私は急ブレーキをかけて止まり、少し後ろにあとずさって身構えた。


 少しすると、最初に聞こえた音とは別の、ほかの音も聞こえてきた。『カタンコトン、カタンコトン』ってやつ。音の感じから、それがものすごいスピードで近づいてきているのがわかったから、私はあわてて後ろに振りかえって、地面を強くってけだした。


 くだりだからめっちゃ速く走れているけど、後ろの音はだんだんと私に近づいてくる。そのうちに、最初に聞こえた音の正体がわかった。


 それは人の声らしくて、ずっと同じ言葉をくりかえしていた。


「トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!!」


 いったいなんだっ……! 私は走りながら後ろをチラッと見てみた。


 すると、私のすぐ後ろには、木でできた大きなトロッコが迫っていた。

 そんでその上には、全身真っ白けの人影ひとかげが乗っていた。

 で、その人影ひとかげは、トロッコから突き出ている長いレバーを両手でにぎっていて、『トロッコ問題ささいな問題!!』って言葉に合わせてリズムよく、全身の力を使って左右にガチャガチャ動かしていた。


「うわあー!! たすけてー!!」


 私はとにかく必死ひっしで走った。


 脚がめちゃめちゃまわって、かってに動くから、なんか自分の脚じゃないみたいだ。自動的に走ってるって感じ。それでも、気を抜くとすぐにでも転びそうで……すっごいヒヤヒヤする。

 こんなにスピードを出したまま……こんなかたいところで転んだら……絶対ぜったいにヤバい。ばんそうこうが何枚あっても足りないと思う。包帯ほうたいとかが要りそう。


 ……でも、追いつかれたらそれどころじゃない……。ひかれちゃう、あんなのにまれたらおしまいだ、いちころだ、すぐにカエルだよ、私はカエルになっちゃう、まれてペチャンコのカエルみたいになる。だから私は、構わず全力の全力で走った。


 あんまりスピードが出ているせいか、いつもよりも、坂道をずっと急に感じる。まるであれみたい、スキーでジャンプして飛ぶやつ。そう思うと、いまにも体が浮かびあがりそうな気がして、お腹がめっちゃスースーする……!


 それくらい私は速く走っているのに、トロッコはずんずん近づいてくる。そしてずっと言ってる。


「トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!! トロッコ問題ささいな問題!!」


 よくわかんないけどさ、……こっちは、どえらい問題だよっ!


 ……ヤバい、このままじゃ、ほんとうにひかれる……。……あんなおっきいのにまれたら、ペチャンコどころか、きっと粉々こなごなだ……。……私も、あのクルミみたいに、粉々こなごなになっちゃうのかな……。

 かけっこに負けて、それもペチャンコの粉々こなごななんて、嫌すぎ……、…………ていうか、走ってクルマにかなうわけないか……。


 私は、そこで気がついた。確かにクルマだけど、あれはトロッコじゃん……横に曲がれないじゃんって! 横に逃げればこっちのもんだって!


 というわけで私は、すぐに方向転換ほうこうてんかんして横道に飛びこんだ。


 ……私ってあれかもしれない、天才かもしれない……と思いながら、両ひざに手をついてぜぇぜぇ息をしていると、後ろからなにか聞こえてきた。


「…………! …………! …………!」


 その音がなんなのか考えるまえに、私は走りだしていた。だって……すっごく嫌な予感がしたからさ……。

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