あのちょっとへんてこりんな日の、その次の日。

 私は、午前中のうちに家を出て、あのチューリップの家を目指した。チューリップをダメにしちゃったのをあやまろうと思って。


 だけどどんなに探しても、あの家は見つからなかった。

 だいたいの場所も、家のかたちや色もはっきり覚えていたはずなんだけど……ぜんぜんダメだった。近所の人に、「チューリップをたくさん置いてる家を知りませんか?」って聞き込みをしても……さっぱりだった。


 ……確かに坂道の途中にあったはずなのに……、……しかも、けっこう大きくて、変わった色をした、すごく目立つ家だったはずなのに……。

 それを見つけられないなんて、……私の記憶力きおくりょく弱すぎ……。最近、勉強サボりぎみだったせいかも。ドリルが足りてないのかも。


 てか、……勉強ドリルの、『ドリル』ってなんだろ。なんで『ドリル』っていうんだろ……。トンガリがぐるぐるまわる、あのドリルのことなのかな? でも……どこがドリルなんだろ……なにがドリルなんだろ……? まったくドリルを感じないけどなぁ……。

 ……それなら、エンピツとかシャーペンのほうが、ずっとドリルっぽいじゃん。


 穴あき問題が多いからとか? それとも、頭のなかに知らないことを突っこむからかな? うーん、あんまりピンとこない。今度誰かに聞いてみよっと。もしも忘れてなかったら。


 そんなこんなで、二時間くらい坂道を行ったり来たりして、私は力尽ちからつきた。収穫しゅうかくはホントにゼロ。それっぽい家すら見つからなかった。


 さっき言った『だいたいの場所』には、つくりかけの家があるだけだった。

 つくりはじめたばかりなのか、まだぜんぜんできてなくて、骨だけって感じだった。完成はまだずっと先かもしれない。


 私が住むわけじゃないけどさ、つくりかけの家って、なんかつい見ちゃうよね。見とれちゃうっていうか。

 あんなに大きなものが建つのがそもそもすごいし、家の骨なんてふだんは見られないから、けっこうテンションがあがる。


 通りかかるたびに見るせいか、かってに顔見知りに感じて、大工だいくさんの仕事のことはぜんぜんわからないけど、『ここまで来たかー』とか、『あともうちょいだなぁ』とか思っちゃう。


 その日は、大工だいくさんたちはお休みだったのか、誰もいなかった。


 『安全第一あんぜんだいいち』や、『……かってに入ると、けっこうおこるよ……?』みたいなことが書かれた看板かんばん、青いビニールシート、長いハシゴ、緑十字みどりじゅうじかれた白いはた、赤いカラーコーン、電飾でんしょくでピカピカ光るさく


 ふだんは大工だいくさんたちがいて、チラ見するくらいしかできないから、こうしてじっくりカンサツできるのは、ちょっぴりテンションがあがる。ながめてるだけでなんだか楽しい。


 ……それにしても、骨だけの家は、あれに似てる。


 ジャングルジム。


 本気を出したジャングルジムって感じ。まるでジャングルジムの王さまみたいだ。なんて、そんなことを考えながら、家をぼけぇーっとながめるうち、ふと私は、あるものに目をひかれた。


 骨の家のまんなかあたりに、青色のネコぐるまが置きっぱなしになっていた。


 で、その上に、真っ黒なネコが乗っていて、体をまるめながら、気持ちよさそうに日向ひなたぼっこをしていた。


 すぐ近くでじっくり見たいなって思ったんだけど、ダメだよね、そんなこと。大工だいくさんたちにおこられちゃう。

 ……ていうか、しようと思っても無理っぽかったし……。


 ネコのまわりの地面はコンクリートになっていて、それで、そのコンクリがりたてらしくて、『コンクリートりたて 勝手に入るな』『注意! コンクリートりたて』って看板かんばんが、家の近くにいっぱい立っていた。


 足を置くところがないし、ネコのところまではけっこう距離があって、いくらはし幅跳はばとびの選手せんしゅでも向こうには渡れないと思う。


 ネコは完全にコンクリの海に囲まれていた。どうがんばってもネコのところには行けない。


 木の上のおサルさんみたいに家の骨をつたったり、あたりに置かれた鉄パイプをりて、棒高跳ぼうたかとびみたいに使ったりして、まぐれで行けるかどうかってところ。

 まあでも、たぶん行けない。失敗して落っこちて、全身コンクリまみれになるのがオチだと思う。

 それにもし成功したって、こっちに帰って来られない。


 ……それなら、あのネコはどうやってあそこに行ったんだろう……。いくらネコでもジャンプで渡れないと思うし……。

 たしかに大工だいくさんたちの見た目は怖いよ、でも、寝てるネコを閉じこめちゃうなんて、そんなイジワルなことするはずないと思うし……。

 といろいろ考えるうちに、『このコンクリ見た目がプルプルなだけで、ホントはもう固まってるのかもしれない』、なんてことを思いついた。


 それで私は、ためしにコンクリに触ってみることにした。

 ……禁止きんしってことはわかってたけど……もうダメだった……気になってしかたがなくて……。

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