カニ祭り

「美味い! 美味い! 美味い!」

「はふっ、ほふほふ、カニ美味しい~!」


 なんだこの美味さは!?

 身はぷりっとして食べ応え抜群。

 川に住んでいたくせに泥臭さもなく、味付けを何もしなくてもうっすら塩の味がする。

 中までしっかり火が通っており、ほこほこした身はいくらでも食べられそうだ。


 ブルークラブってこんなに美味いのか……!

 魔物じゃなかったら間違いなく売り物にされてたな。


 今さらだが、この世界では魔物を食べる文化はそこまでメジャーじゃない。

 大量の魔力を含んで身が変質しているため、けっこうな確率で食中毒になるのだ。

 まあ、危険な魔物は冒険者ギルドで教えてもらえるし、ブルークラブはその中には入っていなかった。

 死にはしないだろう。


「……ごくり」


 離れた場所にいるイオナが生唾を呑み込む。


「イオナも食べないか? 絶対にやみつきになるぞ」

「い、いらない。あたしは炎武神ラグナに名を賜った高潔なる神獣よ? 働いてもいないのに施しなんて受けられないわ」

「本当にいらないのか? このあたりなんて身がぎっしり詰まってて最高だぞ?」

「……いらないっ!」


 ぷい、とそっぽを向くイオナ。

 働いていないから食べられない、か。

 プライドが高いんだな。

 正直もったいない気もするが、そういうことなら無理強いはすまい。


「ロイ、見てみて! カニ味噌!」

「うおおおおおお!」

「…………うう、ううう」


 とはいえちょくちょくイオナの視線を感じるので、きっかけさえあれば釣れる気もする。

 なにかないものかな。


『グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 不意に野太い雄叫びが響く。

 川の流れを遡った先――数メートルの高さがある滝の上にその怪物はいた。

 それは目測で全長十メートルは超えそうなワニ型の魔物だった。

 全身は紫色の鱗に覆われており、瞳は獰猛そうな赤い光を宿している。

 でかいな。

 あれは確か……


「ロイ、あの魔物はなにかわかる?」

「……思い出した! 『オールドダイル』、百年以上も生きたワニ系の魔物が変異して生まれるっていう怪物だ!」


 ギルドが定めた危険度はB。

 いわゆる高危険度に属する魔物だ。


 どうりでブルークラブたちがこんなところまで逃げてくるわけだな。

 オールドダイルに上流を占拠されたら、川を下ってくるしかなくなる。

 住みかを追われたブルークラブが山道に面する下流まで移動してきて、商人の通行を邪魔していたようだ。


『グルォオオオオオオッ!』


 バシャアッ!


 オールドダイルが滝の上から身を躍らせ、滝つぼへと落下する。

 そして徐々にこちらに近づいてくる。明らかに俺たちを狙う動きだ。

 今の俺たちなら倒せると思うが……

 いや、こうしよう。


「イオナ! 頼む、力を貸してくれ!」

「はあ? な、なんであたしが」

「あんな化け物を倒せるのはお前しかいない。幸いここは水場だから、炎を遠慮なく使える!」

「……まあいいけど。主人はあんただし」


 イオナは訝しがりながらも前に出る。


『グルォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』


 オールドダイルは凄まじい勢いでイオナを丸のみにしようと突撃してきて――


「調子に乗らないことね、水トカゲごときが」


 ドウッッ!


 おそるべき威力の突進はイオナの細腕に完璧に押さえつけられた。

 ……つっよ。

 あれを片手で止めるってどうなってるんだ。


『ガウッ、グルゥッ……!?』

「食らいなさい」


 イオナはじたばたもがくオールドダイルを突き飛ばすと、すうっ、と息を深く吸い込んだ。

 そして、体内に溜め込んだ吸気を業火へと変えて前方に吐き出す。


『グガッ!?』


 灼熱のブレスを至近距離から浴び、オールドダイルは一瞬で消し炭と化した。

 炎の余波は背後の滝つぼへとぶつかり、激しい音とともに水蒸気爆発を起こす。

 白い蒸気があたりを満たす中、その場に残るのはオールドダイルの骨と、悠然と髪をかき上げるイオナのみ。


 うん。


「なんで俺たちイオナに勝てたんだろうな……」

「ロイ、顔色がすごいことになってるよ」


 いまだに夢に見るんだよな、イオナの試練でブレスを食らう光景。

 味方としては頼もしい限りだけど。


「終わったわよ。これでいいんでしょ?」

「ああ。それじゃこれ、報酬」

「え?」


 どさっ、とイオナの手にブルークラブの脚を一本載せてみる。

 断面からはほくほくと湯気が立ち、食欲をそそる匂いを発している。


「働いたんだから一緒に食べられるだろ?」

「あ、あんた、最初からこのつもりで……」

「ほら座れ座れ」

「ちゃ、ちゃんと答えなさいよ!」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、イオナはブルークラブを口にする。


「……うまぁ!」

「そうだろうそうだろう」


 イオナはよっぽど気に入ったのか夢中になって食べ進める。


「ふふーん。ロイのそういうところ、大好き!」

「あ、おい、飛びつくなシル!」


 嬉しそうに抱き着いてくるシルを受け止めつつ、俺たちはしばらくカニパーティーを続けるのだった。





「……あいつか。<召喚士>のくせに『うち』のもんをボコったって野郎は」


 冒険者の一人がぼそりと呟く。

 前方にはBランクの魔物であるオールドダイルを倒した少女と、その仲間である<召喚士>の青年。

 最近「探せ」と命じられていた人物で間違いないだろう。

 青年のほうは外見も聞いていた話と一致する。

 確定だ。


「ボスに報告だな」


 『鉄の山犬』。

 そのパーティの一員であり、グレフの村に常駐する彼は、本拠地があるアルムの街へ連絡を送ろうと決めるのだった。

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