

「え?」

「イオナが危ないと思ったら……体が勝手に、動いてた」

「――っ」


 ぐっ、とイオナが息を呑んだ。

 それきり黙り込んでしまう。


「すげえ威力だな、今の炎……そっちの嬢ちゃんは凄腕の<魔術師>か何かか?」


 ジュードが半ば呆れたように言う。


「黒鎧にひびが入っちまった。普通の魔術なら、この鎧の魔術効果で完璧に跳ね返せるんだがなあ」


 ジュードの鎧はイオナのブレスを反射しきれなかったのか、一部がひびわれていた。


 だが、ジュード本人はほぼ無傷。

 俺は大やけどを負い、切り札だったイオナのブレスも通じないと証明された。


 ……これは詰んだか?


「で、どうする? てめえが降参するならここで終わりにしてやってもいいぜ?」


 ジュードがそんな提案をする。


 降参。それがいいかもしれない。ここからさらに痛めつけられるかもしれないが、殺されることはないだろう。


「まあ、そうなったら――そっちの女二人は俺たちの好きにさせてもらうがな」

「――、」


 その言葉に、俺は目を見開く。


「片方が……ああ、もしかして両方か? 人間じゃなかったとしても問題ねえ。その器量なら召喚武装やら召喚獣やらでも大歓迎だぜ! たっぷり可愛がってやる!」


 ジュードの言葉にその場にいる『鉄の山犬』のメンバーたちが鼻息を荒くする。


「さっすがボス! わかってる!」

「あの二人、すげえ上玉だよ! <召喚士>なんかにゃもったいねえ!」

「そうしよう、それがいいぜ! ああ、夜が待ち遠しいなあ!」


 下卑た大合唱が始まりジュードが満足げな笑みを浮かべる。


 対照的にシルは不快そうに眉を寄せた。イオナの表情は読めないが。


 俺は。


「――ふざけるなよ、ゴロツキが」


 心底頭に来ていた。火傷の痛みも忘れるほどに。


「ああ? なんだって?」

「ふざけるな、って言ったんだ。二人は俺の大事な仲間だぞ。お前たちなんかに渡すわけがないだろうが!」


 立ち上がる。


 降参なんて愚かなことを一瞬でも検討した自分が馬鹿らしい。こんな相手に勝ちを譲る必要がどこにあるんだ。


 シルは最初に俺を認めてくれたパートナーで。

 イオナは少しずつ俺たちに心を開いてくれていて。


 そんな二人をいいように弄ぼうとする連中を前に、叩き潰す以外の選択肢はない。


「シル!」

「う、うん!」


 剣と化したシルを取り、前に駆けだす。


「学習しねえなあ。黒剣よ、その力を示せ! 【グラビティプレス】!」


 俺の体に重力がかかる。それを無視して俺は手を斜め上にかざす。


「【召喚:『水ノ重亀』】!」


 呼び出したのは俺の手持ちの中で最重量の『水ノ重亀』。


 出現箇所は――ジュードの真上。

 表情を引きつらせるジュードに俺は淡々と告げた。


「剣の効果は確か、一定範囲内のあんた以外の者を重くする、だったよな?」

「まさか、てめえっ……ぐぉおおおおおああ!?」


 ズウンッッ! と降り注いだ『水ノ重亀』にジュードは押し潰される。


 重力が増す効果はジュードだけは対象外らしいが、その真上にいる『水ノ重亀』は別だ。ただでさえ重いあの巨大亀はより凄まじい重石となってジュードを押しつぶす。


「か、解除! 解除だっ!」


 たまらずジュードが【グラビティプレス】を解く。

 それを見計らって俺は一気に間合いを詰める。


「【火炎付与】」


 シルに炎を纏わせジュードの大剣に叩きつける。すると熱と衝撃によって大剣は真ん中から焼き斬れた。


「ば、バカな! 俺の剣が!」

「こっちもだ」

「鎧がぁああああああっ!」


 大剣に続いて鎧も破壊する。


 反射効果は発動しない。あれはおそらく純粋な魔力による攻撃を跳ね返すものだろう。

 だが、【火炎付与】による攻撃はあくまで斬撃。

 跳ね返せるわけがない。


 『黒鉄』の由来となった装備をすべて失い、丸裸になったジュードへと俺は連打を浴びせる。


 剣の柄、左拳、右膝、右肘、最後に思い切り蹴りを叩き込んだ。


「はああああああああああああっ!」

「ぎゃあああああああああああああああっ!?」


 ジュードは後ろへ数メートル吹き飛び、ごろごろと地面を転がる。


「はあっ、はあっ、ちくしょう、こんなはずじゃ――!?」


 ぴたり、とシルをジュードの首筋に添える。


「お前たちの負けだ」

「ぐううううっ……わ、わかった」

「金目のものは全部置いてけ。部下のぶんもだ」

「わ、わかった……てめえら、言う通りにしろ……」


 ジュードは完全に心が折れていたのか、俺が言った通り財布をその場に置き、部下にもそうさせた。


「俺たちの前に二度と現れるな。わかったな?」

「わ、わかったよ! 言われなくても、二度とてめえみたいな化け物に関わったりするか!」


 そう言い残し、下着一枚になったジュードたち『鉄の山犬』は逃げていくのだった。


 ……


「……あー、限界」


 俺は火傷の痛みに耐えきれず、その場で気絶した。





「ロイ! しっかりして、ロイっ!?」


 倒れたロイの体を剣から人間の姿になったシルが泣きながら揺さぶる。

 ロイは生きてはいる。しかし、全身の火傷はひどいありさまだ。このままでは危ないかもしれない。


 そんな中、赤竜の少女――イオナは立ち尽くすことしかできなかった。


(なんで……なんで、こんなことになるのよ)


 イオナは神界に広大な領地を持つ、炎武神ラグナじきじきに力を授かった特別な神獣だ。


 神獣の中にも力の強弱は生まれつきある。

 しかし神に直接力をもらった神獣は別次元の力を得る。


 嬉しかった。

 光栄だった。


 「領地を守れ」と命じられた通り、炎武神の領地に踏み入る侵略者たちを片っ端から焼き尽くしてやった。

 何百、何千という他の神の眷属たちが攻め入ってきても、イオナはたった一体でそのすべてを消し炭にした。


 けれど、強者たるイオナでも相手次第では瀕死に陥ることがある。


 相打ちのように敵を追い払い、初めてイオナが地に付したとき、炎武神がやってきてイオナの傷を癒してくれた。


『ありがとう……ござ――』



「命令一つ満足にこなせん愚図が。お前を癒すためにわざわざ足を運ぶ羽目になっただろうが」



『――っ、申し訳、ありません』

「二度と我が鍛錬の邪魔をするな」


 炎武神ラグナはそう言い、神の力によってイオナの傷を修復すると、ゴミでも見るような目を残して領地の奥へと戻っていった。


 炎武神ラグナは武芸を極めんとする神だ。


 領地の最奥でいつもその極致を目指している。

 その修行に集中するため、イオナという番人を領地の入り口に置いた。雑音を遮る板きれのように。


 それだけだ。

 それだけがイオナの存在理由だった。

 そのためだけに、イオナは名前と力を与えられていた。


 それなのに――


(なのに、なんであんたはあたしなんかを庇ったのよ……!)


 自分が吐いたブレスを黒鎧の男に跳ね返されたとき、ロイは自分を守った。


 意味がわからなかった。

 ヘマをしたのは自分なんだから放っておけばよかったのに。


(なんで、なんで)


 そもそもずっと出会った時からあの男はおかしかったのだ。


 自分の外見を褒めてきたり、役に立ったら認めてくれたり、人間にじろじろ見られたときはさりげなく間に立ってくれたり。


 そんなふうに扱われたのは初めてで、どうしていいかわからなかった。


「ロイ、ああ、どうしようどうしよう……! そうだ、カナタからもらったエリクサーがあった!」


 眼前ではシルがロイの荷物を漁り、そこから液体の詰まった瓶を取り出している。

 シルがその瓶の中身を振りかけると、ロイの火傷がみるみる治っていく。


 どうやらあの『エリクサー』という液体には凄まじい癒しの力があるらしい。


 ロイはあっという間に回復し、目を覚ました。


「ん……」

「うわあああんロイぃーっ!」

「うおっ!? シル、急にどうした!?」


 勢いよくシルが抱き着く。ロイは気絶する前の記憶が曖昧なのか目を白黒させている。


 目を覚ましたロイを見て、イオナは自分の気持ちをようやく理解した。


「ロイ……生きててよかった……」

「い、イオナ? 泣いてるのか?」

「泣いてないわよっ! ただ、あんたが死ななくてよかったって……ぐすっ」


 ……どうやら自分はいつの間にかこのご主人様のことを好きになっていたらしい。

 無事だとわかって感情が溢れるくらいには。


 呆気に取られるロイの前で、初めてイオナは誰かの前で涙を流した。

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