考えごとをしているうちに、いつのまにか私は、坂のてっぺんまであともうちょいのところまで来ていた。


 とそのとき、まるで冬のかと思うような、冷たい風が吹いてきた。

 ……しかもなんか、すべての方向から吹いてきている感じがする。上からも吹いてくるし、地面からもかえってくるしで、……めっちゃ寒いっ……! 近くにかき氷の会社でもあるのかな……?


 指の先が冷たくなって、私は短パンのポケットに両手を入れた。

 すると、ポケットになにか入っているのに気がついた。

 ああそういえば、さっき名刺めいしひろって入れたんだった、と思いだしながらそれをとりだすけど、それは名刺めいしじゃなくて、ただの葉っぱだった。めっちゃ緑ぃキレイな葉っぱ。……こんなん入れたっけぇ……?


 短パンのすべてのポケットを探してみるけど、名刺めいしはどこにもなかった。たぶん走るうちに、どこかに落としちゃったんだ。あれだけ全力で走りまわったんだから、まあ、とうぜんか。


 そのとき突然、ものすごい風が吹いた。しかも真下から。そんなわけないけど、地面から風が出ているみたいに。その風のせいで、私は葉っぱをはなしてしまった。


 葉っぱは風に乗って、ひらひらと回転しながら、空の向こうに飛んでいった。


 それきり風はおさまって、すぐにあたりはむんわり暑くなって、また夏に戻った。

 ……なんだったんだろう、あの風は……? なんだか、冬を少しつまみいしたって感じ。地球の間違い……? それとも、もしかして、神さまのはやとちり……?


 そんなことを考えながら歩くうちに、私は、坂の終わりの目の前まで来ていた。


 やっと『たいらまち』に到着だ。


 坂道から普通の道になるとき、私は決まっていつも、脚がふにゃってなりそうなる。もう脚が完全に、のぼり坂の脚になっちゃってるからね。気を抜いていると、ひざカックンされたみたいになっちゃう。


 走り疲れて脚がへろへろだったけど、今日はぜんぜんそうならなかった。だってさ、こんなに坂の終わりを意識したことって、いままでなかったもん。だから、ふにゃっとせずに、じょうずに歩けた。


 坂の終わりから家を目指して歩いていると、通りかかった公園こうえんで、小さな女の子たちが花火をして遊んでいた。


 公園こうえんには、いくつか街灯がいとうともっていたけど、その光は弱っちくて、そもそも街灯がいとうの背が高すぎるのもあって、街灯がいとうの光は、肝心かんじんの地面にはノータッチで、ただ空中くうちゅうをぼんやりさせているだけだった。


 街灯がいとうとおんなじくらいの背の時計は、やっぱり地面からは遠すぎて、時間がぜんぜんわからない。銀色のほそいはしらだけがはっきりしていて、その先の時計にはかげがかかって、ただ、そのまるっこいかたちがわかるだけ。数字もはりも、なんにも見えない。


 家からいちばん近い公園こうえんだったから、ちっちゃいころはよくここで遊んだっけ。

 だけど最近はそういうこともなくなって、通りかかっても完全にスルーだったから、ひさしぶりにこの公園こうえんながめたんだけど……、……なんかスカスカになっちゃってる……。


 ブランコは乗るところがはずされていて、わくだけ。シーソーも同じで、土台どだいだけ。ジャングルジムなんて、あとかたもなく消えてるし……。

 ここでなにがあったんだろ……。坂の下の公園こうえんは無事だったのに……。


 ……あ、でも、すべり台は大丈夫みたい。無傷むきずで、ちゃんと昔のまま、公園こうえんのまんなかに立っていた。……だけど、この公園こうえんはほとんど死にかけだ……。ホントになにがあったんだろ、ここで……、……もしかして戦争せんそう……?


 私、そこまで公園こうえんが好きってわけじゃなかったと思うんだけど……、この光景は、なんか、けっこうショックだった……。ていうか地味じみに悲しい……。


 ……あれ、……砂場すなばまで消えてるじゃん……ただの地面になってる……。穴ぼこも砂山すなやまも……わくもなんにもない。

 砂場すなばはけっこう好きだったのに……、モグラ気分を味わえるからさ……。


 女の子たちは、公園こうえんの入り口あたりの、消えた砂場すなばのところで花火をしていた。

 しゃがみこんでになって、そのまんなかで小さな火花が散っている。線香花火せんこうはなびだった。花火はもう終わりかけなのかもね。やっぱり、花火の終わりといえば線香花火せんこうはなびだもん。


 線香花火せんこうはなびのことを、私はかってに『ごちそうさまの花火』って呼んでいた。ぜったいに笑われちゃうから、まだ誰にも話したことないけどね。もし言ったら、けっこう長いこと笑われそう。だから、これからも誰にも言わないと思う。


 でも、そんな感じがしない?

 終わりの終わりにやることだし、なにかをとなえるみたいに集中するし、楽しかったねとか、またしたいねとか、そういうことをつい言っちゃうしさ。地味じみなことだけど、やればかならず、幸せな気持ちになる。


 かすかに『パチパチ』鳴るのがやっとの小さな火花は、女の子たちの顔をらすまではいかない。時計と同じで、女の子たちの顔はかげになって見えなかった。

 だけど、どんな顔で笑っているのか想像できちゃうくらいに、女の子たちの声は楽しそうだった。


 おにごっこでもしているみたいに元気におしゃべりしてるけど、火の玉を落とさないように、体は同じ姿勢しせいのままピタッと固めてる。誰がいちばん線香花火せんこうはなびを長持ちさせられるか、競争きょうそうしているのかもしれないね。


 その横を通りすぎて、しばらく歩いたとき、私はふと、後ろを振りかえってみた。

 女の子たちはさっきと変わらず、をつくってしゃがみこんでいた。みんな線香花火せんこうはなびがうまいね。


 私なんて、じっとしようとすればするほど手がふるえちゃって、すぐに火の玉を地面に落としちゃうもん。

 あんまりへたっぴすぎて、まえに友だちに、「ののっちはスゴ腕の線香花火せんこうはなびキラーだねぇ~」って言われたことがあったっけ……。


 昔のことをちょっと思いだしているあいだに、私はもう、家の目の前まで来ていた。『あべこべざか』を過ぎてからここまでを、ほんとうに一瞬のことに感じた。まるで時間が飛んじゃったみたい。感覚がすんごいズレてる。なんかカミナリみたい。


 坂をのぼる時間と、坂の終わりから家まで歩く時間は、ふだんはそこまで変わらないんだけど……、今日はなんかいろいろあって、坂をのぼるのにやたらと時間がかかったから、そう感じちゃうのかもね。

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