第18話
ソルトは剣を受けながら、足を動かす。一瞬、フェローチェの手元が緩み、剣が飛びそうになったが……力で押し返され、ソルトは吹き飛ばされてしまった。
フェローチェの猛撃を剣と結界で受けつつ、攻撃を試みる。しかし、なかなかの剣技。火花すらすら通さず、完璧に跳ね返している。。
フェラットがトランプを五枚、投げる。それは箱のようにフェローチェを覆い、閉じ込めた。
「今のうちに呼吸を!」
大きく深呼吸をする。全身に酸素を行き渡らせるように。
これまでにないほどの集中。そして全能感。
「君は魔物だ! 限りなく人間に近いだけ。その血もまやかしだ!」
胴から出ていた血が消えた。俺を中心に世界が回っているような気がした。
「ダメージは蓄積するが、君が怯むことはない! 安心して、全力を出せ。」
「了解。」
すごく、爽やかだった。今まで吹き溜めていたものが吹っ切れたような。負ける気がしない。あのときと同じように―――――!
トランプの箱が消滅し、フェローチェが俺に斬りかかる! それを、結界で止めた。結界は、結界同士が触れると、レベルの低い結界が淘汰される。
フェローチェの、赤い結界が宝石のように砕けた。
間違いなく、俺の結界は洗練されていた。これまでの経験は無駄ではなかった。結界を足に纏わせ、蹴り上げる。
「【変幻自在】スライム!」
スライム状になった体で、飛び跳ね、フェローチェの真上に来た。強く、蹴り落とす。
フェローチェは強く、床に打ち付けられた。床に亀裂が入っている。着地した。
フェローチェが奇声を発する。いや、奇声ではない。なんてことのない声なのだが、すごく気持ちが悪い。思わず耳を塞いでしまった。
「駄目だ! 逃げよう!」
フェラットの声。
たしかにこれは、逃げるのが得策かもしれない。フェローチェは今にも立ち上がり、俺に剣を向けようとしている。
「いや、逃げない!」
首を横に振る。考えるよりも先に口が動いていた。
「ここで逃げたら、俺は何も変われない! 強くなれない! 大切な仲間を護るために、大切な人を悲しませないために! その力を得ることができるなら、魔王にでも、なんでもなってやる!」
その時、なにかが変わった。全身に力が入る。今まで入らなかったわけではない。入っていたのだが、入っていなかった、とでも言おうか。
『準備運動といこうか。』
どこからか声が聞こえる。頭の中? どうでもいいか。すごく気分がいい。そして面白い。こんな緊迫した場でなければ、必ず笑っていた。
フェローチェが俺に斬りかかる。俺は動体視力がいいわけではない。しかし、次の行動が、一手先が分かった。
サッと躱す。そしてフェローチェの胸の中心部に触れた。そして、そのまま貫いた。否、貫いてはいない。貫いたように動いただけだ。しかし、俺の掌にはほんのりと暖かい、野球のボールほどの大きさの赤く、ぼやけた球体が握られていた。
何かは知らない。しかし、俺の勘が握れと言っていた。
強く、強くその球を握りしめる。そこからだった。フェローチェが苦しみ、藻掻き出したのは。
「それは一体……? 心臓ではないよね?」
フェラットが呟く。
その球体を上に向かって投げる。すると、まるでそれに同期するかのように、フェローチェが浮き上がる。そして球体は、重力に従って落ちた。それと同時に、フェローチェは強く地面に叩きつけられる。
その球体を拾い上げると、フェローチェは立ち上がった。後ろに付き出す。すると、フェローチェは俺に引き寄せられた。
「
フェローチェが静止する。
打撃を叩き込んだ、何発も。それでもフェローチェは静止している。
「まさか……その力は。」
「重力でもない、操作系でもないとするとぉ……。」
フェラットとソルトが俺を見つめる。
「
コン、と球体を叩く。ドサッ、とフェローチェが崩れ落ちた。
「「魂ごと体を操っているのか!」」
球体を、粘土を丸くするようにこねる。野球ボールほどのサイズだったものが、一回り大きくなった。それを、そっとフェローチェの胸の中に押し込む。消えた。
「終わっ……た。」
「これはぁ……等級を見直さないとですねぇ。」
世界が点滅して見える。耳鳴りがする。二人が何か話しているが、聞き取れない。世界が傾き出した。いや、傾いているのは俺か。
視界が黒く、黒く塗りつぶされた。
場所は変わり、ヤッスメナーイ島。
そこでは、派遣された護国軍の曲者達が日夜、湧き続ける魔物と戦っていた。
そこに、一通の新聞が届く。
『護国軍、フェローチェ・ペネトレイト。暴走するも、鎮圧。』
タキオンはその記事をまじまじと見ていた。
「どうした? その娘が気に入ったのか?」
「違う。」
タキオンは、その兵士を睨みつける。
「こんなところで鍛えている場合じゃない。おい! 俺は後どれくらい此処にいればいい!」
睨みつけられた兵士は足を震わせながらも、
「にっ二ヶ月ぐらい……じゃねぇかなぁ?」
と答えた。
タキオンは空を見上げる。何も言わずにその場を去った。
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