目覚め

――――暗い。

目をゆっくり開けると、グレー色がかった濁った世界がぼんやりと浮かんだ。

ガンガンと頭が割れるように響く中で、段々と鮮明に色が認識される。

ああ、これは石畳の天井だ。岩がごつごつして規則正しく配列されている。

中世ヨーロッパの建築を彷彿させるような部屋。

天井までらせん状の階段が渦巻きのように続いている。

その階段上のろうそくの灯が、絢爛と輝き、灰色みがかった世界に赤を添える。

声一つしない静寂。時折、底冷えさせる風の音だけが身体を包み込む。それだけ。

――――今は夜だろうか。

確認しようと身体に力を込めて立ち上がろうとしたがどうも起き上がれない。

代わりに、ジメジメとした湿気が立ち込め、雨上がりの香りがツンと鼻をつく。

私は一体これまで何をしていたんだろう。

ふわふわする身体を必死に意識から引きはがされないように押し込む。

その時、身体がふと軽くなった。誰かが私の身体を持ち上げたようだ。


「ねえ、大丈夫!?」


頭をゆっくりと声の方へ向けるとどうやら、私に声をかけていたようだった。

透き通ろ様な白い短髪、チャコールグレーの瞳、色の白さは私が好きな白パンを彷彿させた。端正な顔立ちは子供の時に遊んだ綺麗なお人形さんみたい。

瞳を見ているとブラックホールのようにすべてを消え去ってくれるように吸い込まれそう。見たことがないような異次元の美しさを彼は纏っていた。

私を抱きとめた腕の袖の端にちょこっとついたフリルが私の頬をくすぐる。


「あなたは?」


 私は声を出したように感じたが、口だけが先行し、音はそこから発せられることはなかった。掠葉のような息が漏れ出る。私はそのままごくりとつばを飲み込んだ。


「声が出ないの?えっと待って。お水がまず先かな」


その男の子は、どこから取り出したか、水を私に飲ませてくれた。

それを少しずつ飲むうちに身体に水分という水分が周り、少しずつ体が動かせるようになった。


「君は誰?どこから来たの? 僕は、ルウ。実は僕も目が覚めたらこの場所にいたんだ」


私は、自分の名前を告げようと思ったが、どうやら自分の名前が思い出せない。私は誰で何者だったのだろう。私は、と言っただけでそのあとはてんで思いつかなかった。かすかに音らしいため息がこぼれた。


「君は自分が思い出せないんだね。わかった。じゃあ、うーん、君が思い出せるまでずっと待っている。僕は待つことは慣れているんだ。君は、ほかのことは思い出せる?僕は君のことが知りたい」


私の好きなもの、私の生きたい場所、私の生きる意味。

私は何もわからなかった。首をただ振り、ごめんなさいとつぶやく私に大丈夫。仕方がなかったからと目を伏せ、私の指先に少し触れた。


「じゃあ、僕の話をするよ」


その男の子―ルウは、私にちょっとした質問を繰り返した。ルウは、自分はフランス出身で今は日本にいること。この髪の色は生まれつきで苦労したことなど、数々のことを話してくれた。


冷え切った部屋に明るい彼の気が取り囲み、不思議と寒さがこんこんと消えていった。


「じゃあ、とりあえずこの世界を一緒に回ってみない?まずは行動しないことには、脱出方法もわからないし、このままここで朽ち果てるのはごめんだからね」


ルウは、私に無垢で屈託のない笑みを浮かべ、手を差し出した。

私は、彼の手を取ることを決意しこの螺旋階段を一段ずつ上るのだった。



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