第29話

 弓を充分に引き絞り、矢を放つ。ストッと的が一つ、射抜かれて落ちていった。

 テンショーが再び暴れだす前に、射抜けるだけ射抜いとくか。照準を合わせ、弓を引き絞って矢を放つ。この繰り返し。

 七つほど射抜いたところで、馬の息が整ってきた。まずいな、次暴れられたら落馬しかねない。気休めに馬の頭を撫でる。殆ど効果はなかった。


「ヒヒーン!」


 高らかに馬が鳴く。もう復活したか! 馬は地面を蹴り、走り出す。素早い動きで姿勢を低くし、身構えた―――――が。馬の走りに、先程のような豪快さはなかった。美しく、調和の取れた動きで走る。


『なんだこの走りはーっ! テンショー、こんなにも美しい走りができたのかーっ! テンショーは出生が不明で、御年七十の校長がここの教師を始めた五十の時からいたと証言しているので、かなりのおじいちゃん馬のはずです! あ、え、校長の年齢は秘密? あ、聴き逃してくださーい。』


 え、馬の寿命って二十年前後だったよな? こんな年取っても走れるのか……。運動は大事なんだろうな。

 弓を引き絞り、的を狙う。つい、テンショーに気を取られて的を逃していた。最後の的は三角形の形に作るように三つ固まってるから、これを狙うか。

 ひゅっと矢を放つと、思いもよらぬ速度で矢は飛ぶ。強い風が押したのだ。その風を起こしたのは、テンショーの鼻息だった。

 急に加速した矢は、三つの的の間を抜ける。矢は当たってはいない。しかし、突風に押され、的は落ちた。テンショー……お前少しひねくれてるけど、いいやつだな。


『しゅーりょー!』


 テンショーの動きがピタリと止まる。テンショーから降りて、腹を撫でてやると、蹴り飛ばされた。痛い。ヘルメットを取ると、テンショーを小屋に戻しに来た教師に耳打ちされた。


「個人戦の後半の準備は、出来てますか?」


 そうだった。後半は武器使用可だもんな。というか、武器使用可って……。まぁいいか。




 寮の部屋の鍵を開けた。確か何処かに置いてたはず……。ゴトリと鈍い音がした。

 音がした方を見ると、ベッドに立てかけていた星霊の剣アストラルソードが床に倒れていた。

 これだこれだ、剣を手に取る。ずっしりとした重みには、今まで支えてくれた安心感があった。思えば、この剣とも長かったなぁ。いや、こんな事をしている場合ではない。もうすぐ始まってしまう。

 俺は剣を持って自室を出て、鍵をかけた。




『さぁ、さぁ! 本日のメインディッシュ! 個人戦後半! 残った四名はどんな激闘を繰り広げてくれるのか! 最初はぁっ……アオ対ミユだぁぁっ!』


 ふうっ、そろそろだな。準備室の椅子から立ち上がる。最初はミユの能力を見ていくか。それに、個人戦後半は参加者も観戦できるから、なるべく手の内は明かさないようにしよう。

 入り口へ向かう。扉を開くと、その先にはミユがいた。拳銃のトリガーに指を入れ、拳銃をくるくると回している。


「手加減は……なしね。」


 バン! 唐突な発砲音。その発砲音はミユの持つ拳銃からだった。


「あ、すいませーん。この指で回すの癖で、ついやっちゃうんですよ。」


 躊躇が……ない! いくら故意ではなかったとしても、反省の色が全く見えん!


『それでは、スタートする前に、ランタン式死亡保険を使用してくださーい。』


 教師から火のついていないランタンを渡された。指示された通りに、ランタンの中に手を入れると、紫色の火がついた。

 ミユも使っており、ミユの火は黄色だった。


『一応説明します。痛ましい事故の前例から用意されたこれは、万が一、万が一に選手が何らかの理由で死亡した時の為の保険です。使用中は使用者以外に接触することが不可能になります。』


 へー。ということは死ぬ可能性があるってことか。死亡しないためってのもあるかもしれないけど、お互いが全力で戦うためってのもあるかもな。


『それでは、心構えはいいですか? よーい、スタート!!』


 よし、ミユの腕前を見て、対応してやる……!

 しかし、ミユは銃を下げたまま、微動だにしない。向こうもこっちの様子を見てるのか……? なら!

 刹那、腹部に衝撃が走る。


「竹之下流、拳打!」


 ミユが急接近し、掌底で打撃を放ったのだ。リスク程ではないが、びりびりとした痺れるような衝撃に、足が浮いた。


「からの……《風向操作》超強風!」


 身体が上空へと、グッと押し上げられるように舞い上げられた。急な上昇でかかった圧力で、身体に更にダメージがかかる。


「ぐっ……対応できない!」

「ふふふ、アオは外から来たから知らなかったでしょ? 竹之下流。この国で創られた戦闘流派で、唯一対象を倒すためだけに創られてるんだ。で、そんな状況で避けれると思ってるの?」


 避けれる……? ミユは銃口を上空――――俺の方へ向ける。まさか! この位置関係でも当てられるのか!?

 乾いた発砲音、一瞬で、俺の右肩を銃弾が貫いた。

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