第19話

 左半身が暖かい。太陽光が当たっているのだろうか。体を揺さぶられている……? 俺は今どうなっているんだ? 横になっているのか? ゆっくりと目を開ける。

 白い天井と、白衣を着た初老の女性が見えた。


「意識が戻ったようですね。」


 体を起こし、辺りを見渡した。ここは……?


「学校の保健室です。ある程度、話は聞いています。」


 そうだ、フェローチェはどうなったんだ? 何かあった気がするが、フェローチェの結界を破ったあとから記憶がない。酔いから醒めた様な爽快感だけが残っている。


「ちょっ……と待て、俺はどれくらい意識がなかった?」

「ざっと……三日ですね。」


 まじかよ。いや、あそこで何があった? そんな気を失う要素なかった気がするが……。頭を掻く。

 ベッドから降りた。


「もうちょっと安静に……。」

「ま、大丈夫だろ。」


 ベッドには、紫色の髪の毛のようなものが一本、落ちていた。俺の色ではないし、この人のものでもない。前使った人のものだろう。

 気にせずに、制服に着替える。授業はきちんと受けないと、サーマルに何をされるか分からないからな。

 廊下に出た。教室へ向かう。

 いやぁ、四日も空けてしまったが、変に疑われていないだろうか。道中の教室からは、教師の声が聞こえる。ここは平和で何よりだ。タキオンと一緒にいたら、綱渡りすぎるもんな。

 ここだな。

 教室の前に着いた。何故か異様に静かである。ガラリと扉を開けると、誰もいなかった。なるほど、戦闘学か何かでいないのか。

 教師の窓まで行き、グラウンドを覗く。

 おお、やってるねぇ。脳筋と、生徒達と、フランスパン。うんうん。ん……? フランスパン……?


「いいか! 戦闘において――――。」


 ゼンだあぁぁぁぁぁああ!

 思わず窓を開け、乗り越えて出てしまった。


「お、アオくんじゃないか!」

「なぜここにぃ!」

「え、いたら駄目か?」


 学校! 何考えてるんだよ! どー考えても、過剰戦力だろこんなの! 教育にも絶対良くないってこのフランスパン!

 ゼンが俺に近づく。


「この国に来たついでに散歩してたら、この学校の警備が云々うんぬんでスカウトされた!」


 だとしても、だ!

 こんな、下手したらラファーガを軽く追い返せそうなやからをよく見つけたな!

 ゼンが軽く、俺の肩を叩いた。


「授業をやるんだろう?」


 そうでした。

 俺は生徒の集団の中に入る。ゼンは前に出た。


「いいか! 戦闘において、汗のかきかたで強さが決まる!」


 なんかいいことを言ってるな。俺は、汗をかいたことはあるが、いや、あったっけ?

 たしかにシャクネツ地方で、暑くて死にそうにはなった気がするが、汗、かいたっけ?


「三流はなにも考えず、二流は汗で服が重くなったり、動揺を見せない為に汗を隠す。一流は、戦闘中、多量の汗を流す。」


 なんか様になってるな。フランスパンのきぐるみを除いて。


「代謝が良くなるからな。代謝を良くするのは基礎中の基礎だが、多くの者がこれを知らない。」

「そして、すぐには変わらない身体能力を《身体強化》でカバーするんですよね。」


 校舎の方から声がした。振り返ると、そこには、別の教室の窓から顔を覗かせ、優しくほほ笑むスキル学の教師がいた。脳筋教師が数回、拍手をするように手を叩く。


「お見事。」

「ふふっ、それより、誰か《身体強化》を持っていませんか? 授業で使いたくて。」


 えー、持ってないが……。辺りを見渡す。誰も持っている様子ではなかった。


「誰も持っていないなら、このスキルの習得は、次回までの課題にしますよ。」


 不満の声が上がった。うーむ。


「ねぇ、なんとかならないかな?」


 アヤカが懇願する。仕方ない、やってやるよ。だけどな。《身体強化》じゃなくて《チャージ》だけどな!

 すっと、手を挙げた。驚きの声が上がる。


「よかった。では、こちらに来てください。」


 別の教室の生徒がわらわらと窓から顔を出し、俺を見る。


「じゃあ……お前だ。お前が相手をしろ。」


 ゼンがミユを指差す。笑顔で前に出てきた。たしかミユは銃を使っていたよな。


「それでは、使っていいスキルは《身体強化》のみですよ。開始!」


 ミユの両手に二丁の拳銃が握られる。よし、普通に考えて勝てる気がしないな。相手飛び道具だし。しかし、結界については言及されていない。つまりこれは使っていいということだ!


「負けないよ〜!」


 ミユが発砲する。待て、あれ実弾か? すぐに結界で防いだ。弾がコトリと落ちる。拾い上げた。

 実弾だー! 負けず嫌いもすぎるだろ! もうこうなったらヤケだ。跡が残らない程度に気を失ってもらうしかないな。


「《チャージ》。」


 小声で発動する。これだけじゃ、力不足だから。


「【変幻自在】ハーミット。」


 足に力が籠もる。お、上手く行ったな。ハーミットの凄さと言ったら、足の速さだろ!

 地面を強く蹴る。一気に加速した。ミユの目の前まで来る。軽く、軽くミユの顎を突いた。ミユの体制が崩れる。両足を地面につけ、失速し、倒れゆくミユを背後から支えた。

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