ルウの手紙

次に目を覚ますと、目の前に最後の扉があった。今までルウは既にいない。

最後の白いガラガラとなる扉を開けるとルウの病室の様だった。

消毒液のツンとした何とも言えない臭いが部屋を充満する。

簡素なベッド、今にも落ちそうな電灯、ほんの少しのあがきのように海を描いた小さな絵。

何とも言えない暗くてじめじめした暗い死の雰囲気が付きまとう。


私は急に涙がこぼれた。


死は忍び寄ることに慣れていても、死の記憶は、強く印象付けられる。

これまでの死の記憶を部屋は持っている。

私たちが待ち受ける運命を先ばしって報告しているようで急に吐き気がした。

淡々とした看護師。言葉を紡がない医者、目を閉じる老人。


その部屋で目を軽く閉じる。

鮮明に思い出すこれまでの記憶。

「愛していた」記憶、誰かと一緒に過ごした日々。


走馬灯の様に蘇る私の記憶。

そう、ルウは確かベッドの下から出てきてびっくりしたっけ。

徐にベッドの下を覗き込むと、手紙が出てきた。


しかも私宛の。

私は急いでそれを紐解き中身を確認することにした。


拝啓 美穂様

こんにちは。君がこの手紙を読んでいるということは僕の肉体はここには存在しないのでしょう。残念だな。君のお姉さんと会ったのは、始めてこの病院に来た日でした。お姉さんは既に意識が無いようで花の様にベッドに横たわっていた。僕はその時生きる希望をなくしていました。でも、君のお姉さんから生を感じたのです。何も話さないのに不思議ですよね。でも確かに生命があった。僕は泣きました。お姉さんはそれを受け入れてくれるような不思議な温かみがありました。

 お姉さんのもとを訪れるようになった時、君に出会いました。君は、お姉さんは生きているとそう宣言しました。僕は、君と同じだと思いました。だから、僕は君ともっと話してみたくなったのです。

 そのうち、僕は君のことが好きになりました。少し皮肉っぽくつぶやく独り言、つまらない時髪をいじる癖、病気の僕に遠慮なくぶつかる声。全て愛おしくなった。でも、僕は肉体が朽ちていく身だ。これからの君と一緒にいるべきではない。だから、どうしても言えなかった。

 ねえ、本当は精神の死、肉体の死どちらが本当の死なんでしょうね。最近騒がせている、肉体と精神の分離、あれは政府が謳う様に本当に幸せな世界なのでしょうか。僕にはわからない。でも君のお姉さんは精神がこの世界になくても、生きていると僕は思った。でも、僕は君に触れたい。だから、どちらが生きているなんてもうどうでも良い。肉体も精神もどちらもなくては空しい世界だと僕は思う。実存のためにきっと両方必要なんだ。

だから、勧められたこのプログラムを受けるのをやめようと思う。

最後に君が好きなアネモネの花を贈る。

愛している。

敬具 ルウ シュナイダー ヴィンセント


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