第21話

「お前が誰だか知らんが、中々の実力はあるようだな。」


 タキオンの鋭い眼光がラファーガを捉えた時、圧倒的な速さで近付いて高速の近接戦闘が始まった。

 タキオンが殴るのをラファーガが受け止め、ラファーガの水草をメリケンサックのように絡めて殴るのをタキオンが防ぐ。まさに互角。両者一歩も譲らない戦いだ。


「やるなぁ。流石は級持ちというわけだ。どうだ? ここからは互いにやらないか?」


 タキオンの全身に更に強く力が籠もる。


「元からそのつもりだ。」


 するとタキオンの全身に水草が纏わり始めた。いや、生えてきた。


「貴様には植物を植え付けておいた。暫くは動けないだろう。」


 まずい!

 切払わなければ! 俺が向かおうとしたその瞬間! タキオンにまとわりついた水草が枯れ落ちた。


「【和光同塵】! エストはこの国の奴らを避難させろ! 護国軍も連れてこい!」


 タキオンが心配ではあるがタキオンならやってくれる。その期待がどこかにあった。


「ああ! 分かった!」


 俺は再び布で顔を隠し、町を泳ぎ回る。精一杯、この国の外にも聞こえそうな声で叫んだ。


「みんなー逃げろー! 戦える奴は来てくれー! 王宮前で植物を操る人間が反乱を起こしてるぞー!」


 暫く泳ぐと商店街が見えた。しかし、もう避難が始まっている。護国軍の兵士が先導しているようだ。


「焦らずに、急いで!」

「後は我々にお任せください!」


 そうだ、俺も行かなければ。俺もすぐに戻った。



 その光景を見て唖然とした。

 いや、唖然としたのではないのだ。そこには何人、いや何十人もの護国軍の兵士、そしてタキオンが倒れていた。

 そしてあの男――――ラファーガだけが自身の血だけでなく、返り血ひとつ浴びず立っている。


「やれやれ、私の正義を冒涜することは神を冒涜する事と同じだ。何もしなかったら良かったのに。」


 するとラファーガの目が俺を捉えた。不敵な笑みが浮かぶ。


「おや、ここに僕のドラゴンちゃんを虐めたもう一人がいるじゃないか。正義とは何かと迷う者を救う方法はただ一つ。」


 ラファーガの足元から威嚇するかのように水草が伸びてくる。


「神の御名において、葬り去ること。」


 水草が真っ直ぐに俺の方へ向かう。次の瞬間、俺は絡め取られていた。反応すらできずに。

 そのまま俺は上に持ち上げられ、地面に叩きつけられた。肺の空気がゴポリと抜ける。

 その猛攻は水中であることを感じさせない。何度も何度も叩きつけられ、意識が飛ぼうにも飛べず、地獄である。

 視界が暗くなり始めた。




 そう、俺は弱い。死んで魔物になってちょっと戦術を身に着けただけの一般人だ。

 この世界は恐ろしい。弱肉強食であるにも関わらず、下剋上しようにもその前に強者によって潰される。

 恐らく、例えこの状況で生還したとして、肉体的な強さは望めないだろう。じゃあもう終わりだ。

 俺は結局誰かに殺されるんだ―――――――いや……違う。肉体的な強さは望めなくても頭脳戦とか色々ある。

 スキルだって辞書を引けば、学習や訓練によって身に着けた高度な能力と書いてある。

 そうだ! この世界は前みたいに空を飛びたくても飛べない世界じゃない! 飛べるんだ!

 ここでは努力すれば、諦めなければ何でもできる! というより『諦めない』は俺の人生においてのルールじゃないか!

 例え肉体や世界が変わったとしても俺が意思を持つことに変わりはない! これは俺のもう1つの人生。

 ルールを破ってどうする!

 閉ざされかけた視界に再び光が指す。その光は輝き、希望に満ちていた。




 目を開ける。身体に再び力が戻っていくのを感じた。気力は充分。

 ラファーガも目を見開いている。


「ははははは! お前は本っ当に好きだ。まだ仲間がいたなんて!」


 あいつの言っている事はよく分からん。だが、ラファーガは俺に巻き付いた水草を消した。

 これで自由に動ける。


「《巨神の加護アルゴスエンチャント》」


 今までにない程に力が満ちている。俺は剣を抜かなかった。

 例え結界を使われようと、攻撃を止めない。その為には重量のある剣を使わずに拳で戦う。

 ラファーガに素早く近づき、一発。当然平手で受け止められた。

 その後も速度を上げて打撃を続ける。


「戦いは、自由にやれ。『形』に囚われすぎるなよ。」


 当然こいつの声なんか聞いてもしょうがない。俺はそのまま打撃を続ける。


「聞いとけよ。戦いで使っていいのは拳だけじゃないんだぜ。」


 ドカッ。腹を蹴られた。

 クソッ! なんも考えてなかった! 俺は再び地面に叩きつけられる。


「ふぅ、弱すぎ。もっと頭を使えよ。」


 水草が俺を縛り付け、覆い隠していく。まずい! 逃げられない!


「目的を果たしたら開放してやるよ。その時はまた戦おう。」


 抜けれない! このやろー!  何度も水草を引っ張る。しかし何重にも巻き付いている水草は緩まない。


「あの二人は恩人だと父上から言われとるのでな。」


 小さな足音が近づいてくる。その声には聞き覚えがあった。


「それに王宮もあんなことにして覚悟はできておるのか? 私はサブマージョンの王女、マイム・アクア。この国の民を守る者だ!」


 そこにはさきほど助けた王女の姿があった。しかし、目立つ傷がいくつもできており、立つのがやっとといったようだった。

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