世界に一人残された僕は奴隷を羨む

ナガト

世界に一人残された僕は奴隷を羨む

この世界に一人取り残された。

それは唐突で、何でそうなったのか分からない。

目が覚めた時には、親も兄弟も、友達もこの世界から消えていたのだ。


最初こそ焦りや不安が込み上げてきたが、何ヶ月、何年と暮らしていけば自然と無くなっていた。


一人残されてからの生活は大変だった。

最初の数ヶ月は使えた電気が突然消え、今は手動バッテリーで発電して、必要最低限に使う日々を送っている。

残された伽藍堂のショッピングモールやスーパーのお陰で、食糧や衣服、それに薬に困ることはなかった。

不足しているとするならば、娯楽だろう。

電気がなければゲームはできない、ネットが無ければ検索をかけることができない。人が居なければ談笑できない、沢山人が居なければその場の雰囲気を味わえない。

この世界には娯楽が少なかった。


そんな中、見つけた娯楽が本だ。

荒廃したこの世界での本は貴重な娯楽だ。

この世には幾千幾万の本が存在して、何店舗もある無人の本屋は、日課になるほど通い詰めた。

元々、本を読まない人種だったから、最初は漫画から入った。

最初こそジャンルや絵柄とこだわって読んでいたが、次第に読む作品がなくなり全ての漫画を、そして小説を、本屋に存在する本は全て読んだ。

熱いバトルモノ、切ない恋愛モノ、推理モノ、SFモノ。心躍る作品、胸糞な作品、涙を流した作品。そして、続きが気になる作品が沢山合った。

もう続きは読めないと我に返るのは、もはや日課だった。

紙を捲る日々は続き、やがて日本語の本を網羅した頃。

海外の本を手にとるようになった。

昔の自分なら想像も出来ない事に笑ってしまう。

ページを捲ると、読解不能な言語が羅列している。これも昔なら数秒で閉じていたはずだ。だが、今は違う。

記憶を頼りに本棚から辞書を引っ張り出し、単語を調べていく。

そしてそれをノートに翻訳していった。

辞書では分かりづらいところは中、高校生の教科書を頼りに文法を学んで、兎に角自分の解釈でもいいから翻訳を続けた。

楽しかった。

作品の内容なんて殆ど覚えていない。ただ、分からなくてイライラしたり、理解できて喜んだり、自分の間違いに笑ったりと、翻訳に没頭した。

百冊行く頃には辞書を引く回数がめっきり減った。一冊を辞書無しで訳せたときの感動は今でも忘れられない。

そして次第にノートも使わず本一冊で読むようになった。

一つの言語を学べば、もう一つ、また一つと読める本も増えていった。

作風、価値観、文化、人種、思想、差別。日本語でも感じた違いを、他の国を通してより理解できた。


ふと、平和とはなんだろうと思うようになった。

どの本を読んでも平和と書かれるのは戦争や災害、命が失われたものから出てくる単語だ。

では、今の自分の環境はどうだろう。

戦争は無い。

生活に困ることも数年は、大丈夫だろう。衣食住が整い、娯楽が本だけと寂しいが、平和に違いない。

だか、本当に平和と言えるだろうか?

平和の基準は人それぞれだ。

何をもって平和なのか。

世界に一人になって感じたのは、人との対話があってこその平和だと言うことだ。

人と人が話し合い、折り合いを見つけ均衡が保たれる状態で初めて平和が存在するものだと。

だが、人とは二人いれば二人の思想が、三人いれば三人の思想が、人の数だけ思想があり、それは統一されることはなく、みんなが妥協できる着地点は存在しない。


じゃあ、平和で無いならなんだろう。

考えた末に出たのは自由だった。

だが、自由とは不自由なものだ。

矛盾するようだが、自分勝手にできる分、自分でやらなければならない。

例えば、今海外に行きたいと思えばいつでも行けるだろう。

だが、その為には海を渡る手段を見つけなければならない。

そして船、飛行機、なんらかの移動手段を見つけても操縦するのは自分だ。

操縦する方法を学ぶのも、海外に行きたいという目的ならば、それは通過点でそれまでは不自由を課せられる。

結局、何かに強いられることで自由が得られるのだ。


きっと平和も自由も、この世には存在しないモノで、叶わない存在なのだ。


一冊の本を閉じる。

そこには奴隷経験が綴られていた。

家族を殺され、拷問を受け、牢屋に入れられ、その末に奴隷としての人生。

長く悲惨な日々がリアルに描かれていた本だ。

心が締め付けられ、悲しくなった。

この気持ちを誰かと共有したいと思った。

「そっか...」

上擦った音が喉を震わせた。

自分の声だ。

いつぶりに声を発しただろうか、もはや自分の声を自分と理解するのに時間がかかるほど発していない。

視界に入った鏡を見る。そこにはボサボサの髪にヨレた服を着たみっともない姿の自分だ。

まるで本の中で描かれていた奴隷みたいだ、と思った。

だが、きっと彼の方が幾分かマシだろうと、今なら思える。

家族を奪われ平和を無くし、人に使われ自由を無くした彼だが、どんな形であれ、人との触れ合いが合った。

彼の世界には日々の変化があった。

それは自分には無いものだった。

手のひらに爪が食い込む。

初めて奴隷に嫉妬した。羨ましく思った。妬ましく思った。

そして何かに当たりたくなった。


すると自然とノートとペンに手が伸びていた。

「奴隷が羨ましい。」と書かれた一文。

次に自分の感情を只々綴った。

不恰好で、読み手なんか度外視の文。

けれどそれは間違いなく本だった。

夢中になって書いた、想いを吐き出し、感情を昂らせた。思想だって書いた。

これを読めば自分の全てがわかってしまうんじゃ無いかと思うくらいに曝け出した。

作品を綴り終えると、我に返り羞恥心が芽生える。

恥ずかしい感情を抱いたのも久しぶりだと気がつき笑った。

涙を流しながら笑った。

そうだ、まだ恥ずかしがれる。まだ笑える。まだ泣ける。

自分からいなくなってた感情が、帰ってきた気がして嬉しくなった。


次の日、自分の顔を鏡で見ると目元が腫れあがっていた。泣きすぎだと、両頬を叩く。

この日は、本屋には行かなかった。

ノートとペンを机の上に置く。

これがこれからの相棒たちだ。


まずは身だしなみを整えた。次に巨大なリュックに食糧を詰める。そして、真新しい自転車に乗る。

自転車に跨ると、運転の仕方が走馬灯のように蘇る。

ペダルに脚をかけ漕ぐ、久々の疾走感に心躍る。


本読んで知識を学んだ、本を書いて自分を曝け出すことを学んだ。

今度は自分という存在を深め、自分を知らなければならない。そう思った。

滅びた世界を巡る旅に出る。

自分にしか出来ない事だ。

不気味に静かなビル、亀裂の入った道路には雑草、光の灯らない信号。

それは荒廃した街だ。

だけど、映る景色はどこか色鮮やかに輝いているように見えた。

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